第16話 間話 掴んだ手がかり
神子がそこにいたという痕跡を木槌山にて発見した樒真たち捜索隊一行は稲魂神社の分社へと戻ってきていた。
「神子様はあの木槌山の奥、最初に稲霊姫様が神子様を確認されたあの場所付近で目覚められたのでしょうか」
樒真の従者である楓は対面に座る自らの主に、そう問いかける。稲霊姫命よりもたらされていた情報から神子が稲霊姫の元を出てより数時間のうちに神器を使用したというのは間違いがなかった。
「それは間違い無いだろう。そしてその後、数日かけてあの2回目に確認された場所まで移動した。……なら、神子様がこの街まだ降りてきているのはほぼ間違いがないだろう」
「ならば──」
「ああ。これより神子様の捜索を本格的に開始する。神子様の情報はまず、性別は不明。そして、当たり前だが我々と同じ木気を持つ青い瞳、歳は香乃葉の年齢を考える5つから、15までというところだろう。
なんとも、曖昧な情報しかないけど、これで探すしかないだろうね。まずはこの町で情報収集を行い、徐々に範囲を広げていくことにしよう」
「ハッ! では、この情報を捜索隊の残りの3人へと共有、然るのちにこの街での捜索を開始します」
「そうだね。とりあえずは一年を目処にこれで様子を見てそれでも発見できないようならまた次の手を考えようか」
こうして、樒真たち一行による神子捜索隊は本格的に行動を開始した。まずはこの町に住む人々へと青い瞳の人物を見たことはないかと、聞き込みをしたがめぼしい情報を得ることは叶わなかった。
なにしろ、ここは東木道。木行を司る狐の女神稲霊姫命が加護を与えた地である。いくら、この七縁国が島国で黒い瞳が多いとは言っても、青い瞳もそれに次ぐ多さを誇っていた。このような状況では青い瞳を持った5歳から15歳の生別不明の人物など探しようがなかった。しかし、全く手掛かりがないわけではない。東木道の街道は木霞山脈を避けてまわり込むように敷かれている。そのため槌田原は人が訪れることはあまり多くない。ましてや、木霞山脈から突然現れた人間など誰かが覚えていてもおかしくないというわけである。
こうして、槌田原にて捜索を続けた一行であったが1ヶ月経っても優良な情報が得られることはなかった。これにより、本格的に槌田原に腰を据えて捜索することにした樒真は本社より自分の仕事場をこの槌田原の分社へと移し、そこで仕事を行なっていた。なにしろ、樒真は稲魂神社本社の次期宮司、つまりは稲魂神社の跡取りである。現当主である父の柳宗ほどではないがそれでも、彼が行わなければならない仕事が大量にあった。月に一度の定期報告以外の間は、この槌田原に留まり本来の仕事をこなしながら神子の捜索を行う。
こんな生活が半年も続いたある日、その日も日々の業務を片付けていた樒真のもとに捜索隊のうちの1人が駆け込んできた。
「失礼致しますっ!」
「突然押しかけてどうしたのです! 若様に失礼でしょう!」
樒真のそばに控えていた楓が声をあげる。
「まぁ落ち着け、楓。そんなに声をあげることもないだろう? それで、そんなに慌てて飛び込んできて? 何かわかったことでもあったのか?」
「ハッ! お騒がせしてしまい申し訳ございません! しかし、可及的速やかにご報告しなければならぬと思い参上いたした次第にございます」
「うん。大丈夫だ、気にしていない。それよりも何かわかったのかい?」
「ハッ! 私はここ数日商人を中心に情報を探っていたのですが、そこで出会った旅商人の正吉という男が青い瞳をした少年を見たと」
その待ちかねていた報告に樒真は思わず体を前に乗り出す。
「本当か? それでその商人の方は今どちらに?」
「別室にて、待機しております」
「すぐに行こう! 案内してくれ。楓、お前もついてきてくれ」
「「ハッ!」」
こうして、2人を連れ立った樒真は、別室へと向かった。別室には、確かに1人の男が樒真を待っていたようだった。
「お待たせしてしまい、申し訳ございません。私は稲魂神社の稲守樒真と申します。横に控えているのは部下の楓と言います。」
樒真はその旅商人の正吉という男に自己紹介をする。そして続いて紹介された楓もお辞儀をして挨拶する。それに対面した正吉は樒真の名前を聞いた途端、目を見開いたかと思うと慌てて立ち上がり深く頭を下げる。
「──! 失礼いたしました! まさか、稲魂神社の稲守様とは存じ上げず。あっしはここいらで旅商人をやっております正吉というもんでさぁ」
「聞き及んでおります。正吉殿、どうぞ頭をお上げください」
樒真が正吉へとそういうと、正吉はその言葉に頭を下げながらブンブンと頭を振った。
