第24話 式神
木霞山脈、木影山。緑豊かだった木々が紅く染まり、鳥たちの声が響く山道を、頭部に顔の代わりに太極図の上に五芒星という紋様が描かれた人間大の大きさをした紙の人形が籠を運んでいる。人形は、紙といってもその姿はちぎれてしまいそうな薄さをしているわけではなく、その体には厚みと丸みが備わり狩衣を纏ったその姿は、どこか機械じみた動きと紙とはっきりとわかる質感をした白い肌、顔の代わりに描かれた紋様に目を瞑れば人間と対さない姿をしていた。神でできた人形が運ぶ籠と神職の出で立ちをした樒真さんや香乃葉さん達5人──稲魂神社と三竹村の連絡のために1人が三竹村に残ったらしい──、それから俺と紅音といういかにも村人と言った格好をした2人。そんな、奇妙な集団が山道を進んでいた。
俺たちと樒真さん達というそれだけでも不思議な集団を奇妙というふうにまで変えてしまっている紙の人形の運ぶ籠。この人形は、香乃葉さんの呼び出した式神と呼ばれるものらしい。なぜこんなものが呼び出されたのかと言えば、竹助達と別れ出発しようした時──
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「……さてと、それじゃあ出発しようか。
──まずは槌田原とかいう町を目指すんだっけか。俺、まだこの村と山ん中しか行ったことねぇから楽しみだなー」
「──ちょっと待ってください、珠生様? もしや、神社までそれで行くつもりですか……!?」
初めての旅に心を躍らせながら、家の中で寝かされていた師匠を背負って現れた俺に香乃葉さんが、恐る恐るそう尋ねて来た。
「ん、いやまさかも何も、師匠今動けねぇんだから誰かが運ぶしかねぇだろ? 流石に身内とは言えない樒真さん達に運ばせるわけにもいかねぇし俺が運ぶしかねぇじゃん?」
何を当たり前なことを聞いてくるんだろうか? とそんなことを思いながら、俺が香乃葉さんの質問に答えると香乃葉さんは目を見開いたあとに顎に手を当てる。
「そう言えば珠生様はまだ霊術を学び始めて数ヶ月。基本的な霊術しか扱うことができないのでしたね。……それならば、私にお任せください」
香乃葉さんはそう言うと、懐から2枚の人型の切り紙を取り出す。みてみると、その切り紙には頭の部分に太極図に五芒星の紋様が描かれている。香乃葉さんはそのその切り紙を左手に持つと右手で顔の前に片手で印を組み、
「──七行大神に仕えしこの地に満ちる精霊よ 我が声に応え、我が願いを叶え賜え──」
という何かの口上を唱える。すると香乃葉さんの手の中にある切り紙を目掛けてあたりに漂っている霊力の塊がその中に入り込んでいく。
そして、香乃葉さんが手に持っていた切り紙を宙に放り投げる。放り投げられた切り紙は霊力の塊が入り切った瞬間、カサカサッと風に揺られるのとは違った動きを見せる。そして次の瞬間、ボゴボコと切り紙が膨らんでいきその姿を大きく変えていく。そうして地面に着地した時にはその切り紙は、人間大の大きさの狩衣を着た人形へと変わっていた。
「……あれ……なに……?」
紙が人に変わったんすけど……? ……何これ!? 霊術ってこんなことも出来んの……!? そんなことを思いながら、人形を指差してそう問いかけた俺に香乃葉さんは──ふふっと微笑ましいものを見るように笑いながら答える
「──これは『式神』と呼ばれる霊術ですよ、珠生様。
この国に満ちる遍く精霊や準精霊と契約を交わして力を借りる術です。
今回は、近くの準精霊と一時的に契約を結んでこの紙の人形に宿ってもらった──というわけです。そしてこれを──」
香乃葉さんはもう一枚、何かが描かれた札を取り出すと放り投げなげて
「解っ!」
という掛け声を唱える。するとその札から言葉と同時に煙が巻き起こり、中から札の代わりに乗物と呼ばれる駕籠が現れる。
「この駕籠を使って重衛様をお運びしましょう」
──ということがあり、師匠は香乃葉さんの呼び出した式神に運んでもらうことになったのだった。
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「はー、ここが槌田原かぁ。……思ったより賑わってねぇんだな……?」
俺たちは丸2日をかけて、木霞山脈を越えて槌田原に辿り着いた。俺がイヅナと進んだ時に何日もかけても木槌山を下りられなかったのは俺たちの進んでいた川が山を大回りに流れていたらしい。
──ともかく、俺の最初の目的であった木槌山を越えた先の町、槌田原に辿り着いた訳……なんだが、思ったより寂……小さい町だな……?
