第2話 少年と狐
ッはい! どうも〜、現場の俺です。ただいまですね、どこかもよくわからない山にいます。一体、ここはどこなんでしょうか! …………ほんとに、どこなんでしょうか?
──というわけであの熊倒してから数時間、俺は完全に遭難していた。……いや、遭難はもともとしてたか、アハハハハッ──いや、笑えねぇよ! あー、そんなこんなで現実逃避をしながら俺は、山の中を彷徨っていた。ほんとにここはどこだよ。あの熊から逃げ回ったときに、自分で思ってたよりも長い時間逃げ回ってたようで俺は元いた場所への戻り方を見失っていた。さらにあの後も何度か獣に遭遇して進路を変えてるからなぁ、もはや今いる場所すらもよくわからなくなっていた。──しかし、俺だってただ迷っていたわけじゃない。いくつか、俺の現状について気づいたこともあった。
1つ、俺の気配を消す力、察する力はかなり高い。俺が意識して気配を消し相手から隠れると相手はほとんど気づくことができないようだった。また相手の気配は、相手がこちらに気づく前、相手が近づいてくる前に気づくことができた。このおかげで俺は獣に気づかれる前に逃げることができた。
2つ、俺の身体能力はかなり高い。というより、人間離れしている。子供が、いや普通の人間が山で熊から走って逃げれるだろうか、刀を持っていたとはいえ熊の腕を弾くことができるだろうか──否、無理だろう。あの後2回、俺の気配に気づいためざとい獣と戦ったがあの刀を抜くまでもなく俺の拳のみで倒すことができた。そう考えると命懸けだったとはいえ、あの熊には悪いことをしてしまった。成仏してほしい。
3つ、俺の記憶はどうやら2つの記憶が混じり合っているらしい。1つは今の俺にかなり影響を与えている記憶、これはどこか遠い時代のような気がする。もう1つはおそらくこの体の記憶なのだろう子供の記憶だった。と言っても、どちらの記憶もかなり掠れてしまって思い出すことができなかった。1つ目の記憶は記憶というより知識に近いし、2つ目の記憶、この体の記憶に関してはほとんど全くと言っていいほど残っていなかった。そして、1つ目の記憶の知識によるとこの世界は、おそらくその記憶の世界とは別のファンタジー世界ってやつなんだろう。だって、その世界にこんな身体能力の子供も突然現れて消える刀もなかったし! ──まぁそんなこんなで考える時間だけはあった。今の状況を整理するには十分なくらいには。
──と、そんなことを考えているとふと、視界の端に洞窟を見つけた。そろそろ日も暮れそうだ。
ここが安全そうならここで、一晩明かすとしよう。洞窟に近づいて中を覗いてみると、そこは人1人が入れるくらいの小いさな洞窟だった。奥行きもそれほど深くなく、ここなら大きな獣も入ってこないだろう。一応、あたりの木々や葉を集めて入り口を少し隠しているとすっかり、日も暮れてしまっていた。俺は、洞窟の壁にもたれかかり目を閉じるりすると、疲れもあったのだろうすぐに眠りについていた。
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翌日、俺は洞窟に注ぎ込む日の光で目を覚ます。あー身体いてぇ。さーて、今日も元気に川を探すとしますかね。っていうかほんとにそろそろ川を見つけないとやばい。何がやばいって、俺に昨日から何も飲み食いせず山を駆けずり回ってるんだよね。このままだとやばいので、そろそろ本気で川を探すとしよう。と、意気込んで歩き始めたのだがどうしようもねぇ。何がどうしようもないって、水の音が全然聞こえない。どこをどう歩いてみても、とんと水の気配がねぇ。あー、なんか頭がくらくらしてきた。
ふらふらとした足取りで、木々の間を彷徨っていると視界の端に何か動くものをとらえた。──ッまずい、獣に気づかなかったか! と、そこから距離を取り先ほどの場所を凝視してみる。すると、そこにいたのは狐だった。狐だったとしても獣は獣、どうしたものかと警戒していると、
「コンッ」
と狐がひと鳴きして、どこかへ歩き始めた。俺にはまるでついて来いと、そう言ってるように聞こえた。何故だろうか、俺はその狐に対して悪い感情は抱けないような気がした。狐は俺を先導するように歩いていき、時たま俺の方へ振り向くと、俺がついてきているかを確認しているようだった。
そうしてしばらく歩いていると、ふと耳に小さな音が耳に入ってきた。しかし、俺にはその音がなんのかはっきりとわかった。刹那、俺は走り出す。音がだんだんと大きくなり、俺の考えが正しかったことに感心した頃、木々がを抜け目の前にその光景が広がった。それは俺が望んでいた光景──川だった。俺は飛び込むように川へ近づき、手のひらで水を掬い上げて水を啜った。あー、生き返る。ほんとに死ぬかと思ったよね。もうちょっとでぶっ倒れるとこだったわ。と、喉を潤したところで背後に振り返り、狐へと礼を言った。
「ありがとう! 本当に助かった!」
「コンッ!」(どういたしまして!あなた様の力になれてよかったです!)
いやー、狐がいいやつで助かった。俺が水不足なことに気付いてこんなとこまで連れてきてくれるなんてなー、しかも俺の役に立てて嬉しいって…………いや、ちょっと待てよ?
「え……? 今、俺お前の言ってることわかった?」
「コンッ!」(伝わっているようで何よりです!)
「いやいやいや、何よりじゃねーよ?! なんで動物の言葉が伝わってんだよ俺」
「コンッ!」(あなた様はシンシ様ですから!)
「しんし?ってなんだ? それだったらお前らの言葉がわかるのか? でも、熊とかと会ったけど別に何言ってるかわからなかったぞ?」
「コンッ」(シンシ様が何かはわかりませんがあなた様をお助けしろと我々は、代々仰せつかっております)
んー、なんだかよくわからんが俺はシンシとかいうやつらしい。そして狐はそれに仕えるものらしい。なんか、本格的にファンタジーって感じになってきたな?
「まぁ、細かいことはいいや。ともかくありがとな! また会ったらお礼するよ!」
「コンッ!」(お礼なんて滅相もございません。あなた様の力になれて何よりです。それよりも、お願いがございます。僕を連れて行ってくださいませんか?)
「え?お前、この山に住んでるんじゃねぇの?俺についてきていいの?仲間とか」
「コンッ」(もとより僕はこの山で一匹の身。行く宛などございません。それよりも人と話せるあなたについて行って人の世というものを見てみたいのです)
「なんかおまえ、随分と賢い狐だなぁ。まぁ、そもそも意思疎通できてる時点であれだけれども。んー、人の世を見たいかぁ。俺、山下りたあと何するか決めてねぇんだよなぁ。というかそもそもどこに行けばいいのかわかんねぇし。どうしたもんかなぁ。……あー……うー、うん、そうだな、後で決めよう。お前もそれでいいならついてくるか?」
「コンッ」(はい! 僕はそれで構いません! よろしくお願いしますね!)
「よし、じゃあこれからよろしくな! えーと、お前名前はなんていうんだ?」
「コンッ」(名乗りもせずに申し訳ございません! 僕はイヅナと申します。)
「俺は……どうしよう。俺、名前ねぇや。まぁ、とりあえずナナシとでも呼んでくれ。改めて、よろしくなイヅナ」
「コンッ!」(はい! よろしくお願いしますね! ナナシ様!)
こうして、俺とイヅナの2人旅が始まったのである。──というか、狐にも名前あんのに俺、やばくね?