第8話 狙うは大物(前)
「つーり♪つーり♪つりつりっ♪たくさん釣って今夜はご馳走っ♪」
大きめの石がゴロゴロと転がり、歩きにくい山道を軽々と進みながら紅音が朗らかに口ずさんでいる。静かな山に、紅音の楽しげな歌声だけが響き渡っている。……いや、なんだよその変な歌。
あいつなーんか、よく歌ってんだよなああいう変な歌。それにしてもこんな歩き辛え道歩きながら元気だな! あいつ。
俺たちは俺の霊力の修行のために、山に登っていた。この山は、三竹村の近くにある山で、木影山というところらしい。この木影山は、俺が目覚めた木槌山と同じ木霞山脈に位置する山でこの2つの山は、隣り合っているらしい。重衛のおっさんは、木槌山で俺を拾った後、この木陰山を越えて村に帰ってきたそうだ。──ちなみに、木槌山の俺が下っていた川をもう少し下っていけば町に出られたらしい。つまり、あの時あの刀狼に出くわさなければイヅナと町に出られたってわけだ。そう考えると本当に面倒なやつに出くわしちまったってわけだな。──そう考えるとなんか、腹立ってきたな。あー、むしゃくしゃする。
ともかく俺たちは、修行のためにこの山に来たってわけだ。……だけどおっさん、この修行のこと話してくれたとき、なーんか変なこと言ってた気がすんだよなぁ……。っていうか、扇動してるおっさんが持ってるもんも修行に使うとはお前ねぇし。いったいどんな修行をするってんだ……?
そんなこんなで、山に入ってから小一時間ほど歩いただろうか。山の中腹付近のとある岩場の多い河岸でおっさんの足が止まった。
「さぁて、着いたぞ、お前ら! 楽しい楽しい釣りの始まりだ!」
「わーいっ! 美味しいお魚たっくさん釣るぞー!」
楽しそうな華垣親子を見ながら、俺は頭を抱えた。いやね? 俺もね? ただの釣りだっていうなら、楽しんでやるんだけどよ!? 今回は俺の修行じゃねぇの!? これ、いったいどういう修行になるんだよっ! と、そんな内心が顔に出ていたのだろう。
「なんで、こんなとこで釣りするんだっつう顔してんな、珠生?」
「──そりゃあそうだろう!? 感覚の修行っつうから俺は、なんかこう目隠しして気配を読むみたいなのを想像してたわっ!」
「おっ! なんだぁ? 割と近いこと考えてんじゃねぇか」
「? 近い? 釣りのどこが近いってんだよ」
「目に見えない水中の魚を釣るってんだから、まぁ似たようなもんだ。しかもこれから釣るのが霊岩魚だっていうんだから余計にな?」
「タマイワナ?」
「タマイワナ、美味しいんだよねぇ!」
「タマイワナってんのは木霞山脈だとこの川のこの辺りしかすんでねぇ魚でよ? 焼いて食うとこれがまた美味えんだわ」
「へー、そんな美味え魚がねぇ? で? そのタマイワナ?がなんだっていうんだよ」
「おう、このタマイワナなんだがよ。この場所にしかいねえ上に釣るのが難しいんだよ。元来野生の生き物って奴らは、気配に敏感だろ?
気配に敏感ってのは感覚が鋭いってことだ。ただの魚でも妙な気配を感じたらすぐに隠れちまう。それに加えてこのタマイワナっつう魚はよ? 霊力を扱えるんだよ。霊力で辺りを感知して、危険を感じるとすぐに隠れる。そんななかなか厄介な魚なんだよこいつは」
「そんな魚どうやって釣るっていうんだよ?」
「そりゃあ決まってんだろ? こっちも霊力を使うんだよ。お前確か妖力が見えたんだったよな? だったら、目は目覚めてるはずだ。どうだ、これが見えるか?」
そう言ったおっさんの方を見ると、透明な何かがおっさんの体から溢れ出し、その体を覆っていく。透明なものが見えるってなんか不思議な感じだが、それははっきりと目にすることができた。多分これは──
「……これは、霊力……か?」
「その通り。体の霊力が溢れ出し、その身を覆ってる状態。これが霊力を扱えるようになった第一段階。これだけでも身体能力は向上し、常人ではあり得ない能力を得ることができる。お前が刀狼と戦ったときになっていた状態だな。そして──」
おっさんの体を覆っていた霊力が薄くなっていき、最終的には消えてしまい、ただ何もない普通の人間のように俺には見えた。
「これが、第二段階」
「霊力が……消えた?」
「消えてねぇよ。ただ放出しているだけの霊力を操作して、放出量を調整し、全身の霊力を自身制御下におく。それがこの第二段階だ。ほれ、よく見てみろ」