「いえいえ、滅相もございやせん。稲守様といえば七縁の大家の方々の代理でこの東木道を治めておられるお方。あっしのような旅商人にはとても頭を上げて会話するなんてそんな失礼なことはできやせん」
「私自身はまだまだ若輩の身です。どうかお気になさらず」
そういうと、樒真は正吉の頭を上げさせる。
「……そう……にごぜぇますか?」
「ええ。そんなことよりも、です。正吉殿は我々の探している人物に心当たりがあるとか? よければお話しお伺いしてもよろしいでしょうか?」
樒真の言葉に、正吉はそうであったと思い出すように一つ頷いた。
「そうでございやしたね。確か、半年前ほどに突然現れた青い瞳をした5歳から15歳ごろの人物……でございやすね?」
「ええ、そうです。それで心当たりは?」
「ええ。1人心当たりがありやす。半年ほど前から三竹村の華垣の旦那の家で修行している珠坊なら、確かにその条件を満たしているかと」
「三竹村? それにその珠坊という方はどのような?」
と、樒真が聞くと、──それはですね、と正吉は窓の外の木槌山を指差しながら答える。
「三竹村ってのはあそこの木槌山とその向こうの木影山を超えた所にある地図に載っていない村なんですがね? そこで穢獣狩りをしている華垣重衛って旦那のところに半年ほど前に10歳ぐれぇの青い目の坊主が弟子入りしたんでさぁ。それが、珠坊こと珠生って坊主です」
「確かに、それは確かに我々の探している人物にとても近いようですね」
「しかし、珠坊のやつ何をやらかしたんですかい? 稲守様に追われているなんて。手前の勝手な印象ですがあの坊主は何かをやらかすようなやつではねぇと思うんですが。」
正吉が樒真にそう問いかけると珠生は一瞬目を見開いた後、穏やかに笑みを浮かべ首を横に振った。
「いえいえ、その人物は何かをしてしまって追われているわけではありません。少々、我々がその方に用事があるだけなのです。ですから、どうぞご安心を」
それを聞いた正吉は安心したように一度頷くと、立ち上がって挨拶をする。
「それを聞いて安心しやした。──申し訳ございやせんがあっしはそろそろ別の村に向かわなければいけねぇのでここいらで失礼させていただきやす」
「ああ。いえ、どうぞお気になさらず。こちらとしては有益な情報をいただけて感謝しかございません。どうぞ、道中お気をつけてお行きください」
「ありがとうごぜえやす。それでは、これで。またお会いすることがござやしたらまた何かお求めいただけるとありがたいことにごぜえます」
こうして、正吉は部屋を出て次の村に向かっていった。正吉を送っていったあと、樒真は楓たちに指示を飛ばす。
「一度本社に戻るぞ! 皆、用意をしろ!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「──何っ!? それは、本当かっ!? 樒真!」
「はい、父上。神子様は、おそらくその三竹村にいらっしゃるものと思われます」
数日後、樒真は正吉より手に入れた情報を柳宗へと報告に戻っていた。なにしろ、ようやく手に入れた有力な情報である。早急にじょうほうを伝える必要があったのだ。
「それにしても三竹村か? 聞いたこともない村だがなぜそのような所に?」
「どうやら、三竹村は地図にも載っていないような村のようなのです。
そして、神子様と思われるその少年はその村の華垣重衛という方に弟子入りしている。おそらくあの2度目の観測の後、華垣重衛なる人物と出会い行動を共にした──というところではないでしょうか」
「ふむ。なるほどな。……それにもしても華垣──重衛か。この名、もしや?」
「ええ。おそらくは13年前に失踪した南火道の名門──日垣家の──日垣重衛殿だと思われます。なぜ重衛殿がこの東木道におられるのかはわかりませんが彼がついているのなら今までの安全は確保されている──と見てまちがいないでしょう」
「ああ。しかし、我々としては一度神子にこちらに来て頂かなくてならん。日垣殿──今は華垣と名乗っておられるのだったな。も、一緒で構わんからこの本社までお連れしろ、樒真。
香乃葉、お前も共に行きその少年が本当に神子様なのかを確認してきてくれ。2人とも言ってくれるな?」
柳宗がそういうと、今まで柳宗と話をしていた樒真と同じ室内で話を聞いていた香乃葉が声をあげる。
「ハッ! 父上お任せくださいませ」
「はい、お父様。そのお方が神子様かどうか、しっかりとこの目で確認して参ります」
こうして樒真と香乃葉は、珠生が神子がどうかを確かめるために三竹村へと出発するのだった。