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第26話 道中(後)

 山の中に入った途端、辺りの空気が重々しく冷たいものへと変わる。穢獣のいる場所特有の空気感だ。もう、いい加減この空気にもなれたな。

 俺はその辺りの木の太めの枝の上へと飛び上がり、周囲に意識を向ける。えーと、確か穢獣の気配がした方はっと──


「……見つけたっ!」


 俺は意識を向けた先、穢獣の気配を感じた方へと目を向けてかすかな霊力の揺らぎを発見する。そして、その方向へと木々の枝を飛び渡って行くのだった。


 穢獣の気配を感じた方向へと近づいて行くにつれ、その穢獣が何かを追っていることに気がついた。山の外では穢獣の気配にかき消されて気が付かなかったけど、どうやら誰かが穢獣に追われてるみたいだ。

 小さな二つの気配がこちら──というよりも、山の下へと向かって走ってくるのを感じる。木々の枝を飛び渡る俺の足に自然と先ほどまでよりも強い力が入る。そうして、速度を上げたことによってすぐに目的地へと向かうことができた。

 

 俺が感じていた穢獣の気配、そしてそれから逃げるように山を下る2つの気配。その正体は、2人の子供だった。

 俺よりも少し年下に見える少女がさらに年下に見える少年をいつの間にか回り込んできていた熊の穢獣から庇うように抱きしめていた。

 ──まずいっ! 俺は咄嗟に左手に持った威鳴を抜き放ち、


「ハアァァッ!!」


霊力を纏って穢獣の首を斬り飛ばした。

 そして、そのまま着地して少女たちの方を振り向くと、抱きしめられたままの少年と目が合った。少年の目は俺を見つめたまま見開かれている。

 これはあれだな、怖がらせちまったよな。そりゃあそうだよなぁ。穢獣に襲われたかと思ったら突然現れた刀持ったガキがその穢獣の首切り飛ばしたんだから。……よし、それなら──


「よう。怪我はなかったか? ──少年」


 俺は出来る限り、その少年を安心させるために稲荷の刃を肩に乗せて笑いながらそう言った。

 すると少年は一瞬の戸惑いを見せた後、


「──うんっ! 助けてくれてありがとう、お兄ちゃん!!」


とさっきまで見開いていた瞳をキラキラと輝かせながら満面の笑みでそう答えてくれた。──良かった。どうやらなんとか、怖がられずには済んだみたいだな。

 俺がそう思っていると、俺と少年の声に誰かがいることに気づいた少女がバッと抱きしめていた少年を離して俺の方へと振り向く。


「──っ!! ……これは……? ……あなたはっ!!?」


 少女は先ほどまで自分たちを追ってきていた熊の穢獣が倒れていることに一瞬呆けていたが、その隣に刀を持った俺の姿を確認すると左手で少年を庇うように一歩俺の方へと前に出る。


「俺は、珠生。あんたらが襲われてんのをみて助けに入ったただの通りすがりだよ」


 肩に乗せていた威鳴を納刀し、その姿を消しながら少女に対してそう答えた。その様子を見ていた少女は警戒を解くと慌てて俺に向かって頭を下げる。


「! 霊術士の方だったんですね!! 大変申し訳ございませんっ!! 助けていただき本当にありがとうございますっ!!」


「いや、俺はまだ霊術の修行中で──」


 俺が少女へと説明をしようとしていた時だった。


「──珠生様!! やっと追いつきました! 突然、走り出されてどうされ、たの、ですか……?」


 突然飛び出した俺の後を追ってきたのだろう香乃葉さん達が現れたのだが、俺の隣の穢獣の死体とその前に座り込んだ2人をみて動きを止めた。


「あー、とりあえずここじゃなんだから山を降りようか」


 混沌としてきたこの場を収めるために俺は一つ手を打ってそういうのだった。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 俺たちは、穢獣を倒した現場からすぐに移動した……というわけではなくて、香乃葉さんたちによって穢獣の死体を清めてから山を降りた。

 どうやら穢獣を倒した後は神や精霊に祈願して辺りに漂う妖力を鎮めて霊力へと戻す儀式をするらしい。三竹村での戦いの後も香乃葉さんたちが清めをやっておいてくれたそうだ。

 ……俺たち、そんなこと聞いたこともなかったけどな……。俺と紅音はそんなことを考えながら顔を見合わせて苦笑するのだった。


 儀式を済ませて山を降りた俺たちは昼休憩を過ごしていた草原まで戻って少女たちから話を聞くことになった。


「私はあやめと言います。こっちは、弟の風太です」


 あやめと風太はこの山を超えたところにある村の出身らしい。両親が病で亡くなってしまい、村で暮らせなくなってしまった。なので、豊稲羽のどこかの店で奉公として働くために村を出た……ということらしい。……うーん。


「樒真さん。あの歳で奉公として働くっていうのは良くあること……なのか?」


「……あの歳で、となるとあまり聞いたことはありませんが、口減し……ということならない話ではないかと」

 

 ──口減し。……この国、っていうかこの世界の歴史や年代なんてものはよくわからんけども、着物に草履、建物は茅葺き屋根や木造建築ってことを考えれば、まぁ現代……どころか文明開花って時代まで行ってるかも怪しい。そうなると、身寄りのない子供(余計な食い扶持)を追い出すってのもそうおかしな話でもないわけだ。


 こういう話は理解はできても、納得はできない。心がささくれ立っていくのを感じながらも、俺は風太の頭に手を置いてあやめと視線を合わせる。


「2人とも豊稲羽に向かおうとしてたんだよな? 俺たちも豊稲羽に向かって旅をしてる途中だったんだよ。

 良ければ、一緒に行かないか? いいよな? 香乃葉さん、樒真さん」


 俺が香乃葉さんたちに確認を取ると、香乃葉さんと樒真さんは一瞬顔を見合わせた後、樒真さんが一つ頷いて、


「そうですね。このまま2人で旅をするというのも危険ですし、我々と行動を共にした方が良いでしょう」


と2人の同行に対して許可を出してくれる。その言葉に2人は何かを問うように俺の顔を覗き込んでくる。


「──ってわけだ! 2人とも俺たちと一緒に行こうぜ?」


 2人を安心させるために笑顔を向けて改めてそう告げた。俺の言葉に2人は顔を見合わせた後に満面の笑みを作り、


「「──はいっ!!」」


と力強く頷いたのだった。


 あやめと風太の2人が加わり、俺たち一行は改めて豊稲羽へと歩みを進めた。

 元々全員が霊術を使え、ある程度鍛えている俺たちと違ってあやめと風太はただの子供だ。一行の速度はどうしても落ちてしまう。休憩をとりつつもゆっくりと進み、いくつかの村と町、そしてさらに一つの山を超えて当初の日程の倍以上の日数をかけて俺たちはとうとうこの東木道の中心の街、『豊稲羽(とよいなば)』へと辿り着いたのだった──

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