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第10話:氷狐の鎮静と、時給数十億のアルバイト

3/16:改稿しました

裕二が手配した建築魔術師による「超高速リフォーム」が終わり、新築のような匂いが漂うリビング。

嵐を連れてきた裕二は、クランの緊急招集という名の「逃亡」を果たし、残されたのは凪沙と、未だに発情期特有の熱を帯びたスズネの二人だけだった。


「……なぎさ。まだ、おこってる……?」


スズネが上目遣いで、凪沙のパーカーの裾を遠慮がちに引く。プラチナブロンドの隙間から覗くキツネ耳は力なく伏せられ、大きな尻尾も床を所在なげに掃いている。


「怒ってない。……ただ、これ以上暴れられると、俺の精神が持たないだけだ」


『凪沙様。スズネ様の魔力バイタルは現在も高止まりしています。発情期の獣人は、溜まった魔力を発散させるか、深いリラックス状態に移行しない限り、再び無意識の「破壊衝動」に駆られる危険があります』


脳内のエアが、事務的ながらもどこか楽しげに告げた。


「リラックス、ね。……どうすればいいんだ、エア」


『「至善経路ベストルート」の演算に基づき、最も効率的な鎮静法を提案します。――ブラッシングです。スズネ様の尻尾の付け根には、神経が集中する重要ポイントが存在します』


凪沙は溜息をつき、クローゼットの奥から「対魔獣用・超極細繊維ブラシ」を取り出した。スズネの瞳が、その瞬間に期待でキラキラと輝き出す。


「おいで。……動くなよ」


「……っ! うん!!」


スズネをソファの前に座らせ、凪沙はその背後に陣取った。手に取った白銀の尻尾は、驚くほど柔らかく、そして熱い。


『では、施術を開始します。凪沙様、AR(拡張現実)で表示されるラインをなぞってください。角度は左15度。筆圧は30グラム固定です』


凪沙の視界に、スズネの尻尾を覆うように繊細な水色のガイドラインが出現した。彼はそれに基づき、ゆっくりと、しかし確実にブラシを滑らせる。


「……ぁ……っ、な、ぎさ……」


ひと撫で。スズネの背中が小さく跳ねる。

プラチナブロンドの毛並みが整えられるたび、空中に微細な魔力の火花が散り、部屋を包んでいた刺々しい冷気が、霧が晴れるように消えていく。


「ここか?」


『そこです。少しだけ円を描くように。……スズネ様の脳内幸福度、測定不能オーバーフローを確認』


「ひゃぅっ!? あ、あふぅ……なぎさ、そこ、すごい……。頭のなかが、ぽかぽかして、ふわふわするぅ……」


スズネは完全に脱力し、凪沙の膝に頭を預けるようにして身を委ねた。

亜音速で戦場を駆ける「氷の韋駄天」の面影はどこにもない。ただ、大好きな幼馴染に毛繕いをされ、とろけきった一匹の氷狐がそこにいた。


「……なんか、Sランクのネームドと100連戦するより集中力使うんだけど」

『お疲れ様です、凪沙様。彼女の魔力波形は完全に安定しました。今夜の「爆発」の可能性は0.01%以下です』


静寂が戻った部屋に、スズネの幸せそうな寝息だけが響き始める。

凪沙はそのまま、眠りに落ちたスズネの髪を、ブラシを置いてそっと撫でた。


◇◇◇


ブラッシングで骨抜きになったスズネをベッドへ運んだ直後。

凪沙のスマートフォンに、ギルドの佐藤専任官から一通の「至急」マーク付きメールが届いた。


「……関東第一電力? 発電依頼?」


『詳細をスキャンしました。度重なるスタンピードによる送電網の損壊と賠償費用で、同社は今期1,000億円規模の赤字を計上しています。そこで、凪沙様の「紫電」を直接、超大型蓄電池グリッドへ放電してもらうことで、向こう一ヶ月分の燃料費を浮かせたい……とのことです』


「燃料費の三分の一が報酬か。……エア、いくらになる?」


『現在の天然ガス価格から算定すると、凪沙様への支払額は数十億円規模と推測されます。拘束時間は1時間。……効率的ですね。やりましょう』


「お前、金に関しては本当に容赦ないな」


◇◇◇


翌日


凪沙のベッドで目覚めたスズネは、自身の服装に一切の乱れがないことにあからさまに落ち込んでいた。しかし、凪沙の部屋を破壊した賠償費用を稼がなければならない彼女は、泣く泣くAランクの依頼へと赴いていった。


スズネを見送った後、凪沙が訪れたのは湾岸部にある関東第一電力の巨大な変電施設だった。

現場で凪沙を待っていたのは、胃に穴が開きそうなほど疲れ切った重役たちだ。彼らにとって、目の前の気怠げな青年は「救世主」以外の何者でもない。


「よ、よくぞお越しくださいました、世羅様……! 我が社の、いや、関東の灯火ともしびは貴方の双肩にかかっております!」


案内されたのは、特別に改修された巨大な受電タービン室。並の発電機では凪沙の「紫電」の電圧に耐えきれず爆発してしまうため、魔法障壁を応用した超伝導蓄電器が用意されていた。


「これに流せばいいんだな」

「は、はい! 無理のない範囲で……」


「エア。同期しろ。周囲の回路を焼き切らないように、出力は0.05%で固定だ」


『了解しました。位相フェーズ固定。エネルギー伝導効率100%を維持します。……凪沙様、どうぞ』


凪沙が右手をタービンの中心部へとかざす。

次の瞬間、空間がバチリと震え、深みのある紫の雷光が吸い込まれるように蓄電器へと流れ込んだ。


キィィィィィィィィン!


受電設備が歓喜の悲鳴を上げる。中央制御室のモニターでは、これまで見たこともないような「純度の高い」エネルギー波形が、関東全域の電力網を塗り替えていくのが確認された。


「な、なんという出力……! 大気中の魔力を含んだ高純度電力バイオ・エレクトリック。送電ロスがほぼゼロだなんて……! これで今期の赤字の15%が、たった1時間で解消されるぞ!」

「政府が彼に『歩く国家予算』だの『動く発電所』だの称号を付けたがるのも頷ける……」


火力発電ユニット12基分をたった一人で安定供給する異常な光景に、重役たちは涙を流して崩れ落ちた。これで数万人の社員のボーナスが守られたのだ。


「……疲れるな、これ。戦う方がよっぽど楽だ」


『ですが凪沙様。現在、1秒ごとに約50万円の報酬が積み上がっています。……あ、今1,000万円を超えました』


「……。エア、あともう30分だけ延長だ。出力もあと0.01%上げていいぞ」


目に見えて増えていく預金残高には、世界最強の男も抗えなかった。

凪沙の指先から放たれる紫電は、現金なことに少しだけその輝きを増した。


『……ふふっ。凪沙様の脳内幸福度指数が上昇していますね』


エアは脳内で密かに微笑む。

本日だけで凪沙の口座に振り込まれる数十億円の報酬。これを原資にさらなる資産運用を行い、金額を倍に増やす完璧な計画を彼女が密かに立てていることなど、今の凪沙は知る由もなかった。

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