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危機のたびに異世界の職業を思い出すおっさん、ダンジョン社会で生きる  作者: kage3
第二章 おっさんはコンビニ店員

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第19話 再訪と篠原のスキル

 ダンジョン前に建てられた、ダンジョン省の管理施設。

 通称――ダンジョンゲート。


 俺はその建物の前で、久しぶりに見る装備一式を身に着けていた。

 ダンジョン脱出の途中で拾った、あちこちが擦り切れたボロい防具。

 そして、異世界の剣――もっとも、刃は溶けて原型を失い、今ではほとんどこん棒のような代物だ。


 どちらもダンジョン脱出後に検査は受けたが、「危険物には該当しない」という判断で没収はされなかった。

 今日のために、物置の奥から引っ張り出してきた装備である。


(……一週間、休むって言ったときの店長の声、すごかったな)


 コンビニの店長が、悲痛な声を上げていたのを思い出す。

 人手不足なのは分かっているし、申し訳ない気持ちも、ないわけじゃない。


(もっとも、その人手不足の原因が、時給を最低賃金から一円も上げないせいだって……俺は思うけどね)


 求人を出しても人が来ない。

 来たとしてもすぐ辞める。

 その原因に目を向けず、「若者が根性なし」と愚痴るのは、正直どうかと思う。


(でも、どっちも俺のせいじゃないしな……許してくれ)


 心の中でだけ謝りながら、ダンジョンゲートの方へ視線を向ける。


 そこへ――


「お待たせしました」


 声をかけられて振り向くと、篠原さんが立っていた。

 彼女もまた、防具一式をしっかりと身に着けている。


 ……いや、身に着けすぎている、と言った方が正しいかもしれない。


 防具に押さえつけられているせいで、逆に体のラインがはっきりしてしまっている。

 胸も、腰も、脚も、全部主張が強い。


(どこを見て話せばいいんだ……)


 おっさんの俺は、視線の置き場に本気で困りながら、必死に平静を装った。


「す、すごく……気合入ってますね」


「はい。……あ、その、装備の件、本当にありがとうございます」


 篠原さんは胸元を軽く押さえ、少し早口になる。


「橘さんのお古を、あんな値段で譲ってもらえるなんて思ってなくて……。

 ちゃんとした装備があるだけで、全然気持ちが違いますね」


 そう言いながらも、彼女の視線は落ち着きなくダンジョンゲートへ向かっていた。

 感謝しているのは本心だろうが、それ以上に焦りが隠しきれていない。


「だから……何とかしないと」


 その言葉に込められた切迫感は、十分すぎるほど伝わってきた。


 ――だが。


「いやいや、今日はそこまで気合入れなくていいですよ」


 俺は、できるだけ軽い口調で言う。


「まずは低層のモンスターと、ちゃんと戦えるかどうかを試すだけです。

 無理しない、怪我しない。それが一番大事ですから」


 篠原さんが、少しだけ目を瞬かせる。


「目標は、あくまで怪我をせずにハイポーションを手に入れることです。」


 焦る気持ちは分かる。

 だからこそ、ブレーキ役は必要だ。


 ここはダンジョン。

 命を落とす可能性が、常に隣り合わせの場所なのだ。




 ダンジョンゲートを通過すると、空気が一変した。


 外と繋がっているはずなのに、微妙に湿り気を帯びた空気。

 土と石の匂いが混ざり合い、どこか閉塞感がある。

 だが、言ってしまえばそれだけだった。


 初めてダンジョンに“強制的に”落とされたときに感じた、あの根源的な恐怖。

 肺の奥が凍りつくような、理由も分からない圧迫感は、まったく感じない。


(……拍子抜けだな)


 山の中にある洞窟に入ったときと、たいして変わらない。

 そんなふうに、俺は感じていた。


「……ここが、ダンジョン……」


 篠原さんが、小さく息を呑む。


 声はかすかに震え、視線も落ち着きなく周囲を彷徨っている。

 ダンジョンが初めての篠原さんは不安が表情に出ていた。


 目の前に広がるのは、人工的に整えられた石の通路だった。

 天井は高く、壁には等間隔で淡く光る魔石が埋め込まれている。


(……ずいぶん、違うな)


