第28話 稲魂神社
東木道の中心地、豊稲羽。その豊稲羽のさらに中心に聳え立つ小さくも荘厳な女神の霊山。その頂上に鎮座する青い屋根と木の紋様が特徴的な稲魂神社の社の前で、神子を迎えてくれた稲魂神社の人々。その中心の1人、代表して俺に挨拶をしてくれた壮年の男が、大勢による出迎えに呆然としていた俺に向かってもう一度口を開いた。
「お初にお目にかかります、神子様。
私は稲霊姫命にこの稲魂神社の本社の宮司を任せていただいているもの。名を稲守 柳宗と申します。
神子様の後方に控えております樒真と香乃葉の父にございます。
我が子らがご迷惑をおかけしませんでしたでしょうか?」
どうやら、この樒真さんと香乃葉さんに似ている男──柳宗は、見かけの通り兄妹の父親らしい。
それにしても稲魂神社の宮司か。そういや、樒真さんも自己紹介の時に次期宮司とか言ってたもんな。宮司っていやぁ神社の、神職の最高位……だったか? 神子ってのが神の子供だって言うんなら、あの人が代表して挨拶するってのも頷けるな。……っと、今はそんなことを考えているよりも──
「いえ、香乃葉さんたちには色々お世話になってばかりですよ。お二人と部下の皆さんのおかげで俺……俺たちは、三竹村も師匠も失わずに済んだんですから。
──はじめまして。俺は、珠生って言います。えーっと……自覚はないんですが、神子──稲霊姫命の息子……らしいですね。
これから、色々とお世話になります」
俺は姿勢をただして、柳宗さんたちに畏まって挨拶を返した。うーん、香乃葉さんには敬語なんていらないって言われてたけど流石に宮司──神社っていう一つの組織の長にタメ口ってわけにもいかねぇよな? ……ちゃんとした敬語になってたかはわかんねぇけど。
そんなことを考えている内に、俺に続いて紅音も柳宗さんたちに挨拶をしていた。俺たちの挨拶を聞いた柳宗さんは、
「これはご丁寧な挨拶、痛み入ります。……しかし、樒真たちからもお聞き及び私どもは木行の女神たる稲霊姫様──そして、そのご子息であらせられる神子、つまりはあなた様にお仕えするものにございます。
これからは、あなた様の配下となるのです。そのように畏まったお言葉は私どもにはお使いになられぬよう」
「……わかった。じゃあ気楽に行かせてもらうよ。柳宗さんたちもそんなに畏まらないでくれよな? この国で神子がどんなもんかは知らないけど、俺はそんなに大したもんじゃねぇんだから」
「そのようなわけには参りません……が、お言葉はこの胸に留めておきましょう。
──さて、自己紹介はこの辺りで失礼いたしますが、これよりあなた様を本殿へとお連れするよう仰せつかっております」
「仰せつかっている……? ……それは、もしかして……?」
「ご想像の通りにございましょう。──あなた様のお母上。我らが稲魂神社の御祭神、木行と五穀豊穣を司る狐の女神『稲霊姫命』にございます」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
柳宗さんの案内によって稲魂神社の社殿へと招き入れられた俺たちは、社殿の最奥にある本殿を目指して廊下を進んでいた。……いた……のだが、なんだろうか。一向に最奥へと辿り着くような気配がしない。
外から見た時にはこの社殿も確かに荘厳で立派な大きな建物だとは思ってたけど、こんなに奥までたどり着くの時間のかかるような馬鹿でかい建物って感じじゃなかったんだけどな……? 廊下の区切り?から察せられる部屋の大きさもさまざまではあるけどものによっては宴会場みたいな部屋もあるし。……というかそもそもの話、さまざまな大きさがあるくらいには部屋の数が膨大なんだもんなぁ。本当にどんなってるんだ? この社殿。
「ふふっ。社殿の外観と中身の大きさの違いが気になっておられるようですね? 珠生様?」
俺がこの社殿の謎について百面相のように表情を変えながら悩んでいると、その様子を背後から見ていた香乃葉さんが微笑みながら俺にそう問いかけてきた。──どうやら、やっぱりこの社殿には何やら秘密が隠されているらしい。
俺が香乃葉さんからの問いかけに頷くと、香乃葉さんは少し後ろで歩いていたのを前に出て俺の隣へと並んで歩き始める。
「──この稲魂神社の社殿には異空の壁というものが張られていて、各々の社殿は中と外が隔絶されているのです。
言うなれば、この社殿は外の空間とは違う別空間となっております。その壁の効果によって外と中での大きさの認識に違いがある……というわけです」
「なるほど、それでこんなに大きさが違うのか。……ちなみに、その異空の壁っていうのは?」
香乃葉さんによる説明の中に出てきた単語──異空の壁とかいう言葉について俺は香乃葉さんに問いかける。すると、香乃葉さんは俺の問いかけに一つ頷いたあとその質問に対しての回答を教えてくれる。
「異空の壁というのは、文字通り異空──空間と空間を隔てる霊術にございます。この霊術は陰行の霊術に当たります。
陰行は、影と死霊、そして空間といった性質を持ち合わせます。この異空の壁はそのうちの空間の性質を用いて、世界を分つ結界を張りその中を異空間として制御する術なのです」
異空の壁、陰行の霊力を使って世界を分つ壁を作る術。……つまりは、この世界そのものを弄って自分の思う通りに書き換える術ってわけだ。
俺の使ってる木行ってのがどこまでのことができんのかはまだわかんねぇけど、陰行ってのはかなり出鱈目な力みたいだな。…………? ……木行……?
