第13話 警察と後片付け
赤色灯が、やけにうるさく回っていた。
「動くなって言っただろ!」
「抵抗するな、もう終わりだ!」
強盗は二人の警官に挟まれ、パトカーへ連れていかれる。
さっきまで威勢よくナイフを振り回していた男は、今は肩を落とし、力なく足を引きずっていた。
――終わった、か。
そう思った瞬間、別の警官が私の前に立った。
「で、あなた」
嫌な予感しかしない。
「探索者ですよね?」
「……許可証は持ってます。取ってから一度も潜ってませんけど、一応」
自分でも苦しい言い訳だと思ったが、事実だから仕方ない。
警官は小さく鼻を鳴らした。
「最近多いんです。探索者が“ヒーロー気取り”で犯罪者を捕まえるケース」
そう言いながら、店内を一瞥する。
倒れた商品棚、怯えた客、まだ震えの残る空気。
「正義感は結構。でもそのせいで怪我人が出たら責任持てないでしょう。」
今度は私をまっすぐ見てきた。
責めているというより、諭すような視線だった。
「あなたも、見たところいい歳でしょう?」
視線が、私の腹回りから肩、顔へと移動する。
「そんなおっさんがですよ? もし怪我でもしたらどうするんですか」
……確かにおっさんなのは否定しない。
しないけど、それを本人の前で言うか、普通。
「今回は結果的に誰も大怪我しなかった。だから注意で済ませます」
警官は手帳を閉じ、少しだけ声を低くした。
「でも次はありませんからね。分かってます?」
「はい……」
反論する気も起きなかった。
ヒーローになるつもりなんて、最初からなかったし。
ただ、あの場で動かなければ、もっと酷いことになっていた気がしただけだ。
「まったく……」
警官は最後にもう一度ため息をつき、同僚の方へ戻っていった。
パトカーのドアが閉まり、エンジン音が遠ざかる。
店の前に残されたのは、割れた緊張感と、
少しだけ気まずい空気。
私はレジカウンターの中で、深く息を吐いた。
警察が去ると、店内は一気に静かになった。
さっきまでの騒ぎが嘘みたいに、蛍光灯の音だけがやけに大きく感じる。
床に散らばった商品を見て、店長が明日頭を抱える光景が脳裏に浮かんだ。
「……初日から、大変な目にあいましたね」
そう声をかけてきたのは、さっき強盗に向かっていった女性――
今日、初めて同じシフトに入った未亡人だった。
「ですね。まさかこんなイベントが用意されてるとは思いませんでした」
我ながら、ずいぶん他人事みたいな言い方だと思う。
彼女は小さく笑ってから、ぺこりと頭を下げた。
「自己紹介、まだでしたよね。
私、篠原です。よろしくお願いします」
「あ、どうも。私は……」
名乗りかけて、少しだけ間を置く。
結局、余計な肩書きは付けずに普通に名乗った。
篠原さんは軽くうなずいたあと、ふと左手を押さえた。
「……あれ?」
「どうしました?」
「いえ……」
そう言いながら指を開くと、白い肌に細い赤い線が走っている。
血が滲むほどでもないが、明らかに切り傷だった。
「さっきの……ナイフ、ですね」
時間差で気付いたのか、じわっと痛みが来たようだった。
「すみません」
思わず口から出ていた。
「え?」
「私が、もっと早く取り押さえていれば……」
あの時、説得なんて回りくどいことをせず、
さっさと動いていれば、こんな傷は作らせずに済んだ。
篠原さんは一瞬きょとんとしたあと、首を振った。
「いえいえ。これくらい、大したことないですから」
そう言って笑うが、内心では少し反省する。
結果オーライ、で済ませていい話じゃない。
篠原さんは、改めて私の体を上から下まで眺めた。
「……それにしても、お強いんですね」
「え?」
「だって、あんな動き。正直びっくりしました」
視線が、私の腹回りで止まる。
「その体型で」
「その体型って言いました?」
「言ってません。」
即答だった。
この人、意外と容赦がない。
「まあ……こんな見た目ですけど、けっこう動けるんです」
「そうみたいですね」
どこか楽しそうに、篠原さんはうなずいた。
「でも、無茶はしないでくださいね。
さっき警察の人も言ってましたけど……良いお年なんですから」
「今日だけで二回も言われました」
「三回目、いきます?」
「勘弁してください」
二人して、小さく笑う。
外では、まだパトカーの赤色灯が遠くで瞬いていた。
それを横目に見ながら、私は思う。
――とりあえず今日は、これ以上何も起きないでほしい。
あとは片付けをして、シフトを終えて、
いつも通り家に帰って、風呂に入って寝る。
それだけでいい。
店内の後片付けは、思ったよりもあっさり終わった。
散らばったおにぎりと雑誌を戻し、床を軽く拭き、
強盗が倒れた場所に立てかけられていた注意喚起のパネルを元に戻す。
やること自体は、いつもの作業と大差ない。
「……なんか、現実に戻りますね」
俺がそう言うと、篠原さんは苦笑した。
「さっきまで事件だったのに、不思議ですよね」
「コンビニって、そういう場所なのかもしれません」
何があっても、レジは元の位置に戻り、
商品は棚に返され、シフトは時間通りに進む。
非日常を、強引に日常へ押し戻す力がある。
片付けの途中で、さっきまで店にいた客の一人が声をかけてきた。
「さっきは……ありがとうございました」
年配の男性だった。
少し照れたように頭を下げられて、俺は慌てて手を振る。
「いえ、たまたまですから」
「いやあ、思わず拍手しちゃいましたよ。」
あの時のことを思い出して、少しだけ顔が熱くなる。
正直、拍手される側になるとは思っていなかった。
客が帰り、店内に残ったのは俺と篠原さんだけになる。
時計を見ると、深夜帯に入る少し前だった。
「……大丈夫ですか? 本当に」
篠原さんが、少しだけ声を落として聞いてきた。
「あー……はい。たぶん」
正直なところ、自分でもよく分からない。
さっきのことをどう受け止めていいのか、整理もできていない。
それを今ここで言葉にするのも、なんだか違う気がした。
「それより――さっきの手」
俺が視線を向けると、篠原さんは一瞬遅れて気づいたように自分の指を見た。
「あ、これですか」
ナイフでかすったらしい小さな切り傷。
本人は平然としているが、赤く滲んでいる。
「大したことないですよ。ほら、これくらい」
そう言われて、少しだけ肩の力が抜けた。
「なら……良かったです」
それ以上、何も続けなかった。
深夜のコンビニで、改まって話すようなことでもない。
レジの前に客が並び始める。
俺はそちらに意識を戻した。
――大ごとにならなければ、それでいい。
今は、それくらいしか考えられなかった。




