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第3話:最強の無駄遣いと、忍び寄る非日常

3/13:改稿しました

「……おい、そこ。止まってくれないか」


改札を抜けようとしていた男の肩に、凪沙が軽く手を置く。


『凪沙様、左手で。右手はスイーツを持っていて塞がっていますから』


脳内のエアの指示通り、空いた左手で男を制する。男は跳ねるように振り返った。その瞳には、隠しきれない動揺が混じっている。


「なんだよ、あんた! 急いでるんだ、離せ!」


「偽造IDで改札を通ろうとするからだろ。懐にあるの、Cランクダンジョンから盗んだ『魔力攪乱石』か? ここで起動されたら地下鉄が止まる。俺のタルトが崩れたら、お前じゃ責任取れないぞ」


「……っ、なんでそれを!」


男が懐から魔石を取り出し、自暴自棄に魔力を込めようとした。だが、その指が動くよりも早く、凪沙の左手が男の手首を、吸い付くような軌道で掴み上げた。


《演算終了。0.3秒後に男が左へ逃亡する確率99%。……逃がしませんよ》


エアの冷徹なナビゲートによる、未来予知に等しい捕縛。


「ぐ、あああぁっ!?」


「暴れんな。手首、折れるよ。……エア、警察に通報」


『既に完了しています。あと35秒で駅員と警備探索者が到着します』


凪沙は無機質な声で告げると、そのまま男を床に組み伏せた。駆けつけた警備探索者が、凪沙の眼帯とそこから滲み出る威圧感に息を呑む。


「あ、あんた……まさか、世羅……」


「ただの通りすがりだ。……エア、後は頼む」


『はい。警察への証拠ログと匿名通報の処理、すべて完了しました。凪沙様、早く離脱を。ファンの子に見つかると、タルトが食べる前に溶けてしまいますよ』


「Sランクがいたぞ!」という喧騒を背に、凪沙はエアが示す「最も騒音の少ない路地」を辿って、足早に現場を離脱した。


◇◇◇


アパートに帰り、鍵をかける。

漆黒の眼帯を外し、デスクの上に置いた。剥き出しになった左目のエネルギー結晶が、エアの思考に呼応するように青白く明滅する。


「……ふぅ。やっぱり家が一番だ」


『お疲れ様でした、凪沙様。ご褒美の『魔物苺の贅沢タルト』を冷蔵庫からお出ししますね。ついでに、スマホの充電も忘れないでください』


「ああ、分かってるよ」


椅子に深く腰掛け、凪沙は左手をスマートフォンの充電口にかざした。


――ユニークスキル【紫電迅雷】。

本来は軍隊を壊滅させる雷撃も、エアの0.00001%単位の電圧制御により、完璧な急速充電器と化す。


「電気代、今月も基本料金だけで済みそうだな」


『私のミリ秒単位の高度な魔力制御を、たかだか数百円の節約という言葉で片付けないでいただけますか? ……あ、そのVチューバー。実体化してから肌のキメが荒くなっていますね。種族変更のメンテナンス不足です』


テレビの中では、銀髪のエルフの美女が配信をしている。


「……実写(生身)、ね。中身は40歳のおっさんだって噂もあるけど」


『オーブを使えば声帯も骨格も完全に再構築されますからね。中身が何であろうと、物理的には「10代のエルフ女子」そのものです。……1個100万円以上するオーブのために、若者が「種族変更ローン」を組む不合理な世界ですね』


「俺は今のままで十分だけどな」


『当然です。凪沙様のスキル『至善経路』は、この「人間の肉体」にミリ単位で最適化されています。種族を変えるなど、完成された最強のOSを、型落ちの他社製ハードウェアに無理やり移植するようなもの。私と凪沙様の同期率を下げるような真似は、私が万死を以て阻止いたします』


「はいはい、わかったから」


凪沙はタルトを咀嚼しながら、ぼんやりと画面を見つめる。


「……あ、そうだ。明日の服、生乾きだったな」


凪沙は洗濯機から取り出したばかりのパーカーを手に取ると、おもむろにドライヤーを掴んだ。だが、彼はコンセントに向かうことはない。

ドライヤーのコンセントプラグの金属部分を、素手でギュッと握りしめる。


――【紫電迅雷】、微弱出力。


『了解しました。電圧、100V固定。周波数、50Hz固定。……凪沙様、少し握り方が甘いです。接触不良で火花スパークが出ますよ。もっとしっかり握ってください』


「分かってるって……。ほら」


パチッ、と凪沙の指先から小さな紫の火花が飛ぶ。

次の瞬間、コンセントに刺さっていないはずのドライヤーが「ブォォォォン!」と猛烈な勢いで熱風を吹き出し始めた。


「これ、腕が疲れるんだよな。壁のコンセントに刺せばいいんだろうけど」


『何を仰いますか。私の魔力を直接流し込んだ方が、電力会社の電気よりノイズが少なくて家電の寿命が延びるんですよ? さあ、裏側も乾かしてください』


最強の魔力を、ドライヤーの駆動電力としてのみ消費する贅沢。

紫色の雷光を纏った手でドライヤーを振り回す凪沙の姿は、さながら神話の雷神が家事に勤しんでいるような、奇妙な光景だった。


◇◇◇


家事も一段落し、凪沙はベッドに横たわった。

ふと、視界の端に違和感が走る。左目の演算核が、壁を透過し、遠く離れた東京湾の海底の異常を捉えていた。


《警告:東京湾海底・未発見ダンジョンの魔力臨界。明日14時、スタンピードの発生が「確定」しました。……凪沙様、明日は残業確定です》


「……佐藤さんのネクタイ、明日も曲がるだろうな」


凪沙は小さく息を吐いた。『至善経路』を全開にすれば、東京全域を「世界顕現」で覆い、災厄を無に帰すことさえできる。だが、彼は面倒ごとを嫌う。


「……さて。明日の仕事のために、早めに寝るか。……エア、今日の交通費、経費でいけるかな?」


『「現場直行」として計上済みです。源泉徴収の調整も終わっていますよ。さあ、早く寝てください。明日も私が、あなたを「最短ルート」で勝利へ導きますから』


世界最強の男は、相棒エアの小言を子守唄に、静かな眠りについた。

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