第20話 霊孤奔りて雷を呼ぶ
ここまでの戦いでなんとなくは気づいていた。この村に入ってから──いや、この刀を渡され、初めてこの刀で霊術を振るった時から。この刀は小さすぎると──。確かに霊刀は霊力をよく通す。この刀を使えば木刀よりも、よっぽど霊術を強く扱うことができた。──けれど、この刀でもまだ俺の霊力を受け止めるには小さすぎた。俺が少しでも力を込めて霊術を振るおうとすると、刀が悲鳴をあげている感覚があった。この刀を全力の霊力を持って振えば一瞬で刀は砕け散ってしまうだろうと──。それでも、この刀の許容範囲内の霊力だけでも穢獣は退治することが出来た。しかし、この村での戦いの中で、少しずつ霊力の制御が緩み、刀の許容範囲を逸脱し始めていた。そして、妖との戦いでその枷はさらに緩み、今の一撃で完全に霊刀の限界を超えてしまった。
その結果が──
「──! 珠生様の霊刀が砕けた……?」
と言うわけだった。今の一撃を放った瞬間、確かな手応えがあった。狼の妖の反応速度を超えた速さと威力であいつに一撃をくれてやることが出来た。しかし、それはこの刀の限界を超えた霊力を放った結果だ。つまり、この霊刀では、あいつを倒すことが出来ねぇってことだ。体はボロボロ、刀は砕け散った。これは──
「……まずいな」
「──何ガ、マズイ? 元々、オマエハココデ死ヌウンメイ……ダッ!!」
「──ッ! くそッ! もう復活してッ──」
俺の一撃によって吹っ飛ばされていた狼の妖は、すでに起き上がりこちらに襲いかかってきていた。俺は、咄嗟に折れた刀で対応しようとしたが、そんなものでなす術もあるわけがなく、薙ぎ払われた爪によって俺は三度、吹き飛ばされてしまった。
「──ガアァァッ!!」
「珠生様っ!!」
吹き飛ばされた俺は、その勢いで師匠の治療を続ける香乃葉のすぐそばの瓦礫へと叩きつけられる。──あー、くそっ。あの野郎、馬鹿みたいに何度も何度も吹っ飛ばしてくれやがって。もう、体の中に痛くないところがねぇぞちくしょう。俺は、痛む体を無理矢理動かして瓦礫の山から這い出す。そして、折れた霊刀を地面へと突き刺す。その光景を見た狼の妖は、
「ドウシタ? 知ッテイルゾ、オマエラハ、ソノ爪ノヨウナドウグガナイト戦エナイノダロウ? 爪ガ折レテ、トウトウ、諦メタカ?」
と地面に突き刺さった折れた刀を指差して俺のことを嘲笑う。それに対して、俺は両腕を地につけ、体勢を低く構える。そして、
「違えよ、バーカ!! テメェを倒すのに霊刀じゃもったいねぇからな。……お前なんざ、俺の拳で充分だっつうことだよッ!!!」
俺がそう嘯いた、その瞬間だった──
「──ウ……ウワーン!! ウワーン!!」
辺りに、子供の泣き声が響き渡る。──泣き声っ!? ……どこからっ!? この辺りにはもう人はいないはず。なら、この声は一体……? 俺がその声が響いてきた方向へと、顔を向ける。──だが、そこにいるのは……
「……師匠?」
右手を失い倒れ伏した師匠だけだった。しかし、師匠は意識を失っているし、大の大人だ。子供の声がするわけがない。ならば……? そんなことを考えていると香乃葉が、
「──いえ、待ってください! ……これはっ!!」
何かに気づいた様子で倒れている師匠の上体を動かす。そして、その体の下から何かを抱き出す。──そこにいたのは、竹松さんの息子の竹一くんだった。師匠の体の下で気絶していたのだろうが、さっきの俺が吹き飛んできた時の轟音で目が覚めてしまったのだろう。今も、香乃葉の腕の中でワンワンと泣いていた。
