幕間1
戦闘から一夜明け、学園には日常が戻っていた。
とはいえ、学食の窓からでも戦禍は見える。いちばん分かりやすいところで言えば、国旗掲揚台の旗が半分まで下げられている。昨日の戦死者への弔意だ。そして滑走路には多数の修復痕。何を隠そう整備科一年一同の仕事である。
「今日は大変だったね」
「……そうだな」
紀彰は箸を動かしながら生返事した。
向かいには今日も桐生ヒカルの姿。というか昨日の今日で、学内に友人といえばお互いしかいない。
「お陰で腹ペコだよ。あ、紀彰。その唐揚げ食べないの?」
「やるよ。ちょっと胃の調子が悪くて」
「やったあ」
ヒカルが嬉しそうに紀彰の皿から唐揚げを強奪していく。視線を落とせば、彼の眼前に並んでいたはずの『横須賀海軍カレー特盛』(1kg相当)の皿は、すでにほぼ空だった。
(コイツ、この細い身体のどこにモノ詰め込んでるんだ……?)
見ているだけで胸焼けしそうだが、不調の原因はそれではない。主に昨日の戦闘の事後処理と、今まさにこちらへ近づいてくる「足音」だった。
カツン、とローファーが床を叩く音。
聞き覚えのあるリズムで、その足音は二人のテーブルの横で止まった。
「ご一緒してもいい?」
凛とした声、ぴりっとした機動科の制服。島津頼子だ。昨日の今日だというのに、その制服には埃ひとつなく、プレスもしっかり効いている。
だが襟元からは包帯が覗き、左目には眼帯をしている。右眼は軽く充血しているようだが、左眼はまだそれどころじゃないのだろう。
「もちろん。いいよね、紀彰?」
ヒカルはポリポリと何かを頬張りながら言った。彼のカレーにそんな咀嚼音がするモノは入っていなかったはずだが。
「……どうぞ」
紀彰は自分の定食を確認しつつ答えた。食べた覚えのない漬物の小皿が空になっている。
ともあれ、内心は戦々恐々だ。昨日の通信で、頼子には声を聞かれ、即座に特定されてしまった。今この場で問い詰められるのはまずい。
しかし頼子はすました顔で優雅にスカートを抑え、当然のように紀彰の隣に腰を下ろした。動作はやはりというか、どこかぎこちない。
「医療ポッドで大人しくしてたほうがいいんじゃないのか?」
「冗談」
頼子は鼻で笑った。
「さっきようやく外出許可がおりたのよ。退屈で死ぬかと思ったわ」
紀彰はなんと答えたらいいかわからず、ひとまず味噌汁をすすった。緊急脱出機構でエネミーに体当たりをかまし、そのうえ生き残った女だ。退屈ごときが殺せるとはとても思えないが。
「凄いよね、島津さん。昨日は大活躍だったんでしょ?」
ヒカルが紀彰の定食の千切りキャベツに箸を伸ばしながら言う。紀彰は眉をしかめたが、ひとまず黙認した。
頼子は苦虫を噛み潰したような顔で答えた。
「いいえ、一人で突っ込んで勝手に自滅しただけよ。ほんと、生きてるのが不思議なくらい。誰かさんに感謝しないとね」
不意に向けられた笑顔から、紀彰は全力で顔を逸らした。
「それで、昨日の件だけど」
「おれは何も知らんぞ」
紀彰は先手を打った。しらばっくれるに限る。
「いいえ、あなたは確かに言った」
「言ってない」
「言った。『シミュレータならいくらでも付き合う』って」
「……は?」
紀彰の箸が止まった。
恐る恐る横を見ると、頼子は微笑んでいた。そこに「秘密を暴いてやる」などという険しさは微塵も感じない。
「暇な時なら、って条件だったわね」
「……あ、ああ。そう言えば言った、かもな」
紀彰は安堵で大きく息を吐いた。
羽柴教官の見立ては正しかったようだ。それが女心によるものかどうかは知らないが。
「このあと暇でしょ? 昼休みだものね」
「まあ構わんが。まず最初に医務官に確認するからな?」
紀彰がじろりと睨むと、今度は頼子が視線を逸らした。
「大丈夫よ。許可なんかいらないから」
頼子は平静を装い、定食の唐揚げに箸を伸ばした。
スカッ。スカッスカッ。
彼女の箸が何度も空を切る。
「距離感つかめてねえだろうが、大人しく寝てろ!」
「ちょっとミスしただけじゃない! 見てなさい、これくらい……あっ!」
ドボン。持ち上げた唐揚げが味噌汁に沈んだ。
パリパリの皮がみるみる湿ってふやけていく。
「私の唐揚げ……」
「いいからもう医務室に帰れ!」
「あ、よかったらその唐揚げぼくが——」
「おまえはもう食うな! どんな胃袋してんだ!」
いたって平和な昼下がり。
だが、その様子を少し離れた席から凝視する影があった。
「……何なの、あの女」
整備科一年甲組、神楽坂茉莉は、竹箸を「ベキッ」と握り折っていた。実家の整備工場で鍛えられた握力は伊達ではない。
「私の聖域に土足で……! ノリ×ヒカは不可侵条約だって入学ガイドブックに書いときなさいよ……!」
「茉莉、顔。顔めっちゃ怖いよ」
「許されない……聖域を穢す異物混入……不純物……シンナー洗浄して純度100%までろ過してやる……!」
「聞いてないし。ていうかその箸、私のなんだけど」
友人のツッコミも虚しく、茉莉の黒曜石の瞳は、不良部品を検品する熟練工のごとく、鋭い光を放っていた。
ここでひとまずおしまいです。完走お疲れ様&ありがとうございました。良かったら愚痴なりツッコミなり適当に残してっていただけると嬉しいです。




