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危機のたびに異世界の職業を思い出すおっさん、ダンジョン社会で生きる  作者: kage3
第二章 おっさんはコンビニ店員

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第12話 コンビニ強盗とコンビニ店員

「……おい。聞いてんのか?」


ぼんやりとしていた私に、苛立った声が飛んできた。


視線を上げると、目の前に刃物があった。

レジ越しに突き出されたナイフ。

刃はコンビニの白い照明を受けて不自然に光っている。

その反射が、妙に強調されていて――逆に安っぽく見えた。


握っている男の手は、力が入っているようでいて、微かに震えている。


(……初犯、かな)


そんな感想が、真っ先に浮かんだ。


服装はくたびれた作業着。

サイズの合っていない上着に、擦り切れた靴。

逃げ道を確認するでもなく、ただ必死にナイフを突きつけている。


「か、金を出せ」


声が裏返りそうになるのを、無理に抑えているのが分かる。

怒鳴っているつもりなのだろうが、迫力はない。


私はナイフから視線を外し、男の腕に目を向けた。

手首から前腕にかけて、いくつかの古い傷が見える。

治りきった擦過傷と、小さな切り傷。

作業中についたにしては不揃いで、だが日常的な事故とも少し違う。


……どこかで、見たことのある傷だった。


男の呼吸は浅く、早い。

目は落ち着きなく泳ぎ、私の反応を待っている。


普通なら――

刃物を突きつけられた時点で、頭は真っ白になり、体は固まるはずだ。


だが、不思議とそうはならなかった。


自分でも驚くほど、冷静だった。


(……なんでだ?)


一瞬考えて、答えはすぐに出た。

直接戦ったわけではないが、あの時――

ダンジョンで、モンスターに襲われた時に感じた、あの根源的な恐怖。


あれに比べれば、これはただの日常の延長線だ。

刃物を持った人間が目の前にいる。

危険ではあるが、理解できる範囲の危険。


それに――

もし何かあっても、どうとでも対処できそうだ、という感覚があった。


根拠はない。

だが、ごく自然にそう判断している。


「……落ち着いてください」


気づけば、そんな言葉が口から出ていた。


男は一瞬、目を見開き、そのまま固まった。

想定していた反応と違ったのだろう。

怒鳴られるか、怯えられるか、そのどちらかだと思っていたはずだ。


「な、なんだよ……」


ナイフを持つ手が、中途半端な位置で止まる。


その背後で、棚の向こうから小さな声がした。


「ね、ねえ……その……」


彼女は同じシフトに入った、今日が仕事初めの未亡人だった。

顔は青ざめているが、それでも一歩前に出ている。


「こんなことしても、何も良くならないわ……」


男の視線が、私と未亡人の間を行き来する。

二人とも、逃げる様子も、騒ぐ様子もない。


それが逆に、男の動きを止めていた。


店内に、妙な沈黙が落ちる。

ナイフはまだ下ろされていない。



男は、すぐには何も言わなかった。

ナイフを握る手だけが、まだ小刻みに揺れている。


私はレジカウンターの縁に両手を置いたまま、静かに口を開いた。


「……説教するつもりは、ありません」


自分の声が、妙に落ち着いて聞こえる。


「でも、防犯カメラには顔がはっきり映ってます」


天井の隅にある黒いレンズへ、ほんの一瞬だけ視線を向ける。

男の目も、反射的にそちらを追った。


「このまま続けたら、まず間違いなく警察に捕まる。……今、ここでやめてくれれば、通報はしません」


男の目が、一瞬だけ泳いだ。

ナイフの切っ先が、わずかに下がる。


「う、うるせぇ……!」


怒鳴ろうとして、声が裏返る。

追い詰められた勢いだけで来たのが、はっきり分かる。


彼女が、私の言葉をなぞるように、静かに続けた。


「今なら引き返せるわ。誰も傷ついていないし、まだ取り返しはつくわ」


男は歯を食いしばり、視線を床に落とした。


「……終わってんだよ」


掠れた声だった。


「ダンジョンが出来て取引先が潰れてさ……それが切っ掛けで会社をリストラされた。」


吐き出すように言って、ナイフを持つ手を強く握り直す。

指の関節が白くなった。


「ダンジョン失業者向けの探索許可も貰ったけど……俺みたいなヤツが探索者をやっても、全然稼げねぇんだ」


言葉が途切れ、肩が大きく上下する。

切っ先が、さらに下がった。


(……やっぱりな)


胸の奥で、静かに納得する。


「私も……似たようなもんです」


それだけ告げて、余計な説明はしなかった。

男が、戸惑ったように顔を上げる。


「……じゃあ、なんで……」


「だからって、ここで一線を越えたら終わりです」


私は視線を逸らさずに続けた。


「捕まれば、もう選択肢は残らない。今なら……まだ戻れます」


沈黙。


彼女が、ほんの一歩だけ近づいた。


「お願い、ここで終わりにしましょう」


男の肩が大きく上下し、呼吸が荒くなる。

限界が近いのが、はっきりと分かった。


ナイフを握る指に、再び力がこもり――

何かが、決壊しかけていた。



彼女が、さらに一歩前へ出た。


それに気づいた瞬間、男の目が見開かれる。


「来るなっ!」


金切り声と同時に、男はナイフを大きく振り回した。

制止する暇もなく、刃が空を切る。


「あ……っ」


短い声とともに、未亡人の指先に赤い線が走る。

ほんの掠り傷――だが、怪我人が出てしまった。


(――ダメだ)


こうなっては、言葉を重ねても意味はない。


男はもう、自分を抑えられていない。


「……ちょっと、聞いてください」


俺は一歩、前に出て声を掛けた。

意識を、もう一度こちらへ向けさせるために。


男の視線が、俺を捉える。


「来るなって言ってるだろ!」


怒鳴りながら、ナイフがこちらを向く。

切っ先が、迷いなく俺に向けられた。


――来る。


彼らの姿を見たあの日から、ずっと続けてきた魔力操作。

派手さはない。

成果があるのかも分からなかった。


だが今、魔力は、あの時とは比べものにならないほど滑らかに流れていた。


体の内側を巡る感覚が変わる。

筋肉が、神経が、明確な意思を持ったかのように応える。


振り下ろされたナイフの軌道が、はっきりと見える。


「……」


考える前に、体が動いていた。


伸ばした指で、刃の側面をつまむ。

ぎり、と金属の冷たさが伝わるが、痛みはない。


「――なっ!?」


男の顔が、凍りつく。


止まった、その一瞬。


俺はナイフをひねり上げて奪い取り、勢いのままレジカウンターを跳び越えた。

距離は一瞬で詰まる。


「ぐっ……!」


体勢を崩した男を床に押さえ込み、腕を背中に回して拘束する。

抵抗は、ほとんどなかった。


店内が、静まり返る。


そして次の瞬間。


「……おお……」

「すげ……」


ぽつり、ぽつりと声が上がり、

やがて小さな拍手が広がっていった。


俺は、ようやく現実に戻ってきた感覚に包まれ、思わず頬を掻く。


「……いや、その……」


視線が集まって、少し気恥ずかしい。


その足元で、男が悔しそうに歯噛みする。


「……くそ……なんだよ、それ……反則だろ……」


悪態混じりの呟きに、俺は何も返さなかった。


ただ、胸の奥で静かに思う。


強盗に遭うなんて、最悪の出来事だ。

だがそれで、日々続けてきた努力が無駄じゃなかったと分かってしまった。


――なんとも、皮肉な話だ。

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