馬鹿は風邪をひかない
特急電車がホームを通過するときの風圧で、ホームにある座席に座っている女性の制服のスカートがたなびく。
女性と称するには幼く、だが少女と称するには少し大人びすぎている彼女は、目の前をはしゃぎながら通り過ぎていった女子高生のグループをやけに冷めた目で見ていた。
そんな彼女に話しかけた、彼女とは別の学校の制服をまとった青年がいた。
「よっ。暇じゃないのか?」
そう言って話しかけた青年は彼女と親しい中なようで、断りも入れずにドカッと彼女の横の席に座った。
「別に、暇じゃねぇよ。」
そう返事をした彼女はにやりと笑って言った。どこにでもいるような平凡な見た目とは違い、彼女は相当、男勝りな性格だったようだ。
「お前こそ、こんなところでどうしたんだ? 集合はいつもの場所だろうに」
「電車に乗り遅れたんだよ。何か悪いか?」
「あらら、可哀そうに」
ぽんぽんと飛び交う会話は彼らがお互いを信頼しているというのは、簡単に推測できた。
その後も会話を楽しみながら彼らはホームについた電車に乗り込んだ。
駅の周りにある街路樹から蝉の声が響き出した、初夏のある日の事だった。
二人が電車から降りて向かったのはとある施設だった。そこでは月に一度、日帰りの林間学校のような事をやっており、彼らはそこに所属していた。今日はその月に一度のクラブの日だった。
「おい、これ、間に合わなくねぇか?」
「やっべ、おいどうするよ」
「走るか?」
「それしかなさそうだな」
そう言って二人は駆け出した。男と女と言う差もあり、すこしずつ差が広がっていく。一足先についた彼は止まり、後ろを振り返った。
「おーい、早くしないとおいてくぞ」
それを見て青筋を立てた彼女は走りながら言い返した。
「お前、自分が足、早いことわかって、言ってんだろ!!」
ゼイゼイと息を切らせながら、やっとその施設についた彼女に彼は待ちくたびれた、と文句を言って施設に彼女を連れて入っていった。
その日の活動は野外料理だった。制服から動きやすそうな私服に着替えた彼らは既に待っていた他のメンバーと合流して、引率の先生と共に何度も行ったことがある野外料理の出来る施設へ向かった。このクラブには彼らよりも年上なのは引率の先生しかおらず、彼と彼女の年も二歳差があり、正確には青年が最年長であったが、もう二人まとめて最年長となっていた。それもそのはず、彼らは今年で高校一年生と高校三年生。このクラブで彼らの付き合いは今年で6年目になっていた。
野外料理と言いながらも彼らは実質いつも竈に火をつける方に回っていた。なぜなら、彼らは米すら上手く焚けないのだから。料理もやろうと思えば出来るが、どちらかと言えば、積極的にはやりたくない、そんな思いから野外料理の時はいつも竈に火をつけ、火の番をしている方が多かった。その時も彼らはいつも共にいた。なのに、今回は料理の方をやらされていた。
「なぁなぁ、これであってるよな?」
普段やりたがらない方をやっているため、青年が心配そうに彼女に聞いた。だが、彼女は青年の方を一切見ず、自分の作業に集中したままだった。
「知るか。私に聞くな」
「いや、お前に聞くほかないだろう。」
「お前なぁ......。」
そんな風に憎まれ口を叩きあいながらも、口元にはいつも笑みが浮かんでいる彼らを見て、年下の女子数人はひそひそと話していた。
「やっぱり、二人ってお似合いだよね。いつ見ても二人でいるや」
「ねー。やっぱり夫婦みたい」
彼らはそんな緩々な最年長であったので、時には彼らよりも年の下の子が有能であったこともあった。だが、そのクラブに所属している人にとって、最年長の二人はいつも一緒にいるのが当たり前で、いざとなった時には凄いコンビだと思われていた。
だが、六年目に入ったコンビも今年で青年が高校三年生であったために、今年いっぱいで見納めになってしまうのだった。このクラブは高校三年世までで、大学生からは引率の方に回る事となっていた。だからメンバーとしての彼らのコンビが見られるのは今年で終わりだったのだ。それが理由なのか、大学受験で忙しいはずの青年も出来るだけ多く活動に来ていた。
「ちょっと寄ってくれ。」
そう言った青年の手には料理が乗った皿が二つあった。
「私の分まで取ってきてくれたのか。サンキューな」
「そんな事言うならもうちょっと寄ってくれませんかね?」
青年が青筋を立てながらそう言った。確かに二人が座れるほどの大きさのベンチは彼女一人に占領されていた。
「あららぁ、すみませんねぇ、せーんぱい。」
「うわっ、気持ち悪っ!」
顔を歪ませながらも、青年は彼女がどいた所にドカッと当然のように座った。彼らが言い合いをしながらも楽しげに過ごしているのがこのクラブの日常だった。
「そういえば、大学はどこに行くつもりなんだ?」
そう彼女が青年に聞いたのはその日の活動が終わった帰り道だった。
「んー? あー、県内の大学だな。教育学部に行くつもりなんだ。」
青年がそう言うと、意外だったのか、彼女が目を丸くした。
「お前が? お前が、教師になるのか? ......まぁ、案外上手くいくかもしれねぇな。」
しかし、普段の青年を見ていてすぐに納得した様だった。