 俺が経験したダンジョンは、岩肌むき出しのざらついた壁で、

 光源も乏しく、数メートル先すら怪しかった。


 それに比べれば、ここは明るく、見通しもいい。

 同じ「ダンジョン」なのに、まるで別物だ。


(理由を考えても……分からんか)


 答えが出そうにないので、考えるのはやめた。


「思ったより……ちゃんとしてますね」


「低層は、こんな感じで初心者でも比較的探索しやすい環境らしいですよ。

 事前に調べた限りですけど」


 篠原さんは頷いたものの、その表情はまだ硬い。


 俺は歩き出しながら声をかけた。


「篠原さん。少し時間もらえますか」


「はい……?」


「魔力操作の練習をしておきましょう。

 実戦前に、最低限だけでも」


 すると篠原さんは、きょとんとした顔で首を傾げた。


「……スキル、じゃなくて……魔力操作、ですか?」


 その反応に、俺は小さく頷く。


「スキルと違って、魔力は量の大小こそありますけど、基本的には誰でも持ってます。」


 歩きながら、続ける。


「上手く使えれば、ダンジョン探索はかなり楽になります。

 特に低層なら、なおさらです」


 篠原さんは、まだ半信半疑といった様子だった。


 俺は一歩距離を詰め、手を差し出す。


「手をお借りしてもいいですか」


「え……あ、はい」


 差し出された手を、そっと握る。


「今から、俺の魔力を少しだけ流します。

 “体の中を流れる”みたいな感覚を探してみてください」


 意識を集中させ、ほんのわずかに魔力を流す。


 篠原さんの肩が、ぴくりと揺れた。


「……っ」


 彼女の表情を確認してから、声をかける。


「どうです? 何か感じましたか」


「……はい。

 なんか……体の中を、通ったような……」


 言葉を探すように、篠原さんは自分の胸元に手を当てる。


「それです」


 俺は、ゆっくりと手を離した。


「今度は、その感覚を自分で動かしてみてください」


 篠原さんは目を閉じ、眉を寄せる。


「……あ、えっと……逃げる……」


「大丈夫です。焦らなくていい」


 数秒、沈黙が流れる。


「……あ」


 篠原さんが、目を見開いた。


「……動きました!」


「その感覚を、体全体に薄く広げてみてください」


 言われたとおりに意識を巡らせた瞬間――


「……え?」


 篠原さんは、驚いたように自分の手を見る。


「……力が、湧いてくる……」


「それが、基礎的な身体強化です」


 その直後、彼女の表情が一変した。


「……あの……

 “フィジカルブースト”って言葉が、頭に浮かびました……」


 俺は思わず、天井を仰ぎそうになる。


「……スキル、覚えたんですね」


 呆れが混じった声になったが、それは篠原さんに向けたものじゃない。

 魔力操作を教えただけでスキルを覚える人間を見るのは――これで五人目だ。


「危険はないので、使ってみましょう。」


「は、はい……!」


 篠原さんが小さく息を吸い、意識を集中させる。


「――フィジカルブースト」


 空気が、わずかに震えた。


「……っ!?」


 篠原さんの身体が、目に見えて軽くなる。


「すごい……!

 足も、腕も……全然、違います……!」


「――問題なさそうですね」


 俺は、ほっと息を吐いた。


 正直、魔力操作を“感じる”ところまでいければ十分だと思っていた。

 まさかその場でスキルまで取得するとは予想外だ。


(……幸先、いいな)


 もちろん油断はできないが、少なくとも最初の一歩としては上出来だろう。


 そのときだった。


(――来る)


 常に薄く展開している魔力感知に、反応が引っかかる。

 前方、通路の奥。

 動きは単調で、数も多くない。


 俺は即座に篠原さんを見る。


「篠原さん。前方、何か来ます」


「……っ!」


 篠原さんの表情が、引き締まった。


 ――初めての実戦が、始まる。

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