そう言っておっさんは俺の方に腕を差し出してくる。近づいてよく見てみると、確かにおっさんの体を薄い霊力の膜が覆っているのが見えた。
「この状態ではより感覚が鋭くなり、気配を探知する能力も高くなる。また、纏った霊力を使ってある程度の範囲の霊力を感知することができる。霊術士は、この第二段階を常に発動させている。まぁ、霊術士としての基本状態ってわけだ。」
「なるほどな! その状態になれれば、タマイワナっていうのの居場所がわかるから、釣ることができるってわけだな?」
「いや、ただ糸をたらしただけじゃ、あいつらにはすぐバレて逃げられちまう」
「糸をたらしただけじゃ逃げられるって、じゃあどうするんだよ!? 網でも使って掬うってのか?」
「いや、そうじゃねぇ。っていうかそれでもあいつらには逃げられる。──だからよ? 霊力を使うんだよ。紅音、やれるな?」
「霊力……?」
「はーい、お父さん!」
そう言うと紅音は餌のついていない釣り竿を持つ。すると、降ってもいないのに釣竿の糸が唸り、勝手に動き出した。釣り竿は、まるで自らの意思があるかのように針と糸を自由に動き回らせる。その姿は、まるで何かの生き物のようだった。
紅音はおもむろに動き出すととある岩の上まで移動する。そして、何かに狙いを定めた紅音はそこへ目掛けて釣り竿振り下ろす。放たれた釣り針は決められた場所と繋がっているかの様に真っ直ぐに水面に飛び込んでいく。
釣り針が水面に飛び込んだそのほんの数秒後、釣竿の先がしなり、当たりを告げる。紅音は、その瞬間ものすごい勢いで釣り竿を引き寄せる。糸が切れるのではと思うほどの勢いで引かれた竿をは一瞬で、獲物を外界へ引き上げた。
水面から飛び出した糸の先に、その魚はいた。それがタマイワナだろうと言うことはすぐにわかった。何せその魚は光っているのだ。魚が反射で光って見えるのは普通のことだって? いや、そう言うレベルの話じゃねぇんだよ。この魚、本当に光り輝いてやがるんだよ! なんだこの魚。水中で光る意味あんのかよ!?
「やったー!! 釣れたよ! お父さん! 珠生!」
タマイワナを釣り上げた紅音が岩の上で嬉しいそうに飛び回る。しっかし、本当に元気なやつだなこいつ。
にしても、今の釣り方。一瞬で、釣り上げられたのはどうしてだ? タマイワナの居場所にまっすぐに向かっていったのは、水中のタマイワナの気配を霊力である程度感知していたのだろう。でも、居場所がわかったとしてあの餌のついていない釣り針じゃあ魚を食いつかせることはできない。と言うか、さっきおっさんはただ釣り糸を垂らすだけじゃ気づかれちまうって言ってたな。ということは、釣り竿に何か仕掛けがある? ……あの釣り竿の糸と針、さっき動いてやがったよな? と、言うことはまさか──
「霊力で釣り竿を操ってる……?」
「その通りだ。自身の纏っている霊力を釣り竿に纏わせ、自由自在に操る。こうすることで水中の気配や霊力をより感知しやすくなるだけでなく。タマイワナに気づかれる前に一瞬で吊り上げることができるって寸法よ。
そしてこの霊力の操作も霊術士の基本技能だ。霊力を道具に纏わせる、もしくは霊力を直接操作する。これは、霊術を扱う上で必ず必要になってくる。とくに前者は俺たち武器を扱う霊術士にとっては必須技能だな」
「──なるほどな。霊力の放出、そしてその操作を行う第二段階。そしてさらにそこから道具に霊力を纏わせる。つまり、俺がこれから霊術を扱うために必要な技能が全て詰まってるってわけだな? この釣りには」
俺がそう言うと、師匠は、満足げに一つ頷く。そして、
「紅音がこの修行をしたのは、7歳の頃だが、釣り上げるまでに3日かかった。まぁ? お前は霊力も目覚めたてのガキだ。そうさなぁ……お前の場合は、5日は待っておいてやるよ」
と、俺の顔を見て笑いながらおっさんはそう言った。あーあー、そう言うことかよ。全くもってやっすい挑発だな。今時こんな挑発に乗るやつなんかいねぇよ、全く。呆れたおっさんだな。俺は、穏やか性格なのだ。だから俺は挑発に全く心をざわめかせることもなく。穏やかに微笑みながら言ってやった。
「上等だ、この野郎!!!5日もいらねえよ。1日だ。今日中に釣り上げてやっからそこで見てやがれ!!!」




