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※閲覧注意 男が風俗通いを怒鳴ろうとした

作者: さとるん
掲載日:2026/02/23

※注意 本作には性風俗に関する描写が含まれます。また、作中の人物の価値観として、否定的な意見が描かれますが、あくまで物語内の視点です。現実の立場や価値観を断定するものではありません。ご理解のうえお読みください。



 僕の名前はA。神奈川県の小田原に住み、首都圏の○×大学に通っている。偏差値は高くない。自分でもそれはわかっている。

 大学二年の春、僕は「飯尾サークル」に入った。

 いい男になるためのサークルだと聞いた。

 人生を悦びと感動に満ちたものにする。それが目的らしい。

 代表はB先輩。早稲田大学の学生で、言葉が整っていて、姿勢がまっすぐだった。

 入会の日、B先輩は静かに言った。

「最初に断っておくね。このサークルは、女性にモテたいとか、セックスしたいとか、そういう軽い動機の人はお断りだ。本気で“いい男”になりたい人だけだ」

 僕はうなずいた。

「Bくんたちと一緒に頑張ります」

「Bくんじゃなくて、BさんかB先輩ね」

 柔らかい口調だったが、訂正は正確だった。

 その日から活動が始まった。

 午前中はサッカー。午後は読書会。夜は振り返り。

 ある日、サッカーのあとに「貢献の時間」があった。

「今日は疲れているメンバーさんにマッサージをしよう。相手を喜ばせること。笑顔にさせること。それがいい男の基本だ」

 僕は同期の肩を揉んだ。

 だが、気持ちがうまく入らなかった。

「A、心が入ってないぞ」

 いつの間にか後ろにB先輩が立っていた。

「形じゃない。心を込めて」

 他のメンバーは黙々と揉んでいた。誰も無駄口を叩かない。

 部屋には不思議な静けさがあった。

 帰り際、呼び止められた。

「最近、気合いが弱いね」

「僕、Fラン大だし、知恵もないし……」

「ネガティブはやめよう。いい女は学歴だけで男を判断しない。生きていけるだけの力があれば十分だ。君が本気でサークルをやるなら、僕は本気で向き合うよ」

 本気で向き合う。

 その言葉は、僕の胸の奥に残った。

 父は、僕が風俗に通っていることを知っている。

「まあ、男なら仕方ないだろう」

 そう言った。肯定でも否定でもない声だった。

 風俗では、僕は拒まれない。

 お金を払えば、笑顔がある。触れても拒絶されない。

 そこでは、僕は存在していた。

 サークルでも、存在したいと思った。



 サークル大会の日、僕は試験前の大事な授業があったため、B先輩から「単位優先だからね」と言われ、大会は途中参加で、大学の一限を受けてから東京駅へ向かった。

 本当は在来線で帰る予定だった。だが、券売機の前で迷い、新幹線のボタンを押した。

 高い。

 でも早い。

 早く行くことは、いいことだと思った。

 先輩のため、メンバーのため。自分のためでもある気がした。

 小田原に着き、会場に入る。

「こんにちは」

「A、来たか」

 B先輩は一瞬だけ目を細めた。

「授業は?」

「受けました。新幹線で来ました」

 数秒の沈黙。

 B先輩はゆっくり息を吐いた。

「……そうか」

 そのあと、小さく笑った。

「えらいな。そこまでして来たんだ」

 声は大きくなかったが、確かに喜んでいた。

 その瞬間、胸が熱くなった。

 風俗で感じる安心とは違う。

 努力が認められた感覚だった。

 大会のあと、すき焼きを囲みながら今後の方針が話し合われた。

 部屋は熱気があり、誰もが真剣だった。

  すき焼きの鍋は静かに煮えていた。

 湯気だけが動いている。

 僕は箸を置いた。

「このサークルに、風俗に行く人はいますか?」

 B先輩はすぐには答えなかった。

「いないと思うよ。……Aは行っているの?」

「はい。趣味です」

 何人かが視線を落とした。

 B先輩は、ゆっくり息を吸った。

「君、入会のときに説明書を読まなかったの?風俗は禁止だと書いてあったはずだ。これからも行きたいの?」

「行きたいです」

 その瞬間、B先輩の眉がわずかに動いた。

「……いま、怒鳴ろうかと思ったよ」

 声は大きくなかった。

「でも、怒鳴っても意味がないな。少し、考えてほしい」

 部屋の空気が重くなる。

「まず確認する。風俗は合法だ。痴漢や強姦とは違う。犯罪ではない。それははっきりしている」

 全員がうなずいた。

「でも、このサークルでは禁止だ。理由は単純だ。僕たちは、人に誇れる生き方を目指しているからだ」

 B先輩は僕をまっすぐ見た。

「君は、僕がどんな思いでこのサークルを運営しているか考えたことはある?」

 僕は黙った。

「姉妹団体の“飯女サークル”の女性たちのことを想像してみてほしい。もし君が、『風俗が趣味です。これからも行きます』と彼女たちの前で言ったら、どう思われるだろう。多数の人は、いい顔をしないと思う」

