第22話 霊孤、神社へ向かう
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真っ赤に染まった紅葉によって山が燃えるように色づく。そんな木々の灯籠の中を少女が少年の手を取って走っている。歳の頃は少女が8つごろ、少年は4つごろだろうか。少女は、時折後ろを覗き見ては必死に足を回して走り続ける、何かから逃げ続けているように。少女たちが逃げ続けているものは、彼女らの気にしている背後から彼らを追い立てる。──それは熊だった。しかし、ただの熊ではない。元から太く逞しいその腕は更に大きく筋肉質になり、全体の大きさもこの国にいる熊よりもさらに一回り大きい存在と化した熊の穢獣だった。
──なぜ、自分たちがこんな目に遭わなければならないのか。少女は心の中で悪態をついた。少女は少し前まで家族と共に幸せに暮らしていた。小さな村だったので決して裕福な暮らしをしていた訳ではなかったがそれでも家族や村の人々は優しく、ずっとそんな穏やかな日々を送るものだと思っていたのだ。
だが、あの日。あの化け物達現れた時に少女の人生は大きく変わってしまった。少女はただ一人残った弟を連れて村を逃げ出した。しかし町に向かっている道中、遠くに熊の穢獣を偶然発見し必死に逃げ出したのだった。少女は弟の手を引いて必死に逃げたが、2人に気づいた穢獣にどんどんと距離を縮められついにはその息遣いが聞こえてくるような距離まで追い詰められてしまった。すると突然、熊の穢獣は大きく跳躍し2人の上空を飛び越えて少女の目の前へと着地した。それは逃げ回る獲物の行手を阻むためだったのだろう。少女は突如目の前に飛び込んできた穢獣に一瞬気を失いそうになるも、手を繋いでいる弟の存在が彼女を奮い立たせ、体を反転させて穢獣がから逃げ去ろうとした──しかし、弟はその急な方向転換に反応できずに転んでしまう。そして手を繋いでいた少女までもそれにつられて転び、慌てて立ち上がろうとするものの、熊はその隙を見逃すこともなく一瞬で襲いかかってくる。迫り来る熊の爪に少女はもはやこれまでかとせめて弟を守ろうと少年を抱きしめて熊へと背を向けた。だからこそ少女には見えなかった。そして、少女に抱きすくめられその肩越しに熊を見つめていた少年には見えていた──青く輝く美しい刀身をした太刀を握りしめ、熊の背後から熊に斬りかかろうと飛びかかっている1人の少年の姿が。
「ハアァァッ!」
刀を持った少年はその身と刀に雷を纏い、掛け声と共に穢獣の頭を斬り飛ばした。少年は着地すると同時にこちらに向き刀を肩に置くと、少年の方を見つめてニカッと笑いながら口を開いた──
「よう。怪我はなかったか? ──少年?」
|彼はこの時、自身の英雄に初めて出会ったのだった──
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話は数日前、突如家に尋ねてきた香乃葉さんに衝撃的な事実を伝えられた時まで遡る──
「……神子? 今、神子って言ったか!?」
香乃葉さんの告げた言葉に俺は身を乗り出してそう問い返す。俺のその反応を見た香乃葉さんは興味深そうに口を開いた。
「『神子』という言葉をどこかでお聞きになった事があるのですか? 珠生様」
「……ああ。俺が目覚めたばっかの頃にあった狐のイヅナってやつに言われたんだ。──お前はシンシだって」
そう。そしてイヅナは、自分たちは偉い人に神子を助けるように言われている、とも言っていた。偉い人っていうのが何かはわかんねえけど、神子っていうのが何かはわかった。
まだ信じらねぇけど、神子ってのは文字通り神の子供。俺はこの国の神様の一柱、『稲霊姫命』っていう女神様の子供らしい。んで、香乃葉さん達はその稲霊姫を祀ってる稲魂神社の人たちで女神様に俺──神子を連れてくるように言われているらしかった。
「──なるほど。狐……ですか。確かに稲霊姫様は狐の女神。その眷属である狐と神子であるあなた様が会話できたとしても何らおかしなことはない。ですが、なぜその狐は神子様のことを──? いえ、今はそのことはいいでしょう。それよりも珠生様。私たちについて来てはいただけないでしょうか?」
香乃葉さんの問いかけに俺は少し何やんだあと2本指を立てて答える。
