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第6話:世界最強の休日と、騒がしき幼馴染たち

3/14:改稿しました

東京湾の激戦から一夜明け。世間では「謎の消失現象と特級個体の全滅」がトップニュースとして世間を騒がせ、SNSでは「眼帯のSランク」の目撃情報が数万件のリポストを稼いでいた。


しかし、当の本人は。


「……あー、やっぱりプロの淹れたコーヒーは違うな」


都内の閑静な路地裏にある、知る人ぞ知る隠れ家カフェ。凪沙は、左目の演算核を完全にスリープモードに落とし、穏やかな午後のひとときを楽しんでいた。


『凪沙様。現在、店内の客層は落ち着いていますが、200メートル先から非常に騒がしい魔力反応が接近中です。……演算するまでもなく、特定個体ですね』


脳内に響くエアの無機質な声に、凪沙は小さく息を吐いた。


「……。エア、それ聞かなかったことにしていいか?」

『拒否します。既に彼女の「鼻」がこちらの場所を特定しました。衝突まで、あと3、2、1……』


直後、カフェのアンティーク調の扉が勢いよく開き、鈴の鳴るような声が店内に響き渡った。


「なーぎさっ! 見ーっけ! またこんなところで一人でカッコつけてる!」


プラチナブロンドのショートヘアを揺らし、眩しい笑顔で駆け寄ってきたのは、凪沙の幼馴染でありAランク探索者の銀風スズネだ。


153cmの小柄な体躯からは想像もつかないほどの爆発的な魔力を内包し、その琥珀色の瞳は獲物を見つけた猛獣……あるいは、大好きな飼い主を見つけた子犬のように輝いている。機動力重視の白を基調としたタクティカル・ウェアに身を包んだ彼女は、Aランクの中でも群を抜く速度を誇る。


「よお、スズネ。……今日もそれが出てるぞ」


「あ、ホントだ! 凪沙に会えると思ったら、つい魔力が漏れちゃった」


パフッ、という音と共に、プラチナブロンドの髪の隙間から白銀のフサフサした耳が、そして腰からは大きな尻尾が実体化する。霊狐の血を引く彼女の特性だ。スズネは当然のように凪沙の隣の席を陣取ると、メニューも見ずに店員へ「季節限定の特大パフェ!」と注文した。


「聞いたよ! 東京湾のスタンピード、また一人で勝手に片付けちゃって! 私を呼んでくれれば、自慢の『氷狐の舞』で凪沙のサポートしてあげたのに!」


「いや、8秒で終わる作業にAランクを動員するのはコストに見合わないだろ」


「もう、冷たいんだから! ……あ、でも昨日ニュースで一瞬映った凪沙の背中、ちょっとだけ格好良かったかな。……ちょっとだけ、だよ?」


頬を赤らめ、シルクのように滑らかな長い尻尾を左右にパタパタと振るスズネ。彼女は凪沙に対して猛烈な片思いをしているが、普段は「趣味の合う親友」というポジションから抜け出せずにいる、いわゆるヘタレだ。


『スズネ様。そのパフェは1,200キロカロリーを超えます。昨夜、お腹周りを気にしてスクワットをしていたログと矛盾していますが?』


脳内から直接響くエアの声に、スズネは耳を逆立てて反論する。


「げっ!? エアちゃん、勝手に私の部屋をスキャンしないでよ! これは……その、自分へのご褒美なの!」


スズネは探索者としても一流だが、重度のゲーム・特撮オタクでもあり、エアとは「凪沙の管理」を巡って火花を散らすこともしばしばだ。


そんな騒がしい二人のやり取りを眺めていた、もう一つの大きな影が溜息をついた。


「相変わらずだな、お前らは。公衆の面前で魔力を漏らすなよ。……おい店員さん、悪いな。こいつらには俺からよく言っておくから」


凪沙の正面に座ったのは、燃えるような逆立った赤髪とワイルドな風貌が特徴的な男、宮本裕二だ。


188cmの長身と、自身のユニークスキル『黒炎』の熱に耐えるために鍛え上げられた異常な密度の筋肉を持つ彼は、凪沙たちの中学・高校からの同級生であり、現在は国内でも有数の実力派クラン『紅蓮の牙』に所属するAランク探索者である。黒と赤のライダース風ジャケットの袖をまくり上げ、呆れたように二人を見ている。


「裕二か。お前こそ、クランの定例会議じゃなかったのかよ」


「……あー、あれな。サブリーダーの俺がいなくても回るだろって抜けてきた。それより凪沙、昨日の東京湾、うちのクランも招集がかかってたんだぞ。現地に着いたら魔物が消えてたって、リーダーが頭抱えてたわ」


裕二は意志の強さを感じさせる紅い瞳を凪沙に向ける。彼は組織に属し、部下を率いる立場になった今でも、自由奔放に最強を突き進む凪沙を「永遠のライバル」として、そして「親友」として追い続けている。


「……お前の『紫電』の後は、いつもペンペン草も残らねえ。少しは俺たちの仕事(稼ぎ)も残しといてくれよ。クランの運営費、バカにならねえんだからな」


「悪いな。でも、エアが査定に出した分で、ギルドから協力金くらいは出るだろ?」


「出るけどよ……。優奈にも言われたんだぞ。『凪沙くんは一人で頑張りすぎだから、たまには裕二くんが手伝ってあげて』ってさ」


裕二の言葉に、凪沙はわずかに眉を動かした。


『凪沙様。田中優奈様の名前が出た途端、貴方の精神安定値がわずかに低下しましたね。嫉妬ではありませんか?』


「……エア、黙ってろ」


脳内のツッコミを無視する凪沙をよそに、スズネがニシシ、と笑いながらパフェを頬張る。


「優奈ちゃんは分かってるなぁ! 裕二と違って!」


最強のSランク、ソロの韋駄天、そして組織の若きリーダー。立場は違えど、中学・高校からの腐れ縁である三人が揃えば、そこはかつての放課後と変わらない時間が流れ出す。


『凪沙様。お喋りも結構ですが、スズネ様の手元を見てください。……彼女、パフェの容器を無意識に凍らせ始めています。店内の温度が0.5度低下しました』


エアの指摘通り、スズネの指先から冷気が漏れ出ている。彼女のスキル『氷狐』は、単に氷を出すのではなく、周囲の熱を奪い去る絶対零度の凍結操作だ。

さらに彼女は、通常の世界顕現――自身の心象風景で現実の一部を強制的に上書きし、対象の熱エネルギーを強制停止させる『極夜氷天・御神楽きょくやひょうてん・おかぐら』まで習得している。


「わ、私じゃないよ! 凪沙が、あまりに裕二とばっかり喋ってるから……!」


「……さて。騒がしくなってきたし、そろそろ場所を変えるか」


凪沙は苦笑しながら、再び眼帯の位置を直した。世界を滅ぼす災厄も、国家予算を左右する報酬も、今の彼にとっては目の前で騒ぐ幼馴染たちとの「日常」を守るための手段に過ぎない。


「次はゲーセンか? それとも焼肉か?」


「焼肉ー! お肉食べたい!」(スズネ)

「……優奈に怒られない程度なら付き合うぜ」(裕二)


三人の笑い声が、午後の路地裏に溶けていく。しかし、左目の演算核は既に、次の「異常」を捉え始めていた。彼らの平穏な日常に忍び寄る、暗い影。それは半年に一度訪れるというスズネの制御不能な「発情期」という爆弾か、あるいは更なる深淵からの刺客か。


最強の男の休日は、まだ始まったばかりだ。

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