「だから今頑張って勉強してるんだ。受験生なめんなよ。」
「はいはい、頑張れよー、受験生。」
夕日が楽しそうに笑っている二人の影を作り出していた。
だんだんとクラブの活動中、青年と彼女が共にいることが少なくなっていった。彼らはもう最年長であり、もう来年になると彼女がこのクラブを引っ張っていかなければならならくなる。その為にも、それぞれが年下の子たちの補助につくことが多くなっていた。
「先輩! ここではどうすればいいんですか?」
「ん? あぁ、ここはな、こんな風にすればっ、ほら、出来た」
「ほんとだ! ありがとうございます!」
青年が自分のもとに質問に来た年下の子の手伝いをしている中、彼女は遠くの所で洗い物をしていた。彼らはもう最近、一切話していなかった。それはお互いが忙しいこともあったのだろう。
黙々と洗い物をしている彼女を見て、何を思ったか青年は彼女の方に歩いて行って、彼女の洗い物を手伝い始めた。
「よっ。どれ洗えばいいんだ?」
「ん? これとそれ、後フライパンも。」
「りょーかい。」
そう言って黙々と洗い物をしている二人だが、珍しく、彼らの間で会話が為されることは無かった。
いつの間にか夏も終わりはじめ、少し秋が近づいたことで雨が多くなっていたが、まだまだ夏の暑さが残っていた。
この日も空は重苦しい雰囲気の曇り空だった。今にも雨が降ってくるのではないか、という中、彼らは電車を降りて、山に向かっていた。天候の事もあって、自然と彼らは誰も、何も話さずに黙々とコンクリートの道を歩いていた。道の両脇にある荒地には雑草が生え茂っていた。そんな中、少し早いのに生えている彼岸花の赤が緑の中で鮮やかに映えていた。
「なぁ、大分涼しくなってきたよな。つっても、まだ夏なんだけどよ」
そう、彼女に話しかけたのは青年だった。ただ、話しかけられた彼女はまるで話しかけられている事すら気が付いていないように青年を見ていなかった。
「お、おい、大丈夫か?」
戸惑った青年が彼女の肩をたたくと、彼女はやっと青年の方を向いた。
「ん、何か言ってたか?」
そう言った彼女の目の下には消そうとしたのだろうが、それでも隠し切れない隈があった。
「お前、その隈......。」
「あぁ、最近授業の速度が速くってよ。宿題も多いからおちおちのんびりと眠ることもできねぇんだよ。気にすんな。」
「そ、そうかよ。」
少し口調がいつもよりも荒れている彼女の疲労の度合いを感じ取ったのか、青年は相槌を打つことしか出来ないようだった。
「それより、お前はどうなんだ? 受験の勉強は。」
そう言った彼女の口元は笑っていた。いつもの彼女が戻ってきたと思ったのだろう、青年は少し嬉しそうな雰囲気で話し始めた。
それを静かに聞く彼女もまた、微笑んでいた。
「なぁ、見ろよ! リスだ!」
そう言って青年は目を輝かせて彼女を見た。久しぶりに彼女と話せたという事もあって、はしゃいでいたのだろう。随分と山道を登ってきて、青年も疲れも溜まっているだろうに青年は後ろを振り返って彼女に嬉しそうに話した。
「そうだな。」
呆れた口調だったが、青年を見ていた彼女の目には愛おしさがあふれていた。久方ぶりの相棒の復活、そのような雰囲気だった。
登山コースの途中で小休憩を取った時、青年が離れたところにいた彼女に話しかけようとした。だが、彼女は崖の下を真顔で見つめているだけだった。青年は話しかけようと少し手を伸ばしたが、少し考えるそぶりをして、結局、静かに下した。そんな青年のもとに年下の子供たちが群がる。彼女は未だにぼぉっと、崖の下を眺めていた。先ほどまでのいつもの雰囲気とは真逆だった。だが、その様子を青年以外は誰も気が付いていないようだった。
そのまま、解散時間になっても青年と彼女が話すことは無かった。ただ、彼女は彼が立ち去る姿をじっと見ていた。彼女は悲しそうに、寂しそうに微笑んでいた。にわか雨が彼らの髪を、服を、靴を全て濡らしていき、水たまりを作っていった。彼らは雨に濡れないように走り去っていった。雨は小一時間止むことがなかった。
春。クラブを行っている所の施設の敷地内では、青年のお別れ会が行われていた。
「先輩! 来年も来てくれないんですか?! もう大学何て行かないで高校生のままでいましょうよ!」
「先輩、また来てください。待ってます。」
「せんぱーい、これ、俺らからのプレゼントっす! 大学でも頑張ってください。」
後輩たちに囲まれている青年は照れ臭そうに笑った。
「頑張れよ、お前ら!」
そう言って照れ隠しに後輩の髪をぐしゃぐしゃと撫でる青年のそばに、彼女はいなかった。偶然その場所にいない、という訳でもなく、彼女が居たという痕跡が全てなくなってしまっている。だが、誰もそれを疑問に思っている様子ではなかった。
青年が飲み物を取りに後輩たちの輪を抜けたとき、彼の肩に桜の花が一輪落ちてきた。
「珍しいな、花ごとだなんて。茎に傷でもついていたのか?」
そう言った青年はその花を掴むと地面に叩き落とした。しかし、何か感じたのか眉をひそめながらその桜の花を見つめていた。だが、後輩たちに呼ばれると、すぐにそちらに向かっていった。
一陣の風が吹き、桜の花びらを透き通るような青い空に散らせた。




