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間章 狐と猫の密談

 青々とした葉が生い茂り、天をつかんとする勢いで佇む巨大な大木。そんな大木が立ち並ぶこの森は、どこかこの世のものとは思えない雰囲気を纏っていた。それはなぜか──動物たちの息づく音色が聞こえないからである。鳥や虫の羽音や鳴き声、獣たちの気配、小動物の動く微かな音など、この森にはそんな生き物──動物たちがこの森に生息している気配をは一切感じられなかった。しかし、この森を訪れる者は、居ればその異常への恐怖よりも、この森の持つ荘厳な雰囲気を感じ取ったことだろう。それは、()()()()()()()()()()()()()()()()()だった。この森には、霊力を扱えぬ者が入っとしても即座に感じ取れるだけの霊力が満ち溢れていた。──ここは、神の霊力が満ちる場所。──現世とは隔絶された神域。七縁国を見守る七行大神が一柱、木行の狐の女神『稲霊姫命(いなたまひめのみこと)』のおわす神域の森である。


 動物の気配を感じないこの神域の中心、大木が唯一生えておらず、背の低い草による草原となっている真円の中心にその社は佇んでいた。木行を表す美しい青色の屋根をした巨大な社は、各所の装飾に木々を模した紋様が刻み込まれていた。そんな社の最奥、女神の私室の窓際に手すりに体を預けるように外を眺めるその部屋の主人──狐の女神 稲霊姫命は、部屋の窓から見える神域の森を眺めている──訳ではなく。ただ、自らの子の真の目覚めを感じ取り穏やかに微笑む。


「──おはよう、愛しい我が子よ。少しお寝坊だったようじゃが、ちゃあんと1人で起きられたのう。ふふふっ えらいぞ。それに香乃葉(巫女)にも、会えたようじゃしの。(それ)を片付けたら早くわしの元へくるんじゃぞ?」


 狐の女神は、そう言い終えるとニコニコと微笑みながら鼻歌を口ずさみ始める。部屋中に響き渡るその音色は、女神の名に恥じぬ、まさしく天上の調べというに相応しいものであった。

 稲霊姫が気分良く鼻歌を口ずさんでいると、かの女神しかいないはずの部屋に突如、パチパチパチと拍手が鳴り響いた。そして、それと同時に部屋の中に人が一人入れるほどの大きさの水の渦が巻き起こる。


「──ご機嫌だね、イナ姉様? 何かいいことでもあったのかなぁ?」


 水の渦の中から現れたのは、黒髪に黒目をした少年とも少女ともつかぬ7歳ごろの見た目の子供だった。黒髪黒目の子供など、この七縁国ではさして珍しいことではない。しかしこの子供は、普通の子供には持ち合わせないであろう尋常ならざる存在感を持ち合わせていた。それを成しているのが、稲魂姫にも引けを取らぬ端正な顔立ちと、この子供の纏う流れる川のようなつかみどころのない雰囲気だった。そして何よりも人目を引いたであろう見た目の特徴が服の下から伸びている二股に分かれた黒い猫の尾であった。それはここにいるもう一柱の存在、木行の女神 稲霊姫命とも似通った特徴であった。そして、この子供は稲霊姫をイナ姉様──つまり、姉だと言った。それはつまり、この子供が稲霊姫命と同じ存在であることを示してた──


「……何じゃ。誰かと思えば、ミケではないか。わしになにか用かの?」


 稲霊姫にミケと呼ばれたこの子供こそ、七行大神の一柱──水行を司る猫の神『水卦守命(みけのかみのみこと)』その(ひと)であった。水卦守命は、部屋の端──窓際に寄りかかるように座る稲霊姫の前へと猫のように軽やかに向かう。


