第4話 華垣
「……んー……んぁ……ここは……?」
目を覚ますと、そこには見知らぬ天井があった。体には何かが被さっている感覚がある。どうやら俺は、どこかの民家の布団で眠らされていたようだ。
「──あ! 起きた?」
声がした方を見ると、赤い瞳をした少女がこちらを覗き込んでいた。歳は俺と同じくらいだろうか。赤みがかった黒髪をひと束に結んだ成長したら快活な美人になるであろう活発そうな少女だった。
少女はそばに置いてあった粥の入った膳を俺に差し出さしてきた。
「いやー、お父さんが君を連れてきた時はびっくりしたよ。街への買い物から帰ってきたと思ったら、傷だらけの男の子背負ってるんだもん」
「──は? お父さん? 背負って? ……いや、そうじゃない。お前は誰だよ!? んで、ここはどこなんだよ!」
「わっ! いっぱい聞いてくるね! でも、まぁ仕方ないよね、こんな状況じゃ。でも、そうだよね! まずは自己紹介だよね! 私は、紅音! で、ここは三竹村だよ! それで? 君の名前は何ていうの?」
「……俺は……ごめん、わかんないんだ。せっかく、自己紹介してくれたのにごめんな」
「……そっか……んー、うん! それじゃあしょうがないよね!」
「──! ありがとう、紅音。ところで、さっき俺を背負ってきたって──」
俺が紅音に質問をしようとした時だった。ガタンと戸が開かれると、
「おう。起きたのか、坊主」
左目に眼帯をつけた大柄の男が入ってきて俺に声をかけた。
「……あんたは?……」
「──おかえりなさいっ! お父さんっ!」
「おう! ただいま、紅音」
「──お父さん?」
よく見るとその男は、紅音と同じ赤い目と赤みがかった黒髪をしていた。──っていうか、あの顔はっ!
「狼のケガレをぶった斬った炎の刀のおっさん!」
「おっさんてーのは酷いじゃねぇか、俺ァまだ29だぜ?」
「29!? ……いや、そうじゃねえな。助けていただき、本当にありがとうございました。おかげで死なずにすみました。」
「あぁーいい、いい。そうかしこまった態度で来られんのは好きじゃねぇんだ。まぁ、あんなところにガキ1人置いて行けねぇからよ。気にすんな。」
「そうか?まぁ、命の恩人にそう言われちゃあ仕方ねえか、ありがとな、助かったぜおっさん。──これでいいか?」
「おう! かまわねぇよ。それにしてもこまっしゃくれたガキだなお前は。……ところでお前さん、なんだってあんなところにいやがったんだ?」
おっさんの質問に、俺は頭を掻く。さぁて、どう説明したもんかな。
「──何ぃ!? 気がついたら記憶喪失であの山にぶっ倒れてたぁ!?」
「お父さん、この子ね自分の名前も思い出せないみたいなんだ」
「はー、なるほどねぇ。記憶喪失。──だから、あんな戦い方になっちまってたわけだな」
「ん? なんか言ったか」
おっさんが、何かを小声で呟いて気がしたので聞いてみると、
「──ん? いやぁ、なんでもねぇ。こっちの話だよ」
と返された。まぁ、大したことでもないだろう。それよりも、だ。
「あの後、どうなったんだ!? 狼のケガレは!? イヅナは、俺のそばにいた狐は!?」
「まあ、落ち着け。ちゃんと全部話してやるから。まず、あの狼の穢獣、『刀狼』は俺が斬った。心配いらねぇ。んで、イヅナ?──あぁ、あの狐だな。そっちも大丈夫。ちゃんと埋葬しておいたやったよ」
「──ッ! そうか。ありがとう、ございます」
イヅナは、やっぱり死んだんだな。いや、分かってはいたが、埋葬されたって聞くとキツイもんがある。……ごめん、ごめんなぁイヅナ。俺がもっと強けりゃあんなことさせずにすんだってのによぉ。瞼から溢れる涙を俺は止めることが出来なかった。俺は、しばらくの間イヅナを──初めての友達を思い涙を流した。
「──ふう。悪いな、みっともないところを見せちまって」
「いや、かまわねぇよ。お前さんの友達だったんだろ?」
