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危機のたびに異世界の職業を思い出すおっさん、ダンジョン社会で生きる  作者: kage3
第一章 ダンジョン発生

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第10話 脱出と4人の感謝

 ……戻らない。


 光の渦は、先ほどと何一つ変わらない様子で回り続けている。

 飲み込まれた大柄の男の姿は、影も形も見えない。


 ほんの数秒――

 そう思っていた時間が、やけに長く感じられた。


(遅い……)


 胸の奥が、じわじわと落ち着かなくなる。

 異世界人の記憶では、出口は安全なはずだ。

 だが「安全だと知っている」ことと、「実際に仲間が入って戻らない」ことは、まったく別の問題だった。


 女医師が、無意識に自分の腕を抱く。


「……時間、長くない?」


 小さな声だったが、静まり返った空間ではよく響いた。


 学生の二人も、渦から目を離せずにいる。

 朝倉 恒一は拳を握りしめ、佐倉 紗季は唇をきゅっと結んだまま、落ち着こうと深呼吸を繰り返していた。


「……」


 片目の男――黒崎は、何も言わない。

 ただ、光の渦を睨むように見つめ続けている。


 あの人が黙っている時は、大抵ろくな想定をしている。

 そして、最悪の可能性も含めて判断の準備をしている時だ。


(もし……戻らなかったら)


 考えが、嫌な方向へ滑りかける。


 助けに行く?

 それとも、誰か別の人間を――


 そこまで考えて、俺は小さく首を振った。


(考えるな)


 不安に引きずられて判断を誤るのは、一番やってはいけないことだ。

 それは、ここまで散々見てきた。


 それでも、時間は容赦なく伸びていく。


 一分が、五分のように感じる。

 いや、実際にどれくらい経ったのかも分からない。


 光の渦を見つめる視界が、じっとりと汗ばんでいく。


 ――その時だった。


 光が、一瞬だけ大きく揺れた。


 反射的に、全員が身構える。


 次の瞬間――


 勢いよく、誰かが飛び出してきた。




 光の渦から、飛び出してきたのは――


「っ、あっぶねぇ……!」


 聞き覚えのある、張りのある声。


 大柄の男が、ほとんど転がるようにして床に足をついた。

 勢い余って数歩よろけ、慌てて体勢を立て直す。


「……戻ったな」


 黒崎が、低くそう言った。


 その声を合図にしたかのように、場の緊張が一気に弾ける。


「大丈夫ですか!?」


 女医師が駆け寄ろうとするのを、大柄の男は手で制した。


「いや、大丈夫だ! それより――」


 息を切らしながら、ぐるりとこちらを見る。

 目は見開かれ、額には汗が滲んでいる。

 焦りと興奮が、隠しきれていなかった。


「これは出口で間違いねぇ!」


 一瞬、理解が追いつかない。


 理解が追いつけないので誰も声を発しない。


「外だ! ちゃんと外に繋がってる! 空があって、人がいて……警察とか、制服着た連中が山ほどいる!」


「……本当か?」


 黒崎が、念を押すように問う。


「嘘ついてどうすんだよ! 俺が一歩出た瞬間、騒ぎになったんだぞ! カメラ向けられて、質問飛んできて……慌てて戻ってきた!」


 その様子が、ありありと目に浮かぶ。


 次の瞬間――


「……っ」


 誰かが、息を呑んだ。


 続いて、堪えきれないように声が上がる。


「た、助かった……?」

「外……?」


 学生の二人が顔を見合わせ、次の瞬間、ほっと力を抜いた。


「……出口、なんですね」


 佐倉 紗季の声は、震えていた。

 だが、その震えは恐怖ではなく、安堵のそれだった。


「……よかった」


 朝倉 恒一は、そう呟いてから、両手で顔を覆った。

 肩が、小さく上下している。


 女医師も、胸に手を当て、深く息を吐いた。


「……全員、生きて帰れますね」


 その言葉が、はっきりと場に広がる。


 俺も、知らないうちに力が抜けていた。


(終わった……)