「……あのさ、一つ聞きたいんだけどよ?
異空の壁が陰行の霊術なんだとしたら、この神社の勢力?には他の七行の能力……というか、陰行を扱える人がいたってことか? ……確か、陰行と陽行を扱える人はほとんどいないって師匠には聞いてたんだけど……?」
香乃葉さんは、俺の疑問を聞くと少し驚いたような顔をする。そうして、俺の言葉の中に引っかかる部分でもあったのか何かを思案するような顔をする。
「陽行と陰行についても知っている……やはり、あの方は……。…………申し訳ございません、珠生様。少々、気になることがございましたので。
……それで、木行以外の七行の霊術を扱うもの、特に陰行を扱うものが稲魂神社にいたか?でしたね。
その答えは、半分当たっている……というところでしょう」
「……半分?」
「ええ。稲魂神社は、というより七行大神をお祀りする7つの神社は特に決められた行の力を持った人間しか氏子になることができない、というわけではありません。ですので当神社にも関係者の中に木行以外の力を持った方々も別に珍しくはありません。
……ですが、それにも例外はあります。それが陰陽の行の力を持った方々です。珠生様もご存知の通り陰陽の行を扱える方々はほとんどおりません。それは陰陽の行の力を持って生まれてくるのが特別な一族の方のみだからです。
では、なぜ関係者に存在しない陰行の異空の壁がこの神社で発動しているのか……
それは、この異空の壁が陰行神『冥陰夜命』によって発動されたものだからです」
……は? ……今、なんて言った……!? 冥陰夜命が発動した……!? 神が直接世界に干渉したってことか……!? …………いや、待てよ? そもそも俺自身、稲霊姫命の息子だっていうんなら、だ。それは俺自身が神が世界に干渉したことによって生まれた存在……ってわけだ。ならば、この世界の神『七行大神』ってのはどの程度かはわかんねぇけど信託とかとは別にこの世界に干渉できるってわけだな。
俺が突如告げられたその事実に俺が混乱していると、隣に歩いている香乃葉さんがその様子を見ながらももう一度口を開く。
「……どうやら混乱されているようですね。無理もありません、神が直接現世に干渉なされるということはほとんどありません。ですが、200年前。この七縁国が建国された際にご祝儀として冥陰夜命が七行の神社の建てられた神々の霊域と社殿に異空の壁を使って結界を張られてのです。
……お気づきでしたか? この稲魂神社の立つ小山これこそが稲霊姫様の霊域、小山に入る前の鳥居が霊域の外と中を繋ぐ異空の壁の門になっているです。この小山は異空の壁の中。だから外から見たら小さな小山でも、中に入りこの神社の境内へと辿り着くまでに少々時間がかかった……というわけです。
……さて、説明にしても少々時間を取りすぎましたね。この奥に見えているのが、この稲魂神社の最奥にして最も重要な社──女神のおわす神域へとつながる場所、本殿にございます」
神の力や陰陽の行を仕える一族のことなど、さまざまな情報が一気に入ってきたからだろう。情報を整理するために頭をフル回転させていた俺は、そこへ辿り着いていたことにすら気づいていなかった。
香乃葉さんの言葉に、ハッとして顔を上げた俺の目に飛び込んできたのは今俺たちのいる社殿──拝殿から続く屋根のついた小さな道のような場所──確か幣殿とかいうんだったか?と、小さくも荘厳な、この霊力の満ちた霊域とやらの中でもより一層強い霊力を放つ社、香乃葉さんのいう神域へと続く場所──本殿がそこに聳え立っているのだった。




