第18話 救援
つきに襲いかかっていた穢獣を一刀で斬り伏せた青年は続きざまに近くにいた穢獣を斬りつける。そして、俺も頭に疑問を浮かべながらも他の穢獣へと対峙する。
「あんたが何者かはしらねぇけど、助けてくれるっていうならありがてぇ。そっち任せてもいいかッ!」
俺が目の前の穢獣を切り倒しながらそういうと、
「ああ! 最初からそのつもりで来てるッ!! こっちは任せてくれッ!!」
と、謎の青年もそう答え、お互い二手に分かれて穢獣を斬る。俺たちは目の前の穢獣を斬り続け、互いの最後の相手に、
「我流 『雷星閃』ッ!!!」
「木霊流 『柳』!!」
俺は居合技を、そして青年はカウンターでそれぞれ止めをさす。そして、穢獣を倒し切ったことを確認しながら刀を納刀して互いに目線を向ける。
「──ありがとう。この数はちょっときつかったんだよ、助かった。──俺は、珠生。あんたは?」
そう言いながらを片手を青年に向けて差し出す。青年は、一瞬驚いたような顔を浮かべる。しかし、どこか納得したような顔をし、一つ笑みを浮かべると、
「俺は稲守 樒真。気にしないでくれ。こんな状況だからね、助けに入るのは当たり前だよ。」
差し出された俺の手を握り返しながらそう言った。──しかし、稲守 樒真か、……聞いたことない名前だな? 重衛のおっさんには、俺たち以外に霊術を使えるほど霊力の強い人はいないと言ってたな。──と言うことは、だ。この人は、外からこの村にやってきたってことだな。
──と、そんなことは後でいい。今はそれよりも、だ。俺は、安心して力が抜けたんだろう。すぐそばにへたり込んでいる竹助たちへと駆け寄る。
「お前ら、大丈夫かっ!?」
俺がそう言うと、竹助はこちらの方へと顔を向けて力なく笑う。
「ああ、ありがとな。俺たちは大丈夫だよ、お前とそこの兄さんが助けてくれたからな」
「……そっか、それなら良かった。──でも、お前らなんでこんなところにいるんだ?」
「あの穢獣どもがこの村に現れた時、俺たちは村の畑で3人で手伝いをしてたんだけどさ。突然、俺たちの周りに穢獣がいっぱい現れてな? 必死で逃げて、気づいたらこの高台まで来てて、追い詰められちまったってわけだよ」
──なるほどな。きっと、穢獣が村に襲いかかったせいで村のみんながパニックになっちまったんだろうな。だから竹助たちで、逃げてこんなところに追いやられちまったってことだな。とにかく3人が無事でよかった。なら、次にやることは──
「とりあえず、ここはもう大丈夫そうだな? 俺の住んでる重衛のおっさんの家を避難所にして、今みんなが避難を行ってんだ。だから、3人も早くそこへ避難してくれ」
俺がそう言うと、竹助たちはその言葉に驚いたように俺の方を向いた。
「俺たちも……って、お前はどうするんだよ!?」
「──まだこの村には、大量の穢獣が残ってるからな。これ以上、この村に被害を出すわけにはいかねぇ。とりあえず、ここには樒真さんが来てくれたからなんとかなったけどそれでもまだあの数に対抗するにはまだ人数が足りない。
なら、俺もまだまだ戦わないといけねぇからな」
「ちょっといいかな? ……それについては、安心してくれ。なんとかなると思うよ?」
俺の言葉に反応した樒真さんが俺と竹助たちの会話に入ってくる。なんとかなる──って、どう言うことだ? この村を守りきるにはまだ戦力が足りな──!