 ゆるんだ空気を静かに引き締めたのは、黒崎だった。


「……喜ぶ気持ちは分かるが、落ち着け」


 低く、よく通る声。


「向こうは混乱しているはずだ。全員が一斉に出たら、事故になる危険がある」


 大柄の男が、頷く。


「確かに。俺が出ただけでも、相当だった」


 黒崎は全員を見渡す。


「負傷者、子供、女性の順だ。無理はさせない。ゆっくり行く」


 視線が、大柄の男と眼鏡の男に向いた。


「朝倉、神谷。悪いが、俺と一緒に最後だ」


「そうだよな。」


 大柄の男――朝倉 剛志は、短く答える。


「……仕方ねぇ」


 眼鏡の男――三枝も、息を整えながら頷いた。


「……全員、生きて外に出る。俺たちが守るから何があっても落ち着いて行動するんだ。」


 黒崎のその一言がみんなを安心させる。


 光の渦は、変わらず静かに回っている。


 だが今はもう――

 それが“正体不明の渦”ではなく、“帰るための道”だと、はっきりとしている。




 最初に向かったのは、足取りのおぼつかない者たちだった。


 橘が、怪我の重い一般人を支えながら光の渦へと導く。

 渦に触れた瞬間、身体が光に溶けるように消えていく。


「……本当に、消えた」


 誰かが呟いた。



 次は子供たち。

 怯えた顔をしたまま、それでも必死に前に進く。


「大丈夫だ。目を閉じて、真っ直ぐ行け」


 黒崎の低い声が、背中を押す。


 一人、また一人と、光の中へ消えていく。


 残る人数が、目に見えて減っていった。


 次に呼ばれたのは、女性たちだった。


 佐倉 紗季は一瞬だけ振り返り、朝倉 恒一を見た。

 恒一は、小さく頷く。


「先に行って。外で、待ってるから」


「……分かった」


 唇を噛みしめ、覚悟を決めるように息を吸う。

 それから光へと踏み出し――その姿は、すぐに見えなくなった。


 次に一般人たちが続く。

 何度も振り返り、深く頭を下げながら。


「ありがとうございました……」

「本当に……」


 お礼を言いながら渦へと消えてゆく


 やがて――

 残ったのは、俺だけになる。


 黒崎が、俺を見て言った。


「次は……お前だ」


 一瞬、言葉を失う。


「俺、ですか?」


「戦闘能力だけなら、橘が先なんだが――」


 黒崎は、橘へ一瞥を向けた。


「万一、ここで戦闘になった場合、治療役が必要になる。お前が先に行ってくれ」


 俺は、頷いた。


 光の渦へ向かおうと、一歩踏み出した――そのとき。


「待て」


 朝倉が、低い声で呼び止めた。


「……?」


「礼を言っておきたい」


 次に口を開いたのは黒崎だった。


「何を気にしているのかは知らんが」


 そう言って、黒崎は自分の片方しかない目を、指で軽く示す。


「これが潰れたのは、誰のせいでもない。まして、お前のせいじゃない」


 静かな声だったが、揺るぎがなかった。


「お前がいなければ、ここまで誰も外に出られなかっただろう。それだけは断言できる」


 その言葉が、胸の奥に真っ直ぐ刺さる。


 神谷が、壁にもたれたまま続けた。


「惜しみなく知識を教えてくれた。ダンジョンの知識だけでなく魔力の扱い方までな。」


「正直、あれがなきゃ……俺は途中で潰れてた」


 橘も、静かに頷く。


「あなたがいたから、ここまで誰も欠けずに来られたんです。」


 喉が、詰まった。


「……っ」


 慌てて俯くが、涙は止まらない。


「……ありがとう、ございます」


 声が、震えた。


 朝倉が、気まずそうに頭を掻く。


「泣くなよ。こういうの、慣れてねぇんだ」


「……いいおっさんが泣くなよ。」


 神谷が、わずかに笑う。


 橘は、優しく微笑んだ。


「外で、また会いましょう。ちゃんと、生きて」


 黒崎は、何も言わず、ただ一度だけ頷いた。


 俺は、深く頭を下げてから――

 光の渦へと向き直る。


(……俺の行動は、無駄じゃなかった)


 一歩、踏み出す。


 身体が、光に包まれる。


 胸の奥に、ほんの少しだけ――

 前を向く感情を抱いたまま。


 世界が、切り替わった。

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