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第25話 道中(前)

 槌田原で一泊した俺たちは改めて、豊稲羽を目指して出発した。豊稲羽までは霊術を使える人間なら、走れば2日、全速力で行けば一日で向かえるぐらいの距離にあるらしいんだけど、今回は師匠を駕籠で運ぶから大体5日くらいの行程になるって話だ。


 俺たちは、師匠を乗せた駕籠に合わせてゆったりと進んでいた。この東木道は、俺の母──稲霊姫命の影響が強い場所で、植物の育ちがいいことによって田畑が多く七縁国でも最大の穀倉地帯となっているらしい。

 今進んでいる豊稲羽へ続いている街道沿いにも、今が(10)の月なのもあって黄金の穂波ってやつが広がっている。やっぱ、こういう自然つーか、周りに植物が多い場所は落ち着くなぁ。山の中(あんとき)はなんでこんなに落ち着くのかわかんなかったけど、俺が神子──木行の女神の息子だったから、なんだな。そんなことを考えながら俺は鼻歌まじりに街道を進んでいった。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 槌田原を朝に出発して数時間、昼まで歩き続けた俺たちは途中の開けた場所で昼休憩を取ることにした。ちょっとした草原のようになっている空き地は、すぐ後ろに紅葉によって赤く染まった山があり、その山から穏やかな秋風が吹き下ろしていた。


「珠生様っ! 踏み込みが甘い!!」


 樒真さんが俺の剣撃を軽々と受け流しながらそう言った。俺は今、今朝槌田原の宿屋で女将さんに作ってもらった弁当を早々に平らげ、樒真さんに稽古をつけてもらっている。

 樒真さんとはこの間の妖の襲撃の際に、華垣家に向かう間の短い時間共闘したんだが、樒真さんの穢獣を狩る時の手際は俺よりも遥かに優れていた。その時の動きが頭に残っていた俺はこの機会に樒真さんに稽古をお願いした──という訳だ。


「オラァッ!!」


 樒真さんに、一撃を受け止められた俺はそのまま樒真さんへと蹴りを放った。しかし、その蹴りも刀から片手を離した樒真さんに軽く受け止められてしまう。

 次の瞬間、俺の視界が回転し気がつくと空が視界いっぱいに広がる。

 ……は? ……どうなって……って、……あー、なるほど。

 ──どうやら、樒真さんに足を受け止めた腕で体勢を崩されて転ばされてしまったようだ。俺は咄嗟に立ちあがろうとするが、首元に木刀の刃を当てられてしまった。


「──終わりです、珠生様」


「……あー、あっさり負けちまったなぁ。やっぱ樒真さん、強いんだな」


 樒真さんの手を借りながら起き上がった俺がそういうと、樒真さんは笑いながら、


「いえ、珠生様も身体能力は俺とほぼ同等程度ですし、霊力に関して言えば俺よりもよっぽど高いです」


そう告げた。……確かに剣撃などの速度は樒真さんが特段速いと感じたことはねぇけど、なら余計になんで手も足もでねぇんだ? 俺の不思議そうな顔から疑問を汲み取ったのか樒真さんが教えてくれる。


「──ならばなぜ?という顔をなさってますね。……その理由は簡単です。珠生様の技術の問題ですね」


「技術?」


 俺が樒真さんの言葉に首を傾げると、樒真さんは一つ頷いた。


「ええ。基本的な霊力の扱いはできていますが、部位に霊力を集中させると言った霊力の応用技術。目線や斬りかかるタイミングなどのフェイント、それから基本的なことですが技を自然に繰り出すための習熟度。こう言った様々な技術が欠けていますね」


「…………つまり……?」


「まとめてしまえば、経験不足……というところですかね? 目線などのフェイントは戦闘経験で補っていくものですし、霊力や技の技術は訓練によって地道に伸ばしていくしかありませんから」


 俺が霊術を習い始めて半年。剣を握り始めたのも大体同じくらいだし、技に関しては実質3ヶ月ぐらいなもんだろう。戦闘経験なんてもんは言わずもがなだな。……確かにあらゆる意味で俺は経験不足だな。

 穢獣や妖と戦えるようになってある程度強くなったんじゃねぇかって思ってけどやっぱ俺はまだまだだな。


「とにかく珠生様が現在持っている能力をしっかりと扱えるようになれば俺などよりももっと強くなりますよ」


「……そっか。付き合ってもらってありがとな、樒真さん」


 付き合ってくれた樒真さんに礼を言って後ろに下がると、横で見学していた紅音が立ち上がって手を上げる。


「はいっ! 次、私もやりたいっ!! お願いしてもいい? 樒真さん」


「ええ。構いませんよ、紅音さん」


 そう言って互いに一定の距離を取って木刀を構える2人を見ながら、俺は香乃葉さんの隣に座る。ちなみに、師匠が眠っている駕籠の世話は香乃葉さんが呼び出した準精霊の宿った式神がやってくれている。おかげで、俺たちは旅に集中していられるって訳だ。休んでる間に稽古(こんなこと)できるくらいには余裕がある。

 

「お疲れ様でした、珠生さま」

 

 そう言って隣に座った俺に香乃葉さんが手拭いを渡してくれる。香乃葉さんはというか、稲魂神社の面々全員がそうだが俺に対してやたらと世話を焼いてくれている。まぁ、それも俺が神子(・・)だから……なんだろうな。などと考えながら俺は差し出された手拭いを受け取る。


「……ありがとな、香乃葉さん」


「いえ、あなた様をお支えすることこそ、我々の長年の望みでしたのでおきになさいませんよう」


「……ふーん。そういうもんか……?」


  うーん、なんかもやっとするけど、こればっかりはどうしようもねぇか。俺は取り止めのない考えをやめて、紅音と樒真さんの稽古へと意識を向ける。

 紅音は俺よりも剣術も霊術も修行してきた期間が長い。だからだろう、俺の時よりも樒真さんに食い下がってはいる。でも、紅音は必死に技を繰り出して樒真さんの隙を探そうとしているが、樒真さんの方はその場から動くこともなく紅音の猛攻に冷静に対処している。……これは、多分早々に決着がつくだろうな。…………! これは……!?


 俺は、咄嗟に気がついたその気配(・・・・)の方へと視線を向けて、立ち上がる。


「……? どうかなされたのですか? 珠生様?」


 俺のおかしな様子に気がついた香乃葉さんが俺に声を掛けてくる。俺は、香乃葉さんの方へは目を向けずに、


「いや、気のせいだったらいいんだけどよ。なんかあの山から変な気配が……ッ!!」


と、答えようとしてその気配が気のせいでないことに途中で気がついた。穢獣がいる(・・・・・)。それも、山の麓のすぐ近くだ。距離が離れてるから霊力を感じた訳じゃねえけど、この気配は間違いなく穢獣だ。……しかも、これは……。嫌な予感がする。


 俺は、威鳴を呼び出すとそばにいた香乃葉さんにすら何も告げることなく燃えるように真っ赤に染まった山へ向かって全力で駆け出すのだった──

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