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 卒業式の翌日から始まる新たな生活

 「うぅぅん。朝かぁ。今日もいい天気だね」


 自室のベッドの上。ガラス窓越しに差し込む眩い光に自然に目が細む。

 窓際の一輪挿しの黄色い花も眩しい。


 (男の私に言われても嬉しくはないかな)

 「侍女のリリースはまだのようですね」


 リリースは毎朝着替えを手伝いに来るが、全て拒否して廊下で待機してもらっている。

 宮城住まいの異母兄二人は各侍女三人かがりと聞いた事が有る。

 異母の妹も侍女にやらせているらしい。

 元日本の高校生の私には無理な話しだ。

 いつもように着替え。いつもようにシーツを正し。いつもように階下一階の食堂へ向かう。


 (今日は料理の香りがしませんねぇ。そう言った料理なのでしょうか?どんな料理か楽しみです)


 階段を下りて行くと足音で気が付いたのかメイド服を纏った侍従長のライニーが正面の食堂から出てきた。

 私が階段を降り切るのを待って。


 「イルリット王子殿下。おはようございます」


 「ライニー侍従長。おはようございます」


 「はぁぁ。またその黒髪は何もせずですか?」


 「こ この方が似合って、いないでしょうか?」


 「毎日言っておりますが、第三王子で王位継承権第一位なのですから身なりをしっかりして頂かないといけませんよ。

 その黒目黒髪でただでさえ目立っていると言うのに」


 (この世界に居ないのよね。母さんも違っていたし)

 「ごめんなさい」


 「それでイルリット王子殿下はどうして食堂へ向かおうとしていらっしゃるのでしょうか?

 そちらのブレザーは学生服ですよ。

 きのう高等部はご卒業なさいましたよ。何かお忘れ物でも?」


 「そ そうでしたね。いつものように起きて、着替えてしまいました」

 (完璧に忘れてた)


 「しかも本日はゆっくり寝たいから十時に起こして欲しいと、侍女のリリースから聞いておりますが?」


 「それもそうでした」

 (それも忘れてた。ちょっと頑張って大使の後処理をし過ぎたのかな?)


 「リリースはどちらに?」


 「今朝はまだ会っていませんよ」


 「はぁぁ。きのうの御姿を見て号泣しておりましたからね。泣き疲れてイルリット王子殿下に時間を合わせて寝ているのでしょうね。

 それでご朝食をこちらで?」


 「色々忘れるくらい日課になっているので、ここで頂く事は可能でしょうか?」


 「きのう卒業生全員からあれだけ殴る蹴るの暴行を受ければ記憶もおかしくなりますよ。

 学生服もボロボロでしたのに、お直しになったのですか?

 お体は大丈夫ですか」


 「そうでしたね。なんとなく思い出して来ました。

 体は大丈夫です。ただ、仰る通り記憶は曖昧です。ですが卒業証書を頂けたのはぼんやりですが覚えていますよ。それだけで十分です」


 「やはり頭を打ったのかしら。制止に入ろうとした者達をお止めになるから増長して更に凄い事になったのですよ」


 「そうだったんですね」


 「そこも覚えが無いのですか。やはり医務室へ行きましょうか?」


 「いえ、大丈夫です。それでお食事は頂けるのでしょうか」


 「はっきり申し上げましてまだ準備が出来ておりません。本日はお昼近くにご朝食と伺っておりましたのでメイド達もまだ揃っておりません。

 メイド達の朝食予定は七時ですよ」


 「申し訳ありませんでした。まだ、六時ですね」


 「はい」


 「七時になったらまたここに来ます。一緒に食べていいですか」


 「構いませんが、それまではどちらに?」


 「いつものように裏庭のガゼボに行きます」


 「きのうあのような事が有ったのです。今日こそは近衛兵のリミットベイ隊長をお連れ下さいよ」


 「まだ寝てるのではないでしょうか」


 「昨夜から本日の昼正午までの周辺警戒勤務ですから問題はございませんよ。イルリット殿下のご指示でしたが?」


 「そ そうでしたか」

 (全く記憶が無い。相当だったのか?まぁ、反撃はしなかったようで良かった。確認はしておこう)