突然響いた大きな泣き声に、狼の妖は動きを止めて、様子を見ていたようだった。しかし、師匠の体の下から出てきて香乃葉の腕の中で泣き腫らす竹一くんの姿を訝しげに見つめる。そして、はたと思い出したような顔をすると──
「──グハハッ……ククッ、グハハハハハハッ!!!!」
と、竹一くんの泣き声が掻き消えるほどの声量で笑い出した。
「──何がおかしい?」
俺は、突然笑い出した妖に対してそう問いただす。すると、より一層大きな声で笑い出した妖は──
「グハハッ! ナニ、ソイツノヤラレザマヲ思イ出シタダケダ。ソコデ倒レテイル、忌々シイヤツノ、ブザマナサイゴヲナァッ!!」
と、師匠を指さしてそう笑う。その様子は、人生で最も面白かったものを思い出して笑っているような、そんな顔だった。だが、そんな顔よりも気になることがあった。師匠の体の下から出てきた竹一くんを見て笑い出したコイツ。師匠は竹一くんを守るように倒れていた。まさかコイツ──
「……今。なんて言った……?」
「──ン? モウ一度言ッテ欲シカッタカァ……? 何度デモ、言ッテヤルゾ? ソイツノブザマナヤラレザマハ、ヨク覚エテイルカラナァ。
ソイツハ、俺ト戦ッテイル最中ニ、突然ワメキダシタ、ソコノ小サイヤツヲ見タ途端、技ニ勢イガナクナッタ。ダカラ試シニ小サイヤツヲ狙ッテミテヤッタンダ。グハハッ、ソウシタラコイツ、ドウシタト思ウ?
──グハハハッ! ソイツ、ソノ小サイヤツヲ庇ッテ前足ヲ吹キ飛バサレヤガッタッ! グハハハハハハッ!」
妖の醜悪な笑い声が辺りを木霊する。どうやらこいつは、俺の神経を逆撫でするのがやたらと好きらしい。
「──てめえ。ふざけたことばっか言ってんじゃねぇぞ? 師匠はてめえから竹一くんを守り切ったんだろうが! それのどこが惨めだってんだッ!! あぁッ!!?」
俺のその叫びに妖は何を言っているのかわからないようだったが、俺の顔をみてまたも何かを思い出したように、その薄汚い笑みをさらに深めた。
「──ナニヲ言ッテイル……? 己以外ヲ守ルコトナンゾ、ナンノ意味モアルハズモ無イダロウ? ──ン? アァ。ソウ言エバ、オマエト最初ニ出会ッタ時ニモ、イタナァ。オマエヲ庇ッタヤツガ。俺ノ攻撃ヲ邪魔シヤガッテ、全ク忌々シイヤツダッタナ。ダガ、アレモアノ時死ンダノダロウ? ナラバ、ヤハリ意味ナドナイデハナイカ!」
師匠だけでは飽き足らず、イヅナまでもを嘲笑う狼の妖。
その言葉を聞いた瞬間、俺の頭はいっそ清々しいほど静かだった。
「──もういい。もうお前は何も喋るな」
「──ハァ? オマエ、ナニヲイッテ──」
妖がその言葉を言い終わることはなかった。雷の霊力を纏った俺が、一瞬で妖の懐に入り込み蹴りを叩き込んだからである。吹っ飛んでいく妖を見つめながら俺は、それを呼んだ。この半年間一度も呼び出すこともできなかった。しかし、今は、今なら必ず呼べる──そう思った。
「来い、『威鳴』!!」
青い雷の紋様が記された白い鞘に納まったその刀は、俺の呼びかけに応じて俺の左手の中に現出した。──その刀の名前など聞いた覚えはなかったが、まるで最初から知っていたかのように、俺は自然にその名を口にした。俺が威鳴を鞘から引き抜くとそこには青い色をした美しい刀身が現れる。
俺は、威鳴の鋒を飛んでいった妖の方へ向ける。そうして、霊力を解放しながら宣言する。
「……そういや、前に会った時にも言ったよな?