「んー? それがね? どうやら姉様にいいことがあったみたいだからね? こうして様子を見に来た──って訳さ」


 稲霊姫の前へとたどり着いた水卦守は稲霊姫の青い瞳を覗き込みながらそう問いかける。


「──さぁ? 何のことじゃろうの? 特にこれ言って大したことはなかったがな?」


 稲霊姫は、水卦守の問いに対してさも何もなかったという顔をして自身の長い白い髪を一房指で絡め取って、指先でクルクルといじりながらそう答える。


「……ふーん。……大したことはなかった……ねぇ。……ねぇ、姉様(・・)? ボクが一体何の神(・・・)か──忘れてない?」


 稲霊姫のその答えに納得がいかなかったのだろう。水卦守命は、稲霊姫を覗き込むその瞳に先ほどまでよりも強い力を込めてもう一度問うた。稲霊姫に向けられているその瞳は見つめられると何もかもを見透かされているようなそんな力があった。


「──忘れてなどはおらんがな? 本当に何もないというだけじゃ──」


「──()()()()()()()()()()()?」


 稲霊姫のかすかな抵抗も虚しく、その隠しておきたかった秘密は、あっさりと水卦守命に見破られてしまった。稲霊姫は降参を示すように一つ息を吐くと水卦守に向かって口を開いた。


「──模造品ならそこに作っておいておいたんじゃがな。やはり、お主には通用せんか」


 そう言う稲霊姫の目線の先には、珠生の振るっている稲霊姫の神器『威鳴(いなり)』に瓜二つの美しい太刀が飾られていた。その太刀(威鳴の模造品)には稲霊姫によって凄まじい量の霊力が流し込まれており、よほど神器に詳しいものでもない限り、見分けるのは困難を極めていた。


「姉様が直接作り上げたんだろうからかなりの霊力は感じるけど、それだけだね。あんなものに騙されるのなんて、素直なタケ兄さまくらいのもんだよ」


 模造品の太刀の前まで移動した水卦守はその太刀を抜刀し、その刀身を眺める。しかし、すぐに興味を失って太刀を元の場所へ戻していた。その様子を眺めていた稲霊姫は水卦守へと、疑問を問いかけた。


「……それで? どうしてわかった?」


「──どうしてって? 何のこと?」


水卦守がしらを切るかのように肩をすくめると、稲霊姫は胡散臭そうな顔をして、手を横に振る。


「そのカナのやつのような薄ら寒い態度はやめい。──決まっておるじゃろうが。我が子供、わしの神子のことじゃよ」


「あははっ、ごめんごめん。でもさ? さっきも言ったじゃない。ボクが何の神なのかって。流れを読めば(・・・・・・)こんなに大きな出来事、すぐにわかっちゃうよ?」


「──まぁ、そうじゃろうな。お主がここへ来た時点でそんな気はしておったよ」


「まぁ、このことに気づいているのは、ボク以外だと母様ぐらいだろうけどね」


 それを聞いた稲霊姫はこの国の天地万物において知らぬことなどなさそうな創造神()を思い出して、苦笑いしながらも頷いた。


「確かに母上ならば、もう気づいた上でわしの考えを読み解いて黙っていておいてくれておるんじゃろうな」


「──考えってことはやっぱり、あの事件(・・・・)みたいな事を危惧しての判断なんだね? まぁ確かにちょっと前にあんな事があったら自分の子供に過保護になるのもしょうがないかもねー。」


 水卦守の納得がいったかのような態度に、稲霊姫は真剣な顔つきをして頷く。


「ああ、その通りじゃよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()など、絶対に許せんからの。──と、まぁそういう訳じゃ。知られてしまったからにはしょうがない。お主にも協力してもらうぞ?」


「──うん、そうだね。神子はボクら全員にとって家族のようなものだ。あんな事がまた起こるなんてボクもごめんだからねー。ボクも協力させてもらうよ」


 稲霊姫の問いかけに対して、水卦守はそう返すのだった。そして、はたといたずらを思いついた子供──見た目だけならその通りなのだが──のような笑みをうかべる。


「──ねぇ、イナ姉様? ボク、ひとつ思いついた事があるんだけど──」


──この時の提案がのちに、珠生の人生に大きな影響を及ぼす出会いを生むことになるのだった──


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