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第9話 狙うは大物(後)

「ほう? 言うじゃねぇか、クソガキが。やれるもんなら、やってみな」


 今日中に、霊岩魚(タマイワナ)を釣って見せるという俺の啖呵に、師匠(重衛のおっさん)はニヤッと笑いながら、そう言った。──おうおう、上等じゃねえかこの野郎! やっすい挑発しやがって、あの野郎! 絶対、今日中に釣ってやるから、見てやがれよクソオヤジ!! 


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「良かったの? あんな挑発して?」


 歩き去っていく珠生の背を見ながら、私はそう言った。タマイワナの修行は、私がやった時は3日かかった修行だ。他の人がやっているところを見たことがあるわけじゃないからわかんないけど、今日中に終わらせられる修行じゃないと思う。


 さっきのお父さんの態度もおかしかった。確かにお父さんは、顔が怖い。けどあんな風にひとを挑発するような人じゃないのは私が一番よく知っている。何か、理由があるのだろうか?


「良いんだよ、あれで。ああいう奴はな? 紅音。ああ言った方が普段以上のパワーを出すもんだ。俺はよ? あいつの力がどこまでかってえのが見てみてえのよ」


 お父さんは、岩の上に座って釣り糸を川に垂らしながらそう言った。


「そう言うものなの? うーん、よくわかんないけど何か理由があるのなら良いや! あたしも、珠生がどのくらいで釣れるのか気になるし!」


「おう! そう言うこった。まぁ、のんびり釣りでもしながら見てな? ──まぁ、あいつがどれくらいやれるかってのは、あいつ自身にも関わってくることだしな」


「ん? 何か言った? お父さん」


「いいや? なんでもねえよ、気にすんな」


 うーん、なんか言ったような気がするんだけどなぁ? まぁ、いいや! いっぱい釣って、今夜はご馳走だー!!


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「さてと、挑発に乗っちまってこんなことになったけど、まずはどうすっかな?」


 師匠(おっさん)と、紅音が座って釣りをしている場所から少し離れて場所で、俺は考えていた。ええと、確かやることは3つ。

 

 まずは霊力の放出、これは刀狼(ケガレ)との戦いの時にやったあの感じだろう。次に、霊力を操作する、第二段階。これができれば、辺りの霊力探知ができるようになってタマイワナの居場所がわかるようになる。んでもって最後、霊力を釣り竿(道具)に纏わせて直接操る。これによって、ただ糸を投げ入れただけでは勘づいて逃げちまうタマイワナに速攻で針を入れ釣り上げられる。


 と、まぁこの3つが今回の修行で俺がやるべきことだな? んー、どれもどうやるべきかってのはわかんねえな? ……まぁ、とりあえずどうにかやってみるしかねえか。


 俺は、川のそばに立ったまま目を閉じて集中する。霊力っていうのがどう言う感じかってのは刀狼と戦った時にどう言うもんかわかってる。だから、まずは俺の中にあるそいつを探せば──っと、あった。これだな? 自分の内に感覚を集中させてみると、確かに俺の中に何かの力があることを感じた。こいつを、体の外側に放出する。


 これもあの時の感覚を思い出して……確かあの時は、こう、何かが体から溢れてる感じがしたよな? なら、なんかこうこの力を外に押し出すイメージで、……こう、……ゆっくりとっ、押し出せばっ──よしっ! あの時と同じ感じがする。なら、このままこの感じで続ければっ……と、よしっ! あの時の何かが自分の周りを覆ってる感じがする! 


 俺は目を開き、自分の体を眺める。そこには、さっきおっさんが見せてくれたあの透明な力が俺の体を覆っているのが見えた。ふー、これが霊力の放出だな? 改めてやってみると、体から霊力が流れ出てる感覚ってのがなんとなくわかるな。体が軽くなったのも感じる。確かに運動能力はさっきよりも上がってそうだな。


 次は、この霊力を操作して放出量を調整する……か。……うーん、どうしたもんだろうなぁ。この霊力の放出ってのはできたけど、操作ってのがわかんねえ……って? 待てよ? さっき俺は霊力の放出の時にどうやって霊力を押し出したんだ? 押し出したってことは何かを操ったはずだよな? でも体のどこかを動かしたわけじゃない。ってことはだ。おそらく、俺は無意識的に霊力を操ったってことにならないか? ──うん。そう考えたら、なんか納得が行った。要は、あれだ。この第二段階ってのは、


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


っていう状態だなこれは。そうとわかれば話は早えな。霊力を押し出した時の感覚を思い出してっと。お? これだな? 霊力と自分の感覚が繋がったのを感じる。よし、これで後は霊力の放出量を調整して体に纏わす霊力を操作するんだったな。


 俺は、感覚が繋がった霊力を辿って霊力がどこから出ているのかを辿っていく。すると霊力と体の境界線に霊力が噴き出している穴が全身にあるのを見つけた。なら、この穴を閉じる感覚で……っと、よし、体から出てくる霊力が少なくなったぞ? なら、後はこの体の外の霊力をどうにかすれば。んー薄くする、だな。霊力を引き延ばして、体に貼り付けるイメージで身体中の霊力を操っていく。これなら、なんとかなりそうだ。──感覚が開くってのは、こういうことだったんだな……! 


