表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
危機のたびに異世界の職業を思い出すおっさん、ダンジョン社会で生きる  作者: kage3
第二章 おっさんはコンビニ店員

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/35

第18話 希望と願い

「……ありがとうございました」


ベッドの上で上体を起こした篠原さんが、深く頭を下げた。

その声は震えていて、礼の言葉とは裏腹に、張り詰めた感情が滲んでいる。


「命を……助けていただいて……」


そこで一度、言葉が途切れた。

次の瞬間、篠原さんは顔を上げ、真っ直ぐこちらを見る。


「……でも、どうしてですか」


責めるような視線だった。


「どうして、私なんかを助けたんですか」


橘さんが何か言おうとして、口を閉じる。


「私は……最初から死ぬつもりでした。娘のために、せめてお金だけでも残そうって……」


握りしめた拳が、小刻みに震えている。


「それなのに……!」


感情が堰を切ったように溢れ出す。


「助けられて……生きてしまって……!

 これから、どうすればいいんですか……!」


声が荒れ、呼吸が乱れる。


「篠原さん、落ち着いて」


橘さんが、少し強めの声で制した。


だが、その言葉は、今の篠原さんには届いていない。


「……橘さん」


縋るような視線が向けられる。


「こんなところで……会えたのって……」


一瞬、期待に満ちた表情が浮かぶ。


「……運命、じゃないですか……?」


身を乗り出し、必死な声で訴える。


「お願いします……!

 娘を……娘を助けてください……!」


橘さんは、すぐには答えなかった。

一度、大きく息を吐いてから、静かに言う。


「……篠原さん。回復魔法はね、万能じゃない」


その声は冷静で、逃げ道を与えない。


「外傷――切り傷や骨折、出血を治す魔法よ。病気は治せないし、一度“治癒した状態”として固定された傷も治せない」


篠原さんの表情が、少しずつ青ざめていく。


「将来は……どうなるか分からない。でも、今の回復魔法でできるのは、外傷治療と、外科手術の成功率を上げる補助まで」


「……じゃあ……」


「病院が回復魔法を使える探索者に依頼をしていないなら――」


橘さんは、はっきりと言った。


「私でも、治療はできない」


沈黙が落ちる。


「……そんな……」


「可能性があるとすれば」


橘さんは、言葉を選ぶように一拍置いてから続けた。


「“ハイポーション”よ。」


その単語に、篠原さんの肩がぴくりと跳ねた。


「……実は……独自の伝手で手に入れようとしたんです。でも……騙されて……お金だけ取られて……」


視線を落とし、絞り出すように語る。


「もう……どうすればいいか、分からなくて……」


橘さんは、厳しい表情のまま、静かに頷いた。


そして、場の空気をさらに張り詰めさせる一言を続ける。


「それなら……残ってる道は一つだけよ」





橘さんの言葉に、篠原さんが顔を上げた。


「……一つ、だけ……?」


その声には、期待と恐怖がないまぜになっている。


橘さんは、ゆっくりと首を縦に振った。


「ええ。死ぬ覚悟があるなら――自力で取りに行くしかない」


その一言で、病室の空気が張り詰めた。


「知っての通り、ハイポーションを手に入れたいならダンジョンを探索するしかないわ。しかも、見つかる可能性は決して高くない」


篠原さんの唇が、かすかに震える。


「……ダンジョンなんて私……」


「あなた一人じゃ、まず帰ってこられない」


橘さんは即座に言い切った。


突き放すような口調だったが、そこに悪意はなかった。


篠原さんは俯いたまま、小さく息を吸う。


そして――ゆっくりと、視線を上げた。


その先にいたのは、俺だった。


「……」


橘さんは何も言わない。

それでも、何を求められているのかは嫌というほど分かる。


篠原さんの脳裏に浮かんでいるのは、たぶんあの光景だ。

コンビニ強盗を取り押さえたときの――


「……さっきは、ごめんなさい」


かすれた声で、篠原さんが言った。


「助けてくれたのに……感情のままに言葉をぶつけて……」


一度、言葉を切り、深く頭を下げる。


「でも……私が頼れる人は……あなたしか、いないんです……」


「……ムリ、ムリです」


思わず、強めに否定していた。


「ハイポーションみたいな希少アイテムが手に入る場所を探索できる実力、俺にはありませんから。そもそも……俺、ダンジョンの中でまともに戦闘したこともないですし」


(黒崎さんたちと一緒にしないでくれ……)


内心で、ぼやく。

あの四人は、別格だ。俺とは土俵が違う。


「……勘違いしてるわね」


橘さんが、静かに口を挟んだ。


「あなたたちが、あのときダンジョンで遭遇したモンスター――覚えてる?」


視線が、自然と橘さんに向く。


「探索が進んだ今の基準でも“上位”に入るモンスターよ」


一瞬、言葉に詰まる。


「逆に言えば、ダンジョンの浅い層なら、あなたは鼻歌でも歌いながらでも倒せる相手ばかりってこと」


「実際、――黒崎さん以外の生還者でも、余裕で対処できてるわ」


淡々とした説明が、じわじわと逃げ道を塞いでくる。


「……いや、でも」


俺は、必死に別の理由を探す。


「そうだ、ハイポーションが出るような場所は普通の探索許可証じゃ入れませんよ。」


これも事実だ。

だから――


「問題ないわ」


遮るように、橘さんが言った。


「あなたが持ってるその許可証なら、制限には引っかからない」


心臓が、嫌な音を立てた。


(……まだ、何か……何か断る理由を……)


そう考えていると――


「……お願い、します……!」


いつの間にか、篠原さんがベッドを降りていた。


気づいたときには、こちらに縋りつくように抱きついてきている。


「ちょっ――!?」


胸元に、柔らかい感触。


(な、なに当たって……!?)


一気に思考が混乱する、おっさんの脳内。


引き剥がそうにも、下手に触るわけにもいかない。

結果――


「ま、待ってください!」


思わず、両手を上げてバンザイの姿勢になる。


どうしようもなくなって、橘さんを見る。


「見てないで、助けてください……!」


「助けるような事態じゃないわね」


即答だった。


「それとも、その体勢って……密着してもらうため?」


「違いますから!?」


篠原さんは、涙目のまま何度も訴えてくる。


「お願いします……お願いします……!」


(……一緒に行くって言えば、離れてくれるとは思う。でも、それって結局ダンジョンに行くってことだよな……)


(橘さんは、モンスターは俺にとって脅威じゃないって言うけど……それ、浅い層の話だろ……?)


思考がぐるぐると回る。


胸元に押し付けられる、柔らかい感触。


(……ダメだ、考えまとまらん)


思考は完全にまとまらないまま、俺は叫んでいた。


「わ、分かりました! 一緒に行きますから! だから離れてください!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