「そうだねー。三竹村よりも、ちょっと大きくらいだね!」
そう。この町は、山の中にできた三竹村よりも多少大きいくらいなんだよ。そう言われればこの町が結構小さいってのがわかってもらえると思う。
そんなことを話していると、樒真さんが俺たちに近づいてきてこの町についての説明を始める。
「まぁ、三竹村は山の中に街との交流があまり必要ないほど、村の中に様々な施設のあるかなり大きい集落でしたからね。
それにこの槌田原は、木霞山脈のそばにあるために東木道の主要な街道から外れてしまって──」
「あっ! でもあっちにお土産屋さんがあるよ! 珠生!」
「本当だなっ! 行ってみようぜ!」
「──というわけで……って聞いてないし……!!」
樒真さんのそんな嘆きをつゆも知らず、俺と紅音はその土産屋を見るのに夢中になっていた。土産屋には様々なものがあった。木製の櫛や箸、茶碗などの日常品が多くを占めているがそのどれもに見事な細工が施されている。
店主に聞いてみると、この槌田原は元々木彫り細工で栄えた町だったらしい。だが、現在では街道から外れてしまったことなどによりすっかり寂れてしまったということだそうだ。木彫り細工の職人もだいぶ少なくはなってしまったがそれでもこうして現在もこうした細工のされた品を名産品として売っているらしい。
そんな多くの木彫り細工の中で、ふと木製の小さな狐の人形が俺の目に入っていた。
「──これは……?」
「その人形が気に入られましたか? 珠生様?」
俺を呼びかける声に隣を向くと、そこにはいつの間にか香乃葉さんが立っていた。俺が見つめていた狐の人形を手に取ると、
「この東木道は、稲霊姫命が守護する地。ですので古来からこうして稲霊姫様の眷属たる狐の人形がお守りとして販売されている──というわけです」
というふうにこの狐の人形について説明してくれる。稲霊姫、俺の母さんのお守り……ね。
「──この人形がさ、なんだかイヅナに似てる気がしてよ。それで、ちょっと気になっただけだよ」
俺は、香乃葉さんから狐の人形を受け取りその人形を通してイヅナの姿を思い返す。
「──イヅナさん……確か、珠生様を助けてくださった不思議な狐の方……でしたよね? なるほど、この様なお姿を……。珠生様、お買い求めになられますか?」
「いや……やめとくよ。──残念ながら俺、金持ってねぇし。」
「大丈夫です! お金は私が払いますので!」
香乃葉さんのその言葉に俺慌ててブンブンと首を振る。
「いやいやいや! そんなんしてもらうわけにはいかねぇって!!」
「……そうですか。……! でしたら、この場は私が立て替えて、珠生様がお金を稼がれた時に私に払っていただく……というのは?」
香乃葉さんのその提案に、俺は数瞬考えた後に今度は首を縦に振った。
「……まぁ、それならいいか。ごめん……いや、ありがとうな香乃葉さん!」
こうして、どこかイヅナに似た狐の人形を手に入れた俺はその人形を懐へと仕舞い込むのだった。