 第二段階の霊力操作が完了し意識を外に向けた瞬間、俺の中にさまざまな感覚が流れ込んでくる。なんで、霊力を纏わせれば辺りの存在や霊力を感じられるようになんのかってわからなかったけどよ。実際、やってみてわかった。これは、つまり操作によって感覚が繋がった己の霊力と辺りに漂う自然の霊力が触れ合うことによって辺りにあるものの情報が流れ込んでくるってことだな? これは確かにスゲーや真後ろの木の上にいる鳥の数まではっきりわかるぜ。こう言ったら凄いのが良くわかんだろ。まぁ、とにかく第二段階、これで完了だな!


 なら、次で最後、霊力による道具の操作だ。俺は近くに置いておいた釣り竿を持ち上げる。……まぁ、これに関しては単純だよな。第二段階の延長だ。要は今、纏ってる霊力を操作して握ってる釣り竿を覆って行けばっと、できたっ! 霊力を釣り竿に纏わせる事に成功した俺は、試しに霊力を操って釣り糸と針を操ってみる。すると、霊力を纏わせた釣り糸は俺の思うがままに生き物のように動かすことができた。これで霊力での道具の操作も完了だなっ。これならタマイワナ釣るのも楽勝だろっ! もう昼時過ぎちまったから昼飯には間に合わなかったが、これならあと1時間もすれば釣れんだろ!


 俺は、意気揚々と岩場の近くに向かい、霊力から流れてくる情報から水中の生き物を探索する。……と、いたな? 多分こいつだ。流れ込んでくる霊力の中に、一際大きな霊力を持つ魚を見つけた。こいつがタマイワナだな。俺はその魚に当たりをつけるとその魚のいる岩の影まで進む。そして霊力の纏った釣り竿を振り、釣り糸を水面に向かって投げ入れた。霊力で操られた釣り針はまっすぐにタマイワナを目指して、突き進んでいく。──いけるっ! 俺がそう思った瞬間だった。それまで、気づいていた様子もなかったタマイワナが不意に釣り針を避け、一目散に岩場の隙間へ逃げ込んでいく。慌てて釣り針を追わせるも、間に合わずに、タマイワナに逃げられてしまった。しかたなく、俺は釣り針を引き上げる。


 ……おっかしいなぁ? 気づかれてねえと思ったんだけどなぁ。あいつの視覚の範囲内に入っちまったのか? うーん……とりあえず、やり方はあってるはずなんだ。もう一回やってみるか。そうしてもう一度釣り針を投げ込んでみるが、またすんでのところでタマイワナに気づかれて逃げられてしまった。その後も何度も釣り針を投げ入れるが何度やってもタマイワナに気づかれて、逃げられる。──そうして、数時間が経った。

 



 ……駄目だ。何回やっても気づかれちまう。アイツの背後から釣り針を這わせてみても気づかれるし、急ぎすぎなのかと思ってゆっくりと忍びながら近づかせてみても駄目だしよぉ。こうやってこの数時間、あれはどうだ、これはどうだって色々と試してみたが何一つ上手くいかねえ、どうやってもある程度まで近づいた瞬間に気づかれちまう。一体どうなってやがんだよ全く。もう気づいたら、夕日も傾き始めてるしよお。このままじゃやべーよ、啖呵まで切っちまったのに釣れなかったなんて、流石に格好がつかねぇよな……いや、まぁ格好がつかねえのはいいが、あそこまで挑発されて釣れねえなんて俺の腹の虫が治らないって、本当に。そんな風に頭を抱え焦っていると、俺のそばまで紅音が歩いてきた。


「どう? そろそろ日も暮れ始めたけど釣れた?」


「あー、駄目だなぁ。どうやっても、途中で気づかれちまう」


「ふーん、そうなんだ。うーん、何か言えることがあるかもしれないから1回やってみてよ!」


「あー、そうだな。お願いするよ。じゃあ1回やってみっからみててくれよ?」


 そう言って俺は、釣り竿をもって立ち上がるともう一度タマイワナのそばに釣り針を投げ入れる。タマイワナの方へまっすぐに進んでいくのだが、やはりある一定の位置まで近づいた途端に逃げ出されてしまった。


「どうだ? 何かわかったか? まぁそんなすぐにはわからんかもしれんけど」


「うん。わかったよ!」


「そうだよなぁ。そんなすぐにはわかんねぇよ……え? わかった?」


「うん! 珠生はね、釣り糸に流す霊力の量が多すぎるんだよ。糸や針を覆ってる霊力が多すぎるから、タマイワナに気づかれちゃってるんだよ。もっと、霊力が操作できる限界まで霊力を薄くしないと!」


