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第4話:無涯の蒼穹と、理不尽な執行

3/13:改稿しました

東京湾の海上が、沸騰するように泡立っていた。


未発見だった深海ダンジョンからの魔力溢れ出し(スタンピード)。その波及は凄まじく、海面を割り、大きいものでは全長100メートルを超える「Aランク」の魔物たちが次々と這い出してくる。その数、およそ千。


自衛隊の最新鋭護衛艦から放たれた対艦ミサイルは、魔物たちが展開する漆黒の魔力障壁に触れた瞬間、パチパチと線香花火のように虚しく霧散した。


「……だから、無駄だって言ったのに」


喧騒の最中、海面を「普通に」歩いてくる青年がいた。

凪沙は、お気に入りのスニーカーを濡らさぬよう、エアの導きに従って水面上に魔力の足場を形成し、戦場の中心へと向かっていく。


『凪沙様、到着。……佐藤専任官の血圧が危険域です。15秒以内に事態を収束させれば、彼の寿命が3年延びる計算になりますよ』


脳内に響くエアの冷静な声に、凪沙は苦笑しながら眼帯を外した。

左目の演算核から溢れ出す青白い光が、荒れ狂う東京湾を包み込んでいく。


「……よし。エア、世界ルールを書き換えるぞ。周辺の魔力濃度、臨界点まで圧縮しろ」


『了解しました。位相転換フェーズ・シフト開始。……ようこそ、凪沙様だけの箱庭へ』


「この世をば、我が空と思う、蒼穹の。穢れることも、なしと思えばってな」


――世界顕現『無涯の蒼穹むがいのそうきゅう』。


瞬間、世界が反転した。

重苦しい灰色の空も、鉄の匂いがする海水も、轟音を立てる護衛艦も。すべてが「蒼」に飲み込まれ、再構築される。


気がつけば、そこには「空」しかなかった。

頭上にはどこまでも高く、どこまでも透き通るような青空と、宝石を散りばめたような白い雲。足元にはくるぶしを浸すほどの薄い水膜が広がり、鏡のように大空を映し出している。


それは、喧騒を嫌う凪沙が心の底で願う「静寂」の心象風景を、現実世界に上書きした究極の領域エリア。エアにとっても、演算ノイズが一切ない最もリラックスできる空間だ。


取り残された巨大な魔物たちは、自分たちがどこに立っているのかさえ理解できず、咆哮を上げようとした。

だが、その声は出ない。


『演算完了。この「蒼穹」において、貴方様以外の全存在から魔力行使権(ルート権限)を剥奪しました。ここでは、核爆弾の起爆スイッチすら無効化されます。……さあ、彼らに「無力」という絶望を教えて差し上げなさい』


魔物たちが必死に魔力を練ろうとするが、彼らの体内にある魔力は、この世界の空気そのものに溶けるように消えていく。スキルも、障壁も、再生能力さえも。

ここでは、凪沙が許した現象以外、何一つとして発生しないのだ。


「……さて。魔法も使えない、硬いだけのデカいトカゲさん。ここからは、ただの『お掃除』だ」


海中のダンジョンなだけあって、魔物達の大半は魚型だった。くるぶし程度の浅さの水面ではただ飛び跳ねることしか出来ず、凪沙の手に収束する紫電に焼かれるのを待つだけだ。


だが、魚人やワニ型、ドラゴン型の魔物達は、魔力を奪われ困惑したものの、本能的に凪沙を標的に定め、強靭な四肢を躍動させて力の限り突進してくる。

魔力を奪われたとはいえ、Aランクの魔物。純粋な筋力だけでも、並の探索者ならぶつかっただけで肉塊と成り果てるだろう。


だが、彼らは致命的な勘違いをしている。


『愚かですね。24時間フルバフ状態の凪沙様に肉弾戦を挑むなど、私から見れば演算するまでもない自殺志願者です』


「エア。出力4割」


『了解しました。位相フェーズ安定、『紫電迅雷』リミッター解除。出力4割で固定。……チャージ完了。正面、1.2秒後に接触。いつでもいけます』


「サンキュー。それじゃ、終わりだ」


「10秒で終わらせてやるよ」


右目に映る水色のラインをなぞる様に、凪沙は左手を水面に、右手を前に突き出した。

――【紫電迅雷】出力4割、電雷豪破。


瞬間、凪沙の右手から放たれた紫の雷光が、蒼穹の全てを塗り潰した。


轟音すらも置き去りにする雷光。

視界が戻った時、鏡のような水面には、半ば炭化した魔物だったものが微かな紫電を散らして転がっているだけだった。


「うし、合計8秒。まずまずって言いたいが……ちょっとやりすぎたか? 素材がダメになったって、ギルドの査定係が泣きそうだ」


『いえ、これ以上火力を下げれば生き残る者が出ていたかと。最短で終わらせるには今の出力がベストでした。……あ、凪沙様。右斜め後ろ。ワニ型の尻尾だけ無傷で残っています。そちらは高く売れますよ』


「お、マジ? 拾っとくか」


世界を滅ぼしかねない一撃を放った直後、二人は早くも「今日の稼ぎ」に意識を切り替えていた。


『……しかし凪沙様、この領域展開は私の演算リソースを15%も占有するのですよ。終わった後の糖分補給として、駅前のカフェの限定パンケーキ、予約しておきましたからね』


「お、気が利くじゃん」


『ただ……背中側に一滴、返り血がついてますね。次はお気に入りのパーカーを汚さないように戦ってください』


「マジか。カッコつけたのに台無しじゃねえか」


静寂の蒼い世界で、世界最強の男の呑気なぼやきが響き渡った。

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