「……もしかして樒真さんって、何人かでここに来たのか?」
「──ああ。俺を含めた6人とも、霊術士だよ。だから今頃──」
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「うわぁぁっ! 誰か、たすっ──」
村の家々が立ち並ぶ辺りを逃げていた男は、背後から迫ってきた穢獣によって、今この瞬間その命を散らされようとしといた。しかし──
「ハァァッ!!」
突如現れた少女──楓によって、一刀に伏される。楓は近くにまだ隠れている穢獣がいないかを確認した後、刀を納刀して男を助け起こす。そうしてそこから男を逃すと、楓は更に他の場所の救援へ動き出すのだった。
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こうして現在、この村では樒真たち神子捜索部隊による救援が行われていた。それは、この村の西側でも同じだった。
「紅音さんっ!! 右から三匹、来ますっ!!」
「わかった!! 香乃葉ちゃんも、そっちお願いっ!!」
弓矢で穢獣を射りながら穢獣の場所を察知し伝達する香乃葉と、それ聞き即座に返事をしながら穢獣を斬り裂く紅音。見事な連携で、穢獣を倒しながら村人を華垣家まで導いていくこの2人は、ほんの数分前に出会ったばかりであった。
珠生と重衛と別れ1人、村の西側へと救助に向かった紅音は、そこで救助した村人たちを避難場所へと案内していた。しかしそんな最中、1人の村人が足元に散乱した瓦礫に足を取られ躓いてしまう。それによって後ろから近づいていた穢獣に追いつかれそうなってしまう。すかさず気がついた紅音が助けに走るが邪魔をするようにもう一体の穢獣が現れて、道を塞いでしまう。
万事休すかと思われたその時、弓矢を持った香乃葉が現れ村人に襲い掛かろうとしていた穢獣の頭を一本の矢で威貫いた。香乃葉は、|自身の持っていた弓矢を消す《・・・・・・・・・・・・・》と呆気に取られている紅音の目の前まで走っていき、協力を申し込んだ。そして、それを受け入れた紅音は、香乃葉と共に現在、村人たちを華垣家まで連れて戻ろうとしている──と言うわけであった。
「紅音さん。避難場所まで後どれくらいなのでしょうか?」
香乃葉は、背後の村人たちを一目見ながら先導する紅音にそう問いかけた。現在、紅音たちについて避難している村人たちは20人を超える。これだけの数を連れていれば嫌でも目立ってしまう。これ以上長距離の移動ともなればもう少し気合を入れて望まねばいけないと言うところだった。
「大丈夫、もうすぐ──っほらっ!!」
紅音は走りながらも、視界にとらえた自らの家を指差して香乃葉の方へ顔を向ける。香乃葉は、紅音が指差した方角にある建物──華垣家を見ると、
「……なるほど。これは中々」
と、1人ごとをつぶやく。目の前に見えるその建物は普通の人々が見ると一見、ただの茅葺き屋根の一軒家にしか見えなかった。しかし、霊力を持つ人々──それも、儀式や街の妖や穢獣避けの結界に関わる神社の巫女である香乃葉にとって、その建物は驚嘆に値する物であった。その家は敷地を覆うように結界が引かれ、更にその内部の建物本体には更に協力な結界が施されていた。流石に稲魂神社本社の結界には及ばないが、それでも大抵の穢獣では歯も立たないような堅牢な作りをした結界であった。
(おそらく、この結界を張った紅音さんのお父様は万一の状況に備え自らの家に結界を張ることで、自身の家を村の緊急避難場所とするつもりだったのでしょう。
そして、これだけの結界を施すことができると言うことは、かなり高位の家の出身。お父様やお兄様がおっしゃっていた、日垣 重衛と言う方で間違い無いのでしょうね)
香乃葉が内心でそんなことを考えているとはつゆも知らず、華垣家へと辿り着き他にも集まってきている村人たちを確認していた紅音は、人混みの向こうからこちらへ向かってきている一団を発見する。
「──! あっ! 珠生だっ!! 竹助たちもいるってことは、見つけてきてくれたんだっ!! ……あれ? でももう1人の人は知らない人だなぁ?」
紅音のその言葉の中に聞き逃せない名前を耳にした香乃葉は、慌てた様子で紅音へと問いかける。
「っ!!! 紅音さんっ!! あ、あの!! 今、た、珠生とっ!?」
「──わっ!! 急にどうしたのっ!? 珠生って言うのはうちに住んでるお父さんの弟子の珠生くんだよっ?」
「その方はっ、どちらにっ!?」
それを聞いた紅音が驚きながらも家の入り口の方へと指をさす。その指の先の方を見てみるとそこにいたのは、自らの兄である樒真と村の子供であろう3人を連れた、腰に霊刀を携えた青い瞳の少年であった。
