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第12話:徹夜のSランク工房と、双星の盾

3/18日:改稿しました

「……よし、外装の圧着完了。次は内部回路の魔力パスだ。エア、ガイド出せ」


『了解。左45度から、0.3秒間だけ電圧を絞って放電してください。コンマ数秒のズレも許されません。裕二様の腕が黒焦げになるか、国宝級の盾になるかの瀬戸際です』


 凪沙の自宅であるアパートの一室は、今や工房というよりは「高エネルギー物理実験室」と化していた。

 眼帯を外し、露出した演算核が脈動するたび、部屋の隅に置かれた観葉植物が静電気で逆立つ。


「……あちっ。オリハルコンの融点、高すぎだろ」


『文句を言わないでください。あなたの「紫電」による原子レベルの溶接でなければ、そもそもこの合金を加工することすら不可能です。はい、今! 表面張力を利用して、黒炎の流動路パスを刻んで!』


 凪沙の指先から、針よりも細い極小の紫電が伸びる。それは1秒間に数万回のスナップを効かせ、オリハルコンの盾の裏面に目に見えないほど精密な魔導回路を彫り込んでいった。

 そこへ、アイスの袋を下げたスズネがひょっこりと顔を出した。


「なぎさー、遊びに来たよー! って、わっ、何これ!? 部屋が工事現場みたいになってる!」


「……動くなスズネ。今、大事なところだ」


「えー、何作ってるの? 私へのプレゼント? もしかして、婚約指輪……っ!?」


『違います。スズネ様、残念ながらこれは「盾」です。……それも、あと数日で誕生日を迎える「あの男」のための』


 エアの言葉に、スズネの動きがピタリと止まった。

 琥珀色の瞳がパチパチと瞬き、数秒の沈黙の後――絶叫。


「……あ。……あ、あああああああ!! 忘れてたぁぁぁ!! 裕二の誕生日!!」


「うるせえ! 集中力切れるだろ!」


「だって! 裕二の誕生日ってことは、優奈ちゃんが盛大にお祝いするわけでしょ!? 私、優奈ちゃんに『当日は二人で楽しんでね!』ってメッセージとプレゼントだけ送るつもりだったのに!何にも用意してない!」


『スズネ様。それどころか、裕二様は昨日「スズネなら、俺の誕生日を祝うために何か仕掛けてくるはずだ」と期待を込めた独り言を漏らしていましたよ』


「重いよ! 期待が重いよ裕二くん! ……なぎさ! 私も混ぜて! 私の『氷狐』の魔力もこの盾に混ぜれば、耐熱性が上がっていい感じになるよね!?」


「やめろ! 属性が混ざると爆発する! お前はあっちで大人しくアイス食ってろ!」


「ひどいっ! 私だって、親友の誕生日を祝う気持ちは……っ、あ、でも、プレゼント用意するお金が……今月パフェ食べすぎて……」


 スズネが涙目でへたり込む中、エアが冷静な提案を挟む。


『凪沙様、否定ばかりでは非効率です。スズネ様の余った魔力を「熱緩衝材」として利用する計算式を構築しました。彼女の氷結による「瞬間硬化」を盾の縁に薄くコーティングすれば、裕二様が黒炎を放った際の熱ダメージを軽減する副次効果が見込めます』


「……チッ、分かった。スズネ、そこに座れ。俺の放電に合わせて、盾の外周に極薄の氷壁を張れ。一ミクロンの誤差も出すなよ」


「まかせて! 本気出すよ!」


 こうして、世間が寝静まった深夜のアパートで、世にも恐ろしい「内職」が始まった。


 凪沙が紫電を振るって金属を溶かし、スズネがその熱を制御するために凍てつく指先を添え、エアがその両者の出力を極限まで同期させる。


『右側の冷却が0.2秒遅れています、スズネ様。凪沙様、中央部の電圧を3%上昇させて。オリハルコンの記憶が定着しません……。はい、そこ! 固定!』


「あぁぁ、もう! 狐の毛が静電気で逆立って、目に刺さる!」


「動くなスズネ! 眉間にシワ寄せるな、魔力が乱れる!」


 作業は数時間に及び、アパートの床には削り出されたオリハルコンの粉塵と、スズネが緊張のあまり引き抜いてしまった(あるいは静電気で抜けた)白銀の毛が散乱していく。


「……なぁ、エア。この抜けたスズネの毛、勿体なくないか? これ自体が相当な魔導媒体だろ」


『仰る通りです。スズネ様の毛は高純度の氷属性を帯びています。……提案です。これを編み込み、盾の内側のグリップ部分に巻き付けてはいかがでしょう。裕二様の「汗による滑り」と「魔力の反動」を同時に解決するはずです』


「いいじゃん! 私、編み物得意だよ! 小学校の家庭科、成績『5』だったもん! もし裕二に『狐臭い』って言われたら、私が氷漬けにするから大丈夫!」


『……それ、何の解決にもなっていない気がしますが』


 スズネは床に散らばった自身の抜け毛を必死にかき集め、戦闘時の1.2倍という驚異的な集中力で一本の紐へと編み上げ始めた。その光景は、もはや世界最強クラスの探索者たちのそれではなく、文化祭前夜の居残り作業に励む学生のようであった。


 ◇◇◇


 外は白々と夜が明け始めている。

 紫電の火花と氷の結晶が舞う中、ついにその「盾」が形を成した。


 黒炎・氷殻円盾『双星の絆』


 黒檀のように深い色合いに、紫の稲妻が脈動する盾。その外周には薄く決して溶けることのない永久氷穴の紋様が刻まれ、内側には白銀の柔らかな毛で編まれたグリップが設えられている。


「……できた。……これ、もう武器屋に売ってるレベルじゃねえぞ」


「……ふふ。裕二、腰抜かすんじゃないかな」


 二人は泥のように疲れ果て、新築の床(既に再び一部が焦げている)に大の字になって倒れ込んだ。

 マイナス40度とプラス200度の場所が混在し、物理法則が少々怪しくなっている部屋の中で、ただの「親友への贈り物」のためだけに一晩の体力を全て使い果たした二人。


 そんな彼らを、エアだけが冷静に、しかしどこか満足げに見守っていた。


「……エア、スズネがここに来て魔力を提供するの、最初から予想通りだったな」


『ええ。慧眼恐れ入ります。私が「裕二様の期待」をスズネ様に吹き込んだ時点で、こうなる確率は99%でした』


「何か言ったー?」


「『何も』」


 静かな朝の光が差し込む中、エアはこっそりとシステムログに一文を書き加えた。


(……あ、凪沙様、寝る前に所得税の振込予約を忘れないでくださいね)

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