──てめぇは俺がぶっ潰す!!!」
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身体中から青い雷の霊力を迸らせて、珠生はそう宣言した。彼から放出された霊力は、ただ放出しているだけにも関わらず、大気を振動させる。彼から放たれるその気迫は、彼女の仕える狐の女神のそれとよく似ていた。そして何より、彼の呼び出したあの刀。あの刀を呼び出す時、彼は確かに──威鳴と、そう名前を呼んだ。この国でその名を冠する刀など一振りしか存在しない。出会ったその瞬間から、ほぼ間違いないとは思ってはいたが、今、この瞬間!! 少女──香乃葉は確信した!! 彼が! 彼こそが!! 我らが200年待ち望んだ神の子供──『神子』であると!! そして、彼が神子であるならばもはや何の心配も意味がない。神子が神器の名を呼び、抜き放った。
それはつまり、神子の完全なる目覚め。真の実力が解放される瞬間なのだから──
香乃葉がそんなことを考えているとはつゆも知らず、次の瞬間には珠生の姿が消える。急いで目を向けてみればそこには──妖の頭を踵で蹴り付ける珠生の姿があった。そして、次の瞬間──ドゴォォッ!!という轟音が遅れて香乃葉たちの耳に届く。それは、稲光の後に雷鳴が轟く──『雷』そのものであった。──ちなみに、その轟音に驚いてしまったのか、香乃葉の腕の中で泣いていた竹一はまた気絶してしまった──
踵蹴りで妖を吹き飛ばした珠生は、次の瞬間には妖の背後に周り左手で妖を殴りつける。そして、また飛んでいきそうになった妖の後頭部を素早く掴み、地面へと叩きつけた。
「──グハッッ!! コ、コノ野郎……ナニ……シヤガッ……!」
「もう喋んなつったろうが」
珠生は妖の頭を掴んだまま持ち上げ、手を離すと素早く回し蹴りを頭部に叩き込む。吹き飛んでいく妖だったが地面に踏ん張ってその勢いに耐え切った。
「──フザケ、ヤガッテェェッ!! 俺ニ食ワレルダケノ、エモノノクセニィィィッ!!!」
妖は、刀狼という穢獣だった頃から持ち、数々の獲物を屠ってきたその刀のような爪で珠生へと襲いかかる。すでに威鳴を納刀し、構えをとっていた珠生は──
「我流 『雷星閃』」
「──ガァッ!」
静かな呟きとともに抜き放った居合斬りで妖の爪を見事に斬り飛ばす。そして、その勢いのまま妖の方へ向き直り、左手を地につけて勢いよく飛びかかる。
「我流 『隼雷』!」
先ほどの霊刀では防がれてしまった珠生の最速の一撃は、今度は何にも阻まれることなく妖の右腕を切り落とす。──妖は突然、自らの右腕が無くなったことに一瞬呆けた後、襲いかかる激しい痛みにのたうち回る。そして、この痛みを与えてきた珠生は、どこだと目を血走らせて探すのだがどこにも見当たらない。
「ここだよ、バーカ」
必死に探していた珠生の声は、自らの下から響いてきた。──いつのまにか珠生は自らの懐へと潜り込んでいたのだ。
「我流 『飛雷刃【逆雷】』ッ!!」
妖の懐から繰り出されたその突き上がる雷のような攻撃は、妖の体をはるか上空へと吹き飛ばした。すかさず珠生も地面を強く踏み込むと上空へと飛び上がっていく。ものすごい勢いで飛び上がった珠生は、妖の体を越えさらに高く飛ぶ。そして、上昇が止まると、
「──終わりだ。くそったれ!」
と、妖に向けて言い放つ。同時に上段に構えられた威鳴に大量の霊力が注ぎ込まれていく。霊力を注がれ続け、青く光り輝く雷そのもののようになった威鳴で、珠生はその技を抜き放つ──!
「神技ッ!! 『神威鳴雷』ィィィィッッッ!!!!」
放たれた神技は、凄まじい青い光と轟音と共に妖の体へと襲いかかる。その威力は、妖を軽々と切り裂いた後、その方向にあった地面を叩き割りおよそ200メートルに渡って深く巨大な地割れを形成する。割れた地面は神技の放つ雷の霊力の熱量によって石や土が溶けて煮えたぎりまるで溶岩が噴き出したかのようにグツグツと音立てていた。さらにその余波によって、その地割れの左右にあった建物は全壊してしまうのだった。そんな攻撃をまともに受けた妖は、頭から胴まで真っ二つに切り裂かれた後、迸る雷の霊力を受け、その体は塵ひとつも残さず一瞬で焼け消えてしまうのだった──
神器を放った張本人である珠生は、軽やかに地面に着地すると、威鳴を鞘へと納刀する。そして、威鳴を消すと倒れて治療を受けている重衛の方へと振り向くと静かに笑いこう言った。
「──勝ったよ、『師匠』」