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樒真さんの話によって救援がたどり着いていることを聞いた俺は、一度竹助たちと共に華垣家へと向かうことに決めた。そろそろ、他の場所に向かったおっさんと紅音、それに竹松さんたち村の自警団の人たちも華垣家へと向かっているかもしれない。一度華垣家で、情報共有をしておいた方がいいだろうという考えだった。
そうして、一度華垣家へと戻ってきたんだが……紅音の隣に見たこともない女の子がいるな? 歳は俺や紅音と同じ10歳ごろだろうか。その少女は髪を短めに切り揃え、俺や樒真さんと同じ青い瞳をした端正な顔立ちで巫女服を着た清らかな雰囲気を纏った少女だった。──しかし、なんだ? この女の子、やたらと俺のことを凝視してきてるな。樒真さんに名乗った時もなんか、意味ありげな反応をされた気がするし、多分この子は樒真さんの仲間の1人なんだろうけど、この人たちは俺になんかようでもあるのか? ──そんなことを考えていると紅音から声をかけられる。
「珠生! お帰りっ! 無事でよかった。こっちは大体の避難は終わったよ! そっちはどうだった?」
「おう。こっちも大体の避難は完了してる。そこの樒真さんにも助けてもらったしな。それで、一旦戻って情報共有を……と、思ったんだけど、そっちでも色々あったみたいだな?」
そう言って、俺が巫女服の少女へと目を向けると、視線に気づいた少女は柔らかく微笑んだ後、こちらを向いて口を開いた。
「初めまして、珠生様? 私は、稲守 香乃葉と申します。珠生様と一緒に参りました樒真の妹にございます。以後、お見知りおきを。」
香乃葉と名乗る少女はそう言い終えると、いつのまにか少女の後ろに控えていた樒真さんに目配せをする。それを受け取った樒真さんは一歩前に出て、
「改めて自己紹介をさせていただきます。私は、稲守 樒真と申します。稲魂神社の次期宮司を任されております。この村へは、私と妹を含む6人である調査で訪れる予定でした。しかし、道中の山の中でこの村の方角に煙が見えたので急いで救援に参ったと言うわけです」
と、自己紹介と自分達の簡潔な状況説明を行った。……何故か、急に敬語で。……ふぅ。……うん、なんで急に敬語になったのかも気になるし、他にも諸々神社とか調査とか気になるワードもあったけど、一旦全部飲み込むことにしよう。だって今、それどころじゃねぇし!!
とりあえず疑問を一旦全部忘れることにした俺と紅音は、香乃葉さんと樒真さんに自己紹介をすることにした。
「俺は、名前は珠生って言います。この家の持ち主の華垣 重衛って人に弟子入りして、霊術の修行をしてます。それで、こっちが──」
「華垣 紅音ですっ!! 珠生と一緒にお父さん──華垣 重衛から修行を受けてますっ!」
こうして、俺たちは互いに自己紹介を終えて、現在の状況の共有を行なった。俺たちがこの村に戻ってきたこの村の北側──木影山の麓にあるこの家と俺たちが向かった東側と西側については、ある程度の避難と穢獣の退治が終わっているようだ。それに、俺たちの後に木影山からこの村に入ってきた樒真さんたちの残りの仲間の4人も、ありがたいことに今ここに姿が見えないと言うことは村の各地に分かれて村人の救助と穢獣の退治を行なってくれていると言うことだった。
情報共有も済み、これからそれぞれがどう動くかと言うことを話し合おうとした瞬間だった。
──ドゴゴゴオォォォン──
と言う轟音と共に、
「ヴオ゛オ゛ォ゛ォ゛ン゛」
と言う、とてつもない唸り声が村の中心部──村長の家の方から村中に響き渡った。
俺は、その声を聞いた次の瞬間には、無意識にその方向へと走り出していた。──何故だろうか。この声を聞くと嫌な胸騒ぎがする。そう、あの時──イヅナを失った時と同じような胸騒ぎだ。唸り声の方へ突然走り出した俺の背後から何か声が聞こえる。
「ちょっ!? 珠生っ!!? いきなり、どうしたのっ!?」
「──っ!! 紅音さんとお兄様は待っていてください!! 珠生様は私がなんとかしますっ!!」
どうやら、紅音と香乃葉さんの声のようだ。はっきりとは聞こえなかったが、どうやら香乃葉さんは俺を追いかけてきているようだ。だが、今の俺にはそんなことを気にしている余裕はなかった。とにかく、自分にできる全速力で走った。何故かはわからない。けど今、この胸騒ぎに従わないと後でとんでもない後悔をすることになる──そんな、確信が俺の中にあった。
そうして、全速力で村の中を走り抜けた俺は、村長の家の近くで──それを見つけた。
信じたくはなかった。
信じられなかった。
だが、それは確かにそこに倒れていた。
それは──
血でできた水溜りの上に倒れ伏す右腕を失った師匠の姿だった……