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危機のたびに異世界の職業を思い出すおっさん、ダンジョン社会で生きる  作者: kage3
第二章 おっさんはコンビニ店員

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第17話 再会と篠原の懇願

消毒液の匂いが、やけに鼻につく。


病院なんて、何年ぶりだろう。

しかも自分が怪我人として座っている。


椅子に深く腰掛けるたび、背中と肩がじくりと痛んだ。

ダンジョンの中も含めて、こんな大けがをした記憶はない。

擦り傷や打撲ならいくらでもあったが、肩が外れるなんて初めてだ。


(年か……いや、無茶したせいか)


インドアで、基本は引きこもり気質のおっさんだ。

普段から身体を張るような生き方をしているわけでもない。

そんな自分が、よりにもよってここまでボロボロになるとは思っていなかった。


「……はあ」


思わず、ため息が漏れる。


「ため息をつく余裕はあるみたいですね」


後ろから、はっきりした声が飛んできた。


白衣姿の橘だった。

腕を組み、背筋を伸ばして立っている。

医者というより、現場に立つ指揮官みたいな雰囲気だ。


「脱臼してますけど、溜息つくくらいはできますよ」


少し不機嫌を隠さずに言うと、橘は肩をすくめた。


「それなら結構です」


あっさり言って、視線を前に戻す。

その先には、カーテンで仕切られた処置室があった。


「篠原さんは……まだ、意識は戻ってないんですか」


私がそう聞くと、橘は一度だけ頷いた。


「ええ、外傷は軽いですが、落下の衝撃と精神的なショックが大きいので、無理に起こしていません」


淡々とした口調。

完全に医者の顔だ。


「……そうですか」


それ以上、言葉は続かなかった。


橘は今度は、ちらりと私のほうを見る。


「それより、あなたのほうが問題です。見た目以上に酷いですね。さっきから動かすたびに痛みが顔に出てます」


「……さすがですね」


「職業柄です」


短く言い切ってから、橘は少しだけ声の調子を変えた。


「どうして、あそこまで無理を?」


責める口調ではない。


私は天井を見上げて、少し考える。


「……理由らしい理由はないです。気づいたら、走ってました」


橘は、ほんのわずか眉を上げた。


「ダンジョンでは、そんな雰囲気はありませんでしたけどね」


呆れと、少しの意外さが混じった声だった。


「それで?」


彼女は続ける。


「今は、何をしているんですか」



「今は、何をしているんですか」


橘の問いは、雑談のようでいて逃げ道がない。


「……コンビニでバイトしてます」


我ながら、ひどく間の抜けた答えだと思った。

橘は一瞬、言葉を失ったように口を開ける。


「え、ちょっと待ってください。コンビニ?

……探索許可証、持ってますよね?」


「ええ」


「じゃあ探索者は? やってないんですか?」


混乱がそのまま声に出ている。

私は小さく頷いた。


「許可証はもらってますけど、あれからダンジョンには入ってないですね」


事実をそのまま言っただけのつもりだったが、橘はますます眉をひそめる。


「……どうして?」


「どうしてですか……。」


少し考えてから、肩の痛みを誤魔化すように息を吐く。


「特に、これといった理由はないです」


橘の視線が、わずかに鋭くなる。


「強いて言うなら……割に合わないと思っただけで」


「割に合わない?」


「ええ」


私は天井を見上げる。


「黒崎さんたちみたいに、はっきり実力があるなら別でしょうけど」


ホークアイ。

クラッシャー。

爆炎。


名前を出さなくても、顔はすぐに浮かぶ。


「自分の場合、リスクの割にリターンが見合わないなって思ったんです」


命を張る仕事だ。

才能があるわけでも、特別な切り札があるわけでもない。

身体能力も、日々の訓練で底上げしているだけで、才能と言えるほどのものじゃない。


「それだけです」


言い切る。


「……はあ」


呆れたような、でもどこか疲れたような溜息だった。


その後は橘は腕を組んだまま黙り込んだ。


何か言われると思った。

説教か、呆れか、あるいは否定か。


けれど橘は、ただじっと私を見ているだけだった。


沈黙が、非常に居心地が悪い。


そう思っているとベッドのほうから、かすかな物音がした。


「……あ」


短い声。

シーツが擦れる音に、橘がすぐ反応する。


「起きましたね」


そう言って、彼女はベッド脇へ移動した。

俺も視線だけを向ける。


篠原さんは、まだぼんやりとした目で天井を見つめていた。

焦点が合わないまま、数度瞬きをして――やがて、橘の姿を捉えた瞬間。


「……た、橘……さん……?」


震える声だった。


橘は一瞬だけ表情を和らげる。


「ええ。気がつきましたか」


次の瞬間だった。

篠原さんの顔が、くしゃりと歪んだ。


「お、お願い……です……!」


身体を起こそうとして、痛みに顔を歪める。

それでも、必死に橘へ手を伸ばした。


「娘を……! あの子を、助けてください……!」


嗚咽混じりの声。

言葉が途切れ途切れになる。


「回復魔法の第一人者だって……っ

橘さんなら……!」


橘は、その手をそっと押し留めた。


「落ち着いてください」


声は静かだったが、はっきりしている。


「……事情は、だいたい想像がつきます」


その声色に、篠原さんの肩がびくりと揺れた。


「でも」


橘はそこで言葉を切り、ゆっくりと視線を横に流した。

――俺のほうへ。


「ご自分の事情の前に、人としてやるべきことがありますよね」


突然向けられた視線に、思わず瞬きをする。


(……え?)


意味が分からない。

なぜ、ここで俺を見る。


戸惑っていると、ベッドの上からも視線を感じた。

篠原さんが、不安そうな目でこちらを見ている。


理由は分からないまま、

病室の空気だけが、静かに張りつめていった。

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