「──2つ、聞きたい事がある。まず、本当に俺がその神子ってやつなのか? それから本当に神子だったとして、何でそれがわかったんだ?」
「確かにそれはお聞きになりたいでしょうね。わかりました、お答えしましょう。あなた様を間違いなく神子だと言える証拠はあなた様のお使いなっていた武器──『神器』です」
俺の使ってた武器……? あの時使ってたのは師匠にもらってぶっ壊れちまった霊刀と、後は──
「……ッ!! 『威鳴』かッ!!! ……でもあれ確か霊器だって話じゃなかったっけ……?」
「──ふむ、なるほど。確かに霊器というのは完全に間違いとは言い切れませんね。霊器とは精霊の作った道具のこと。それに対して神器とは──神の作った道具の事です。そして、あなた様の振るわれたその威鳴こそ、稲霊姫様の神器なのです。
神器は神々より神子様へと下賜され、神子様とその子孫の資格者以外には扱えません。つまり神器を振るう事あなた様を見て、間違いなく神子様であると確信したという訳です」
と、香乃葉さんは俺が神子であると確信した理由を話してくれた。俺はその言葉を少し頭の中で反芻した後に左手に威鳴を呼び出す。すると、威鳴を見た稲魂神社の面々から、──おお──と、小さく歓声が上がった。ついでにずっと霊器について気になっていたらしい紅音も食い入るように見つめている。
「──これが神器ねぇ。確かにあの妖に最後の一撃を食らわした時、俺、『神技』って言ったな。──んー、まぁ、まだ気になることはあるっちゃあるけど俺が神子ってのは多分間違いねぇんだろうなぁ」
「──! ならっ!!」
身を乗り出して来た香乃葉さんに俺は右手で制止する。まだ言わなくちゃいけない事がある。
「──俺が神子だとしてもあんたらについていくわけにはいかねぇんだよ。──俺たちは穢獣狩りをしなきゃなんねぇからな」
「──そうだね。元々、この村で霊術を扱えるのって私達だけだったし、お父さんがこんなことになっちゃったから今は私達2人で何とかしなきゃいけないんだもんね」
そう、この三竹村には竹松さん達の自警団が存在する。でも、自警団のみんなは──というかこの村の人たちは霊術を扱えるほど霊力が多ねぇんだよ。ただでさえこんな状況なんだ。今の襲撃後で疲弊しているこの状況では、俺たちがいないと穢獣どころか獣ですら大変な危険になっちまうんだよ。だから、俺たち──っていうか俺が稲魂神社に行くわけにはいかねぇんだよなぁ。
「……それに関しては心配いりません。珠生様に稲魂神社に来ていただけるかどうかに関わらず、この三竹村には霊術士を派遣することになっています」
「──そりゃあありがたいことなんだけど、何で急にそんなことに?」
「元々、この東木道を現在代理として任されているのは我々稲魂神社なのです。しかし、お恥ずかしい話ながら今回の件があるまで私たちもこの三竹村のことを存じ上げなかったのです。」
「──でも、俺を探している時にこの村のことを知った。だから、この村を守る必要が出て来たってことだな。──それにしても、香乃葉さん達、思ったより偉い人だったんだな。敬語も使わずに申し訳ない」
俺がそういうと、香乃葉さんは頭を横に振って否定を表す。
「いえ、稲霊姫様のご子息であるあなた様の方が私たちよりもよっぽど貴きお方。敬語など、必要もありません。
──それで話を戻すのですが、税の関係もあるので村長とお話をする必要はありますが、この村にはしっかりと霊術士を派遣して防衛させていただきます。これで、ご不安の点は解消されたと思うのですがいかがでしょうか、珠生様?」
確かに、この村に霊術士を派遣してくれるっていうんだったら、この村の安全は守られる。それなら俺が稲魂神社に向かっても問題はねぇか……。俺の母親だっていうその稲霊姫命って女神様のことも気になるしな!
俺は自分の意志を決めた後に紅音の方へと顔を向ける。
「──この村が守られるっていうんだったら俺は行ってもいいと思うんだけど、紅音はどうだ?」
すると、紅音も俺の顔を見て笑顔で頷いた。
「うんっ! 私も、お父さんを助けられるなら行ってみたい。」
「──ということは……!?」
「ああ。俺たちはあんた達のところで世話になることにするよ。これからよろしくな! 香乃葉さんっ!」