 「イルリット殿下?」


 「きのう私は反撃をしたと報告はありましたか?」


 「全くなさっていません。何一つ。公安が認めています。

 後ろから教師に羽交い絞めにされ全てを受け入れていらっしゃっていました。

 大使館員も含め、周りから助けに入ろうとしましたが怒鳴るように『来てはダメだ。手を出してはダメだ。この方達のやりたいように』と、なぜっ・・・


 (泣かせてしまいましたね)

 「ライニー侍従長。抱きしめても?」


 「はいっ」


 「ご心配をおかけして申し訳ございませんでした。そしてありがとうございます」


 「うぅぅ殿下ぁ


 「はい。でも、全てが終わりました。そして、新たな日常が始まります。これからですよ」


 「はい。はい。はい。殿下」


 「それで、やはり・・一人で行ってきます」


 「お見苦しい所お見せいたしました。申し訳ございません。

 しかも、抱きしめられるなど


 「私はライニー侍従長が大好きですよ」


 「ありがとうございます。

 解りました。お気を付けて」


 「ありがとうございます」


 「行ってらっしゃいませ」

 (涙を流すなど。抱きしめられるなど侍従長として大失態で失格ですね。マーリレス様。

 さて。食堂内はどうなっている事やら)


 食堂内には早朝から見回りの近衛五人以外は集まっていた。

 隊長を含む近衛が五人。使用人のわたくしを含めた女性十名全員。庭師のマードは老いた心臓には悪いと、庭木の手入れをしている。

 わたくしがイルリット王子殿下と離れ、食堂に入るとリリースが泣きじゃくって抱き着いて来た。


 「何故。何故復讐に行きましょうと仰って下さらなかったのですかぁ。何故ですかぁぁあぁぁ殿下ぁぁぁあぁぁ


 他の者も勢いよく立ち上がった。


 「イルリット殿下が不憫でなりません。先程決起したではありませんか」

 「殿下ぁぁ殿下ぁぁあぁぁあぁぁ卒業式でぇぇあのような理不尽をぉぉ」

 「先程お見せした通り、暴行を働いた者らの名簿は有ります。証拠も揃っています。不敬罪で処刑対象です」

 「武器も揃っているではありませんか。何故、行きましょうと仰らなかったのですか。あぁぁ殿下ぁぁお優し過ぎますぅぅ」

 「我々近衛隊もイルリット殿下の為ならこの命惜しくは有りませんよ。国軍相手でも戦い抜きイルリット殿下の恨みを晴らしますよ」


 (これは収めるのも事だな)

 「確かにお優し過ぎて舐められてしまっているのも確かだ。

 しかし、先程ははぐらかしておられたとわたくしは思っている」


 胸の中にいるリリースが一歩後退した。


 「そ その根拠をお示しください」


 「目だ。お前達。近衛諸君も知っているだろう。やる気に満ち溢れている目だった。

 寝ぼけたお顔をされてはいた。

 だが、両目の奥はしっかりと。そして確実に先を見据えていた。

 リリース。

 お前が一番良く知っているはずだ。

 あの黒目の奥底に秘めた力を。

 わたくしは夜空のように黒く透き通った瞳のその奥に、キラキラと眩しく輝く星の様な光が見えた。まるで夜空の太陽のように。

 リリース。

 イルリット殿下の目を見れば何をして欲しいのか。何をしたらいいのかが不思議と解かるであろう」


 「はい」


 「だからこそリリース。お前が侍女として適任なのだ。

 お前は言っていたではないか。背中を見ているだけでお茶が欲しい。軽い食事が欲しい。書棚の本の種類さえ判り、それが間違っていないと」


 「はい」


 「リリース。お前は昨夜言っていたではないか。『ボロボロの服で疲れた表情でしたが、穏やかな目をなさっていました』と」


 「はい」


 「よいか皆。わたくしはこう思っている。その名簿の狼藉者も含め、王家も含めとんでもない復讐をお考えなさっていると。

 それは一人一人ではない。一瞬にして全員がイルリット殿下の前に傅き。許しを請わねばならぬようになると」


 「ライニー侍従長。それってまさか」


 「あくまでわたくしの想像だぞ。だが確証は有る。

 皆もイルリット殿下から聞いているだろう。

 誕生日以降はウォーガット領に行く事になるかもしれないと。

 詳細は省くがあの領主になれば穴だらけの法律によって国王を凌ぐ権力保持者となるのだ。恐らく全国民。いや、世界の国々誰一人気付いてはいない。

 だがわたくしはマーリレス様から事細かくお聞きした。そして納得した。

 恐らく幼かったイルリット殿下は理解できていないかもしれない。しかし、独学でお勉強をなさりご理解、ご納得なさっているはずだ。

 ミッチーネ先生も色々聞かれ、お勉強をなさったのではないですか?」


 「ウォーガット領主に関する資料集めをお手伝いいたしました。膨大な量です。

 そして、わたくしもマーリレス様から聞いてはおりましたが、侍従長程では無いようです」


 「その膨大な資料から何かを学んでいらっしゃるはずだ。

 何故か判るか?