 断定ではなかった。

 だが、強かった。

「普通の女性の前で、それを堂々と言えるか?」

 答えられなかった。

 B先輩は続けた。

「風俗嬢は職業だ。仕事として割り切っている人もいるだろう。でも、中には、好きでもない相手に触れられて辛いと感じている人もいるかもしれない。そう考えたことはある?」

 僕は首を横に振れなかった。

「それに」

 少し間を置く。

「風俗に使うお金があるなら、ユニセフに寄付することもできる。困っている誰かの役に立てる」

 理屈は正しい気がした。

「君が新幹線で来てくれたとき、嬉しかった。本当に嬉しかった。君は大切なメンバーだ」

 胸が熱くなる。

「でも、風俗に通い続けるAを、そのまま応援できるかと言われたら、それは違う」

 承認と拒絶が、同時に置かれる。

「じゃあセックスはどこでするんですか?」

 自分でも幼い質問だと思った。

「風俗じゃなくてもできる。人のために生きる男を、良い女性は放っておかない。愛する関係の中でするセックスのほうが、ずっと満ちている」

 静かな確信だった。

「君と僕を比べたら、どちらを結婚相手に選ぶ人が多いかは、想像できるだろう?」

 自信というより、信念だった。

「今のままだと、結婚は難しいと思う」

 誰も笑わない。

「やめよう。少なくともサークルにいる間は。HIVや性病の検査も受けよう。そして活動に集中しよう」

「卒業して、もしモテなかったら?」

「……行ってほしくない」

 それが最後だった。

 誰も拍手をしない。

 誰も反論しない。

 ただ、鍋の音だけがしていた。


 その夜、帰り道は静かだった。

 誰も僕を責めなかった。

 誰も慰めなかった。

 それが、このサークルのやり方だった。

 否定は個別に。

 承認も個別に。

 次の活動の日、B先輩は何もなかったかのように振る舞った。

「A、最近姿勢が良くなったな」

 突然、そう言った。

 胸が少し軽くなる。

「人は変われる。僕はそう信じている」

 視線はまっすぐだった。

 僕は風俗に行っていない。

 カレンダーに印をつけていた。

 一週間。

 二週間。

 不思議と、誇らしい気持ちがあった。

 だが同時に、夜になると落ち着かなかった。

 風俗で感じていたのは、性的な興奮だけではなかったのだと気づく。

 そこでは、僕は拒絶されない。

 名前を呼ばれる。

 「また来てね」と言われる。

 あれは、承認だった。

 サークルでも承認はある。

 だが条件付きだ。

 努力。

 姿勢。

 思想。

 満たせば、認められる。

 満たさなければ、静かに距離を置かれる。

 ある日、マッサージの時間に、ふと気づいた。

 みんな、B先輩の言葉をよく覚えている。

 口癖まで似てきている。

「いい男は逃げない」

「いい男は貢献する」

 繰り返される。

 それは美しい言葉だった。

 でも、ときどき息が詰まる。


 春が来て、B先輩は卒業した。

 最後の集まりで言った。

「A、いい男になるんだぞ」

 肩を叩かれる。

「ただ、風俗だけは行くな。取り返しがつかないこともある。人としての価値に関わることだからな」

 少しだけ、言葉が強かった。

 そのあと、笑った。

 笑顔は優しかった。

 B先輩がいなくなっても、サークルは続いた。

 だが、空気は少し変わった。

 誰かが迷うとき、

 「Bさんならどう言うか」が基準になった。

 僕はふと考える。

 僕は、いい男になろうとしているのか。

 それとも、B先輩に認められ続けようとしているのか。


 卒業から半年後。

 僕は小田原駅前に立っていた。

 理由ははっきりしていなかった。

 ただ、確かめたかった。

 店に入り、待合室に座る。

 以前と同じ匂い。

 同じ照明。

 呼ばれて部屋に入る。

 女性は微笑んだ。

「はじめまして」

 僕は彼女の目を見た。

 以前は見なかった。

 見る必要がなかった。

 触れたとき、ふと考える。

 彼女は今、何を思っているのだろう。

 仕事として割り切っているのか。

 早く時間が過ぎればいいと思っているのか。

 想像してしまう。

 前は、考えなかった。

 終わったあと、彼女は言った。

「また来てくださいね」

 以前なら、それで救われた。

 今は、少し違う。

 嬉しさの奥に、空洞があった。

 僕は外に出た。

 夜風が冷たい。

 B先輩の言葉が浮かぶ。

 完全には否定できない。

 完全には肯定もできない。

 僕はまだ、途中にいる。

 いい男かどうかはわからない。

 ただ、以前より少しだけ、

 自分の選択を考えるようになった。

 それだけは確かだった。

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