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第5話:消失する魔群と、嘆きの査定士

3/13:改稿しました

魔物が、消えた。


それが、国立ダンジョン管理ギルド専任官・佐藤の網膜が捉えた唯一の事実だった。

つい先ほどまで、東京湾を埋め尽くさんばかりに蠢いていた巨大な影も、海面を叩き割るような咆哮も、荒れ狂う海水も。すべてが唐突に「無」に帰した。


「ど、どこに行った!?」

「いきなり消えたぞ! 大規模な空間転移か!?」


周囲で警戒に当たっていた上位探索者や、護衛艦の自衛官たちからも、悲鳴に近い困惑の声が漏れる。レーダーからも、視界からも、全長百メートルを超えるAランクの特級魔物の群れが、文字通り一瞬でロストしたのだ。


通常、高位の探索者が極限の果てに至る魔力操作の極地――『世界顕現ワールド・マニフェスト』とは、術者の心象風景で「現実空間の一部を強制的に上書き(上塗り)する」技術だ。

だが、あの眼帯の青年がユニークスキルとして行使するそれは、根本から理屈が異なっていた。


現実の上書きではなく、選択した対象のみを『彼自身の世界(位相)』へと強制転送(隔離)する、神の御業に等しい絶対領域。

ゆえに、外部の人間から見れば、標的と彼自身が突如としてこの次元から消滅したようにしか見えないのだ。


(……よかった、私だけに見えた幻覚じゃなかったんだ)


佐藤は、震える手で眼鏡を押し上げた。

静寂が支配する海面。そこには、風に揺れる波の音だけが虚しく響いている。


だが、その静寂は唐突に、あまりにも「日常的」な声によって破られた。


「ウィース、お疲れさんでーす。……あ、佐藤さん。これ、経理に回しといて。Aランクの核、二個確保したから」


慌てて振り返る佐藤たち。

彼らの視線の先には、両手から微かに紫の残り火のような雷を散らせた凪沙が、ひょっこりと立っていた。

そして、凪沙の背後の海面には――いつの間にか、先ほどまで猛威を振るっていた数多の魔物たちの残骸が、内側から爆ぜたような姿で静かに浮かんでいた。


「な……せ、世羅さん……。今、一体……?」


「ん? ああ、ちょっと『掃除』してきただけだ。なあ、エア」


『はい。実時間にして8.2秒。……佐藤様、ボーッとされている暇があったら、早急に回収班の手配をお願いします。鮮度が落ちると、凪沙様の報酬額に響きますので』


虚空から響く、澄み渡るような女性の声。

佐藤は、目の前の青年が「対象を丸ごと別の次元に隔離し、わずか8秒で蹂躙した」のだという異常な事実を、深い戦慄と共に理解した。


◇◇◇


東京湾の特級スタンピード収束から数時間後。

国立ダンジョン管理ギルドの地下にある、巨大な解体・査定ホールには、世にも恐ろしい絶叫が響き渡っていた。


「いやああああああ! 何よこれ! 何なのよこれぇえええ!!」


叫んでいたのは、ギルド屈指の天才査定士、出雲いずもだった。

普段は冷静で事務的な初老の男だが、ひとたび希少な魔物素材を前にすると、その魂の奥底に眠る「素材愛オネエ」が爆発する悪癖がある。


「見てよこれ! Aランクの『海嶺龍トレンチ・ドラゴン』の逆鱗よ!? 本来なら国宝級の魔導触媒になるはずなのに……表面が炭! 炭になってるわよ! 誰!? 誰がこんな無慈悲なことしたのぉお!!」


出雲は、真っ黒に焦げたドラゴンの残骸に取り縋り、ハンカチを噛み締めながら身悶えした。


「……あー、出雲さん。落ち着いてください。やったのは、いつもの世羅さんです」


「やっぱりあの男ね! あの歩く災害! 相変わらず素材に対するリスペクトが欠片も感じられないわ! Sランクの出力で焼いたら、分子レベルで消し飛んじゃうじゃないの! エアちゃん、貴女もよ! もっとあの男に『微小出力の針』みたいな繊細な技を教え込みなさいよぉ!」


出雲が、凪沙の代わりに残っていたエアの「外部端末ドローン」に向かって吠える。


『出雲様。凪沙様にそのような繊細な作業ができるとお思いですか? 彼は「一気に焼いて、早くコンビニのパンケーキを買いに行く」ことしか考えていません』


「自慢気に言うことじゃないわよ!」


『それに、凪沙様の安全と迅速な鎮圧を最優先した結果です。……ですが、安心してください。胃袋の奥の「魔力袋」だけは、私がミリ秒単位で雷撃の軌道を逸らし、無傷で残させました。そちらの査定額、期待していますよ?』


「……え? ちょ、ちょっと見せて」


出雲はドローンから提示されたデータと、回収カプセルの中身を覗き込む。


「……あら。あらあらあら! いやだ、完璧じゃない! この輝き、まるで生まれたての真珠のよう……! 許すわ! 世羅凪沙、貴方を今だけは許してあげるわぁん!!」


コロッと態度を変え、うっとりと魔力袋に頬ずりする出雲。

その見事な手のひら返しに、佐藤や周囲の職員たちは「またか」と言わんばかりに深く肩をすくめたのだった。

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