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危機のたびに異世界の職業を思い出すおっさん、ダンジョン社会で生きる  作者: kage3
第二章 おっさんはコンビニ店員

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第11話 回想と今

ダンジョンを脱出した瞬間のことを、

一年たった今でも、ふと思い出すことがある。


思い出すのは、決まってあの光景だ。


地上に出た途端、強い光に目を細めた。

外だった。

空気が違う。冷たく、乾いていて、現実の匂いがした。


次の瞬間、視界が一気に騒がしくなる。


救急車のサイレン。

担架を運ぶ人間。

警察官と、自衛隊員。

そして、その向こうに並ぶカメラとマイク。


「○○新聞です! 一言だけお願いします!」

「○○TVですが、生還の決め手は何だったんですか!」


所属を名乗り、質問を投げる声が重なっていく。


だが、その視線は私には向いていなかった。


人の流れは、自然と一箇所に集まっていく。


片目を失いながらも索敵と状況判断を担い続けた五十代の男――黒崎 一。

傷ついた者を癒し、最後まで治療を止めなかった女医師・橘 美咲。

前線で身体強化を使い、壁役として立ち続けた大柄な男・朝倉 剛志。

後衛から火炎魔法を操り、戦場を制圧していた眼鏡の男・神谷 光成。

――名前は、既に報道で知られていた。


誰もが知りたがっていたのは、

ダンジョンの中で何が起き、誰が何を成し、どうやって全員が生還したのか、という一点だった。


私も同じ場所から出てきたはずだった。

同じ時間を、同じダンジョンの中で過ごしていたはずだった。


それでも、立っている位置が少し違った。

人の輪の、ほんの外側。

誰かの背中の、さらに後ろ。


そのまま、私たちは警察に誘導された。


通されたのは、広い会議室だった。

長机を囲むように座らされ、向かいには警察と自衛隊の関係者が並ぶ。


犯罪者を見る目ではない。

だが、遠慮もない。


ダンジョンの構造。

魔物の種類。

魔力の性質。

各自の能力と行動。


思い出せる限り、できるだけ詳しく。

一つでも多くの情報を引き出そうとする空気が、はっきりとあった。


私は、知っていることを答えた。

見たことを話した。

魔力操作についても説明した。


嘘は言っていない。

誇張もしていない。


ただ――

私が主導した場面は、やはりなかった。


それからほどなくして、

ニュースや特集番組で、顔と名前が固定されていく。


片目の男は、ダンジョン対策の専門家として取り上げられた。

橘は、医療と回復魔法の両面から評価された。

大柄の男と眼鏡の男も、戦闘能力の高さを称えられていた。


国から、組織から、研究機関から。

彼らには次々と話が舞い込んでいった。


私のところには、何も来なかった。

ただ、それだけのことだ。




ダンジョンに関する情報は、連日のようにニュースで取り上げられていた。

正体不明の空間。

異世界のような内部構造。

未知の資源と、命を落とす危険性。


恐怖と好奇心が入り混じったまま、人々の関心は一気にそこへ集まっていった。

ネット上では考察や噂が飛び交い、オタクやネット住民の間では解析や憶測が加速していった。

公式情報が少ないほど、関心だけが先走っていく。


しかし、彼らの開放熱は政府に届かずダンジョンンは完全に一般人立ち入り禁止となった。

管理は国と、新たに設立されたダンジョン省が担っていた。

ダンジョン省には、自衛隊や警察から選抜された武闘派の精鋭が集められ、内部調査と制圧を専門に行っていた。


――当然だ。

未知の空間で、未知の生物が徘徊している。

生きて帰れる保証など、どこにもなかった。


そんな中ダンジョン生還の主要メンバーはやはり特別だった。

「内部を実際に見て、生き残った者」として政府から協力を求められた。

聞き取り、検証、今後の対策への助言。

ダンジョン管理組織に対する参加・協力要請だった。


私には――もちろん、その声はかからなかった。


だが、ダンジョン立ち入り禁止という状況は時間が経つにつれて変わっていく。

ダンジョン省が公開した魔石や素材が、現実の技術や経済に与える影響が無視できないものだと分かってきたからだ。

エネルギー源としての可能性。

新素材としての価値。


そして決定的だったのは、

急増する需要に対して、それを満たす人手が圧倒的に不足していたことだ。


自衛隊や専門組織だけでは回らない。

人員にも、時間にも限界がある。

そこに民間企業の圧力が加わり、制度は徐々に緩和されていった。


厳しい審査と許可制のもとで、一般人もダンジョンに入れるようになった。


私も、条件自体は満たしていた。

申請すれば、探索者として関わることはできたはずだ。


ただ――

強く求められたわけでもなく、

背中を押されることもなかった。


あの脱出劇の中で、私は前に出たわけでも、派手な力を見せたわけでもない。

判断役でもなければ、戦力の要でもない。

その立ち位置は、後になってから静かに効いてきた。


もっとも、それが決定打だったわけでもない。

「行かない理由」が、はっきり存在したわけでもなかった。


気がつけば、なんとなく。

本当になんとなく、ダンジョンから距離を置いたまま時間だけが過ぎていた。


あの時、一緒にいた四人は違った。


片目を失いながらも生還した黒崎一は、ダンジョン対策の顧問として関わった後に独立。

今では自分のチームを率いる有名探索者として、何度もニュースで名前を見る。


朝倉剛志は前線の戦士として。

神谷光成は高火力魔法の使い手として。

橘美咲は回復と医療の分野で。


それぞれが、それぞれの場所で“続き”を生きている。


私だけが、取り残されたわけじゃない。

強く必要とされたわけでもなく、

踏み出すきっかけも、ただ無かっただけだ。



……そんなふうに、

私は、過去の中に意識を沈めていた。


「――おい」


低い声が、鼓膜を叩いた。


「お前……これが見えねぇのか?」


一瞬、何のことか分からなかった。

視界が遅れて、焦点を結び直す。


白いレジカウンター。

蛍光灯の光。

固まったままの店内。


そして――

目の前に突き出された、ナイフ。


刃先が、わずかに震えているのが見えた。

その向こうで、強盗の荒い息。

背後では、誰かが息を呑む気配。


コンビニの空気は、張りつめていた。


ああ、そうだ。

私は今、ここにいる。


過去じゃない。

ダンジョンでもない。

コンビニに。


「……」


口を開こうとして、

その前に、体が状況を理解してしまった。


――現実に、引き戻された。

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