 簡単だ。ウォーガット領の状況を把握なさって、ご自身の置かれている立場をご理解なさっているからだ。

 だから誕生日以降は


 「「「「「あぁぁぁ」」」」」


 「理解できたか?

 なにせあのマーリレス様のお子だぞ。

 十三か国を股にかけ、このミウラール王国をたったお一人で世界に知らしめたマーリレス様のお子だぞ。

 マーリレス様がお亡くなりになった以降、めきめきと頭角を現し十二歳でマーリレス様の後を継ぎ、世界を相手にたったお一人で戦ってきたお方だぞ。

 ここの貴族誰一人できぬ所業だぞ。

 ちんけな奴らに構っていらっしゃるお方では無い。

 わたくしは断言する。イルリット殿下はミウラール王国を必ず手中に収め、バカ共に自ら五体投地させると」


 「もし今わたくし達が何かをすれば」


 「恐らく計画の障害にしかならない。

 今はイルリット殿下のなさる事。仰る事に従順に従い、今までやきのうの様な辛い事にも耐え凌ぎお支えする事がわたくし達の仕事だ。

 そしてマーリレス様に助けていただき、可愛がって頂き、安寧を受けていながらも何のお返しも出来ずにここ居るわたくし達が恩返しができる唯一無二のお方なのだ。

 わたくし達にとってたったお一人の主様なのだ。

 きのうのあの事象ですらイルリット殿下の計画の一部だと思っている。良いな」


 「「「「はい」」」」


 「そして皆に告げる。つい先程賜ったイルリット殿下のお言葉だ。

 恐らくこれを聞けばイルリット殿下のお気持ちがお前達にも伝わるだろう。

 『全てが終わりました。そして、新たな日常が始まります。これからですよ』」


 「「「はいぃぃ了解ですぅぅ」」」


 「素晴らしい決意表明ですね」


 「「「「ミッチーネ先生?」」」」


 「イルリット殿下が仰りそうな内容です。

 正にマーリレス様の意思を受け継がれたお可愛いイルリット殿下です。

 普通に聞けば『学校を卒業して新生活が始まります』そう、聞き取って終わりです。

 ですが、一緒に十年間お勉強してきたわたくしが少しひねって考えると。

 『全てが終わりました』。これは、『これからですよ』に集約されています。

 『全て』とはイルリット殿下が思惑を持って何かを試していた。確認や試験期間は終了して結果が出た。

 そして、わたくし達の立場から聞けば、日常生活を送りながらと聞き取れます。

 ですがここに『新たな』をお付けなっています。新生活。

 そう。ここでは新生活は似つかわしくありません。何ら変わらない日常です。

 どこかの新天地。ウォーガット領。

 そして『これからですよ』。これはライニー侍従長に『僕はやりますよ。手伝って頂けますか?』

 『全てが終わりました。そして、新たな日常が始まります。これからですよ』

 すなわち。

 何者も近付くことのできない新天地で静かに。そして長期に渡り始まる。結果から導かれる復讐を手伝ってください」


 「「「「「うぉぉぉぉぉ」」」」」

 「「「「はいぃぃぃぃ」」」」

 「「「「ライニー侍従長」」」」


 「わたくしも同意見だ。

 イルリット殿下の決意をわたくし達が無駄にしてはならん。

 何処までもお供するぞ。

 必ず今日明日で結論が出る。イルリット殿下はウォーガット領に向かうと。

 ウォーガット領に追従する者はそれなりの準備にかかれ」


 「「「「「お供します」」」」」


 「武器は武器庫に戻せ。集合準備罪を問われては洒落にならん」


 「「「はい」」」


 「シェフター料理長。元気の出る美味しい物を頼む」


 「了解よ。任せてね」


 「皆。今日から新たな気持ちでイルリット殿下にお仕えするぞ」


 「「「「はい」」」」

 「「「「了解」」」」

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