「……霊力……? ──あっ! あーっ! そういうことかぁ……!!」


 おっさんが最初に言ってたじゃねぇかよ、タマイワナは霊力で気配を感じるって。霊力で気配を感じるってことは霊力も感じられる第二段階を使えるってことじゃねぇか。なら霊力纏わせただけじゃ、そりゃあ気づかれちまうよな。あー、なんだよ、もう。単純なことじゃねえか。あー、もうちょっと考えろよな俺。あー、まぁいつまでも落ち込んでてもしょうがねぇ。


「ありがとうな、紅音。助かった。間に合うかはわかんないけどもうちょっと頑張ってみるよ」


「うん! 頑張って! ここから応援してるねっ!」


「おう!!」


 よーし、もう時間はねぇ。次がラストチャンスだな。まずは集中して、タマイワナを探す。……よしっ! 見つけたっ! それも今日一番の大物だなこいつは。俺はそのタマイワナのいる岩場まで、気づかれないように近づく。そして、手に握られた釣竿の霊力を操れる限度いっぱいギリギリまで、霊力を薄くしていく。そうして自分にできる限界まで霊力を薄くなったのを確認すると、釣り針を水中に投げ入れた。


 そうして水中で、タマイワナの死角から近づかせていき、ある程度まで近づいた瞬間──。タマイワナが釣り針に気づくかどうかの刹那、釣り針を加速させてタマイワナの体へと突き刺す。そして釣竿がしなり、魚がかかったのを手の感覚でも確認した瞬間、一気に釣り竿と釣り針を一気に引き上げる。そうして勢いよく水中から飛び出した釣り針の先には、──霊力で光を放つタマイワナが釣り上げられていた。


「よっしゃあぁぁぁ!! 釣れたぁぁぁ!!!」


「──! うわぁぁ!! やったねっ! 珠生っ!!」


「おう!! ありがとなっ! お前のおかげだ、紅音!!」


 夕日は、まだギリギリ沈んでいない。なんとか期限内にタマイワナを釣り上げた俺は、紅音と一緒に喜びを分ちあう。


 そんな俺たちの様子に気づいたのか、重衛のおっさんが近づいてきた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「どうだっ! 見ろよ、おっさん!! 宣言通り、今日中にタマイワナ釣って見せたぞ!!!」


 俺が近づいてきたのに気づいたのだろう。釣り上げたタマイワナを持って、珠生が俺の方へ走りながらそう言った。


「おう、見てたよ。……よくやったな! 釣り修行、終了だ!!」


 という俺の言葉に珠生は紅音と顔を見合わせると、


「「やっっったーーー!!!!」」


と、歓喜の叫びをあげる。……いや、なんで紅音も喜んでんだ? お前この修行もう終わってんだろ? いや、まぁ紅音のことだ、今日一日、内心で珠生を応援し続けていたのだろう。あの優しさは、母親(あいつ)譲りだな。


 ──まぁ、それはともかく、珠生(こいつ)、本当にこの修行を一日で終わらせやがった。第二段階や道具への霊力付与なんてのは、本来霊導院(れいどういん)で習う内容だぜ? やらせた俺がいうのもなんだが、とんでもねぇなこいつら。まだ霊導院に行くような歳ですらねえってのに、どうなってやがんだよ全く。3日で終わらしたうちの娘(紅音)もだが、それよりも珠生(こいつ)だ。この修行をたった一日で、終わらせやがった。


 確かにこの修行はここでしかできないが、とてつもない効率の良さだ。何せ霊術に必要な基本要素を同時にこなせるんだからな。ただそれでも普通なら半月(・・)はかかるってのにこいつは。──やっぱりとてつもねぇな神子(・・)ってのはよ──



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「……さてと。珠生! お前はこれで第二段階を習得したわけだ。が、まだ修行が完全に終わったわけじゃねぇ」


「えっ!?」


 紅音と喜びを共有していた俺に、おっさんがそう言った。修行がまだ終わってないってどういうことだ?


「お前、釣りをする時は第二段階を使うわけだが、それ以外の時はどうしてた?」


「そりゃあ、疲れるから霊力の放出をやめてたけど?」


 俺がそういうと、おっさんはニヤッと笑った。


「そうだろうな。それが次の修行だ。お前その第二段階を一日中切らすことなく使い続けろ」


「は? 一日中? ずっと?」


「おう、そうだ。というか一日中というかこれからずっとだ」


「はぁっ!? そんなことできんのか!?」


「できる、というか霊術士ならみんなやってることだ。言ったろ? ()()()()()()()()()()()()()だってよ。つまり、霊術士ならみんな常にこの状態ってわけだ。何かの目的で霊力を隠す時以外はな」


「……みんなってことは……まさか、紅音も……?」


「うん! 私もずっとやってるよ?」


「ってなわけだ! 第二段階が、無意識でも発動している状態になること。それが次の修行だ」


「……! まじかよっ…………!!」


 俺の呟きが静かな山の中で木霊するのだった。

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