「ああ。俺の、初めての友達だった。……でも、大丈夫。あいつにもらった命だ。精一杯、生きることにするよ。」
そう、俺の命はあいつがあの時俺を守ってくれたおかげで続いている。なら俺はそのもらった命を何があっても諦めるわけにはいかないのだ。
「──そうだ! 俺、おっさんに聞きたいことが色々あるんだ。」
「ん? なんだ? そういや、記憶喪失って言ってたな。それじゃあ気になることもあるか。よし、言ってみろ」
「まず、悪いんだけども、おっさんの名前。教えてもらってもいいか?」
「っあぁ! そういやぁまだ言ってなかったな、俺ぁ華垣 重衛ってんだ。この村で獣や穢獣を狩ってる、まぁ流れの浪人だな。よろしく」
そう言うと、重衛のおっさんは俺に手を差し伸べてきた。俺は、重衛のおっさんの握手に応じたあと、気になっていたことを色々と聞いた。
まず、この国の名前は『七縁国』と言うらしい。七縁というのはどうやら、この国の祀る七柱の神々、『七行大神』と、人との縁のことを言っているらしかった。そして、この三竹村はその七縁国の東木道という地方にある木霞郡の田舎に位置するらしい。おっさんは早くに妻を亡くし、紅音と2人でこの村で暮らしているそうだ。ちなみに、5日前──俺は5日も寝続けていたらしい──まで俺が彷徨っていた山は木霞郡の由来にもなった木霞山脈の木槌山というところらしかった。
次に今は、七行暦二百六年卯の月十七日らしい。なんじゃそら。どうやら、七行暦というのはこの国の暦で、この国の建国された年を元年とした暦らしい。月は十二支──どうやら、この世界にも十二支はあるらしい──の子からスタートして、亥で終わるようになっている。一月は基本30か、31日。つまり、子の月の1日から始まり、亥の月の31日で終わり、365日を一年とするという、前世?と同じ数え方をするようだった。いやー、覚えやすくて助かったな、まじで。
そして次に俺は、一番気になっていたことを聞いてみることにした。
「あの炎を纏った刀はなんなんだ?それに、あのケガレとかいうヤツは?」
「そうだな。まぁ気になるよな。あれを説明する前にまず霊力について説明する必要があるな」
「霊力?」
「ああ、霊力っていうのは自然や人や獣が持っている霊的な力のことだ。人や獣はその霊力を引き出すことで只人を凌駕する力をることができる。お前さんも刀狼と戦ったならその時に感じたろう?」
「──! そういえばあの時体の中から何かが溢れるてくるような感じがした!」
「そう、それが霊力だ。俺がお前さんと刀狼を見つけたのはお前さんの倒れるほんの一瞬前だったがよ。
お前さんの体から霊力が放出してんのがはっきりと見えたぜ。あれだけの霊力の放出、それにただ霊力を纏ってぶった斬ってるだけだってのにあの刀狼が死にかけにまでなってやがった。
お前さん、おそらくだがとんでもねぇような霊力量してやがるぜ。霊力量ってのは、それで全てが決まるわけじゃねえがあるに越したこたぁねぇ。
よかったな坊主、お前さんなかなか見どころがあるぜ?」
「霊力、か。あの時の力はそういうことだったんだな。──ちょっと待て。|ただ霊力を纏ってぶった斬ってるだけ《・・・・・・・・・・・・・・・・・》?……ってことはまさか、あの炎の刀!?」
「ご名答。あれは、人それぞれに宿る元素の力『七行』を霊力に与え、さまざまな現象を引き起こす術『霊術』だ」
おっさんはそう言うと人差し指を立てる。すると、指先に火が灯った。
「これが霊術。そして、あの時、俺が使ったのが火の力『火行』の術 火厳流剣術序の太刀『燕火』だ。それと、お前さんが持っていた刀ありゃあ恐らく『霊器』だな。」
「霊器って、あの刀のことか?それに元素の力? 霊術?」
「まぁ、その辺はおいおい教えてやるよ。んで、最後に『妖力』と『穢獣』。まずは妖力、これはお前さんも見たんじゃないか?穢獣の体の周りを覆ってた黒いモヤだよ。あれはな、元々霊力なんだよ」
