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危機のたびに異世界の職業を思い出すおっさん、ダンジョン社会で生きる  作者: kage3
第二章 おっさんはコンビニ店員

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第21話 中層と避けれない敵

 戦闘訓練を始めてから、数日が経った。


 低層での探索は、もはや「訓練」と呼ぶのが申し訳ないほど安定している。

 篠原さんはモンスターを見ても過剰に身構えることがなくなり、こちらが何も言わなくても間合いを取り、落ち着いて攻撃できるようになっていた。


 正直、ここまで順調に伸びるとは思っていなかった。


 魔力操作による身体強化だけで、低層の探索はすでに危なげなくこなせている。

 今の動きを見ていると、フィジカルブーストを使えば中層でも十分に戦えるのではないか――そんなことを考えてしまうほどだ。


 ……才能は、間違いなく私より上だ。


 ただ一点。

 鈍器を手に、にこにこと笑いながらモンスターに向かっていく姿だけは、正直ちょっと怖い。

 もちろん本人に言うつもりはないが、夜道であの表情のまま鉢合わせたら、私は迷わず逃げる自信がある。


「……篠原さん」


 探索前の通路で、私は足を止めた。


「そろそろ、一度中層に行こうと思います」


 篠原さんが、ぴたりと動きを止める。


「中層、ですか……?」


「ええ。常に探索するわけじゃありません。

 雰囲気と危険度を確認するだけです」


 無理をさせるつもりはない。

 危険を承知で突っ込むつもりもない。


 ただ――今の篠原さんなら、一度見る価値はある。


 私の判断基準は、いつも単純だ。


 戻れるか。

 逃げられるか。

 そして、守れるか。


 その三つに問題がなければ、進む理由になる。


「……大丈夫、でしょうか」


 不安はある。

 それでも、目は前を向いている。


「無理だと思ったら、すぐ引き返します。

 戦闘も、今まで通り私が主導しますから」


「……分かりました」


 一拍置いて、篠原さんは頷いた。



 それから、何度か道を曲がる。

 途中で現れた低層モンスターも、これまでと変わらない。

 数を確認し、位置を把握し、危険がなければ篠原さんに任せる。


 戦闘は短く、無駄がない。

 魔力操作による身体強化が安定してきたおかげで、動きに迷いがなくなっている。


 そうして、何度か戦闘を挟みながら進むうちに、

 気づけば、これまでとは少し違う通路に足を踏み入れていた。


 通路の空気が、わずかに変わる。

 湿り気を帯びた空気に、土と草の匂いが混じり始めた。


 これまでの石だけの通路とは違う。

 壁の隙間から、ところどころ植物が顔を出している。


 ――ここから先だ。


 中層へと続く境目。

 ハイポーションが発見されたという報告も、この先にある。


 まだ何も起きていない。

 だが確実に、次の段階に足を踏み入れようとしている感覚があった。


「じゃあ、行きましょうか」


 私はいつも通りの声でそう言って、前へ踏み出した。





 通路を抜けた先に、少し開けた空間が現れた。


 フロアとフロアを繋ぐための中継地点。

 探索者の間ではノードと呼ばれている場所だ。


 広さはそれほどでもない。

 だが、ここは気を抜いてはいけない空間でもある。


 ――理由は、分かっている。


「……タイミングが、悪いな」


 思わず、そんな言葉が漏れた。


 このノードには、しばしば“中ボス”と呼ばれるモンスターが出現する。

 一度倒せば、しばらくは姿を現さない。

 だが、どれくらいの周期で再出現するのか、その仕組みはいまだによく分かっていない。


 そして今。

 どうやら、その「再出現のタイミング」に、ぴったりとかぶったらしい。


「……運、悪いですね」


 篠原さんも、前方を見据えたまま、そう呟いた。


「ええ。よりによって、私たちが通るときに限って」


 空間の中央に立っているのは、ハイオーク――

 中ボスとして知られる存在だ。


 スピードはない。

 だが、一歩一歩、地面を踏みしめるように歩くその姿から、純粋な力の強さが伝わってくる。

 特に腕は丸太のように太く、手にしたこん棒も、もはや武器というより破城槌と言っても良いくらいだ。


「基本は、今まで通りです」


 私は一歩、前に出る。


「私が受けます。

 篠原さんは、タイミングを見て攻撃してください」


「分かりました」


 ハイオークが、低く唸り声を上げる。

 そして、地響きを立てながら、こちらに歩み寄ってきた。


 走ってはいない。

 だが、一歩ごとに床が沈むような、力任せの前進だ。


 振り下ろされたこん棒を、正面から受け止める。


 衝撃が腕を貫き、指先まで痺れが走った。


「……っ」


 次の攻撃に備えるように、ハイオークがこん棒をゆっくりと振り上げる。


 その動きに合わせ、私は距離を保ったまま、拙い回復魔法を自分にかけた。

 熱がじんわりと腕に広がり、痺れが薄れていく。


 回避自体は、難しくない。

 だが、躱しすぎるわけにもいかなかった。


 私が不用意に下がれば、攻撃の流れが後ろへ向かう。

 篠原さんに、あのこん棒が向く可能性がある。


 だから、受ける。

 必要なときだけ躱し、位置を調整する。


 その隙を突くように――

 篠原さんが動いた。


 ハイオークが私に向けてこん棒を振り下ろす、その瞬間。

 側面から踏み込み、打撃を叩き込む。


 そして、すぐに距離を取る。


 ヒット&ウェイ。

 射程に留まらず、確実に一撃だけを与えて離脱する。


 その動きを、何度も繰り返す。


 確実にダメージは蓄積している。

 だが――倒れない。


(……長引くな)


 時間が伸びるほど、想定外の事態が起こる可能性は高くなる。


 そんな中――


「フィジカルブーストを使います」


 一瞬、視線が合う。


「無理はしないでください」


「分かってます」


 次の瞬間。

 篠原さんの体から、はっきりと魔力の脈動を感じた。


 空気が揺れるような感覚。

 魔力が全身を巡り、動きに明確な変化が現れる。


 踏み込みが鋭くなり、打撃の重さが一段階上がった。

 ハイオークの体が、大きくよろめく。


「……効いてますね」


「はい!」


 篠原さんの攻撃に引きずられるように、ハイオークの視線がそちらへ向く。


 ――まずい。


 私はすぐに前に出て、胴体へ攻撃を叩き込んだ。

 注意を引き戻すための一撃だ。


 視線が、こちらに戻る。


 それを、何度か繰り返す。


 そして――


「今です!」


 声を合わせるように、同時に踏み込んだ。


 私は体勢を低くし、膝関節を狙って打撃を入れる。

 同時に、篠原さんの一撃が、ハイオークの側頭部を強打した。


 鈍い音が響き、巨体が大きく傾く。


 耐えきれず、ハイオークはそのまま前のめりに倒れた。


 しばらくして、体が霧のように消えていく。

 地面には、一つのアイテムだけが残された。


 私はそれに近づき、手を伸ばす。


 触れた瞬間――

 また、流れ込んでくる。


 下級の錬金術師。

 素材の選別、調合の失敗、薄暗い工房の記憶。


「……っ」


 思わず、眉をひそめた。


 知識としては、確かに有用だ。

 だが――他人の記憶が頭の中に流れ込んでくる感覚は、何度経験しても慣れない。


 胸の奥に、わずかな不快感が残る。


(便利ではあるが……気持ちのいいものじゃないな)


 それでも、ハイポーションに繋がる手がかりであることは確かだ。


 私は小さく息を吐き、残った違和感を意識の奥へ押し込めた。


 使えるものは、使うだけだ。

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