「あぁ見たぜ。黒いイヤな感じのモヤが刀狼の体を覆ってんのをよ。でも、あれが霊力ってのはどういうことだ?」
「言ったろ?元々、霊力だって。妖力ってのはな、霊力がその地に残った怨念なんが霊力と混ざり合ってその性質が変質したもんなんだ。だからもはやあれは、霊力とは違った力なんだよ。
──そして、妖力が生き物に流れ込むとその生き物のありようを変え、化け物になっちまう。それが穢獣だ。
穢獣は人や獣を襲いまた新たな怨念──妖力を生む。だから、穢獣っていうのは、きっちり倒しておかねぇと行けないもんなのさ。と、まぁこんなところか?他になんか聞きてえことはあるか?」
「聞きたいこと……聞きたいこと……あっ! そうだよ、おっさんシンシって知ってるか?」
「──! …………いや? 俺は聞いたことはねぇな。そいつはどこで聞いたんだ?」
「いやよ、俺、イヅナって狐と一緒にいたって言ったろ?あいつが俺のことをシンシだって、言ってたんだよ」
「……狐ェ!? はぁ? つまりなんだ? お前さんは狐と話したってことか?」
「んーまぁそうなるな」
「本当!? いいなぁ私も話してみたい!」
今まで話をじっと聞いていた紅音が話に飛びついてきた。
「んー……まぁ、なんだ! お前さんが特殊なのかそのイヅナって狐が特殊なのかは知らんが不思議な体験には今があるもんだ。そのシンシってやつのこともきっとそのうちわかるだろうよ」
「んー、まぁそういうもんか? ……うん、分かった。これで聞きたいことは全部だよ」
俺は、頭の中でもう聞くことはないかと考えた後そう言った。
「そうか、よし坊主。お前この先どうするか決めてんのか?」
「……いや?特に何も決めてねぇけど?」
俺が質問の意図を把握しきれずそう言うと、
「よし、なら坊主、お前さん俺の弟子にならないか?」
おっさんが俺の目を見据えてそう言った。
「弟子?」
「おうともよ! 俺の弟子になって剣や霊術の修行をしてみないか? なんの修行もしてねえ、霊術も使えねえってのにあの刀狼をあそこまで追い詰められるってのは聞いたこともねぇ。きっちり鍛えりゃきっと物凄い霊術士になるぜ。お前はよ。どうだ?」
「やる」
「って即答かよ! 俺が言うのもなんだがよ。お前さん会ったばかりのやつの弟子になるって話にそれでいいのかい?」
「会ったばかりじゃねぇよ。命を助けてもらった恩人だ。色々と教えてもらったしな、信用できる。……それに、俺はあんとき、刀狼をぶっ倒すつもりだった。もうあんな歯痒い思いをすんのはごめんだ。強くなれるってんなら願ったり叶ったりだよ」
「そうか、あれはお前の獲物だったんだな。悪いことしたか?」
「いや、あれは俺が弱かっただけの話だ。命を助けられてもいるしなそれこそ気にしないでくれ」
「よし、それならいい。それじゃあこれからよろしくな、えーと──名前がねぇと不便だな。ちょっと待てよ、そうだなぁ……お前さんはどうやら狐と縁があるみたいだからなこの国の狐の精霊の名にちなんで『珠生』ってのはどうだ?」
「珠生……珠生かぁ。悪くねぇ、よし! これから俺のことは珠生って呼んでくれ。」
「決まりだな! これからしっかり鍛えてやるからよ。よろしく頼むぜ珠生!」
そう言うとおっさんは俺に向かって拳を突き出してきた。
「おう、こっちこそよろしく頼むぜ師匠!」
俺が突き出された師匠の拳に己の拳を当てて、返答をしていると、それまで黙って聞いた紅音が突然口を開いた。
「珠生がお父さんの弟子になるってことは……私の弟になるってことだよね! 私弟が欲しかったんだ!」
「はぁっ!? お前と俺、どう見ても歳の差はねぇじゃねぇか!」
「でも、私の方が昔からこの家で暮らしてるもん! 後から来た珠生が弟でしょ!?」
「納得いかねぇ!! 俺が弟なわけねえだろこの野郎!」
「野郎じゃないもん! 女の子だもん!」
俺がこの家に来て初めての喧嘩は夜まで続き、2人ともに拳骨が落とされるまで続いたのだった。




