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第12話 竹助という少年

 村長宅を後にした俺たちは、村への挨拶回りを続けていた。そうして、何軒かの家を回り、次の家に向かおうと歩いている時だった。


「おいっ!! ヒョロガリ野郎!!」


と、後ろから声をかけられる。随分ないいように少しムッとしながら、後ろを振り向くと──


「──お前は。……確か、竹助?」


「おう、そうだヒョロガリ野郎!! お前、紅音に村を案内してもらってるんだってな?」


 竹助は、10歳の少年にしては確かにがっしりとした体格をしている。それに比べたら俺は確かに細身かもしれないが、それにしたって、ヒョロガリ野郎はねぇだろ!? ほんと、何で俺こいつにこんなに嫌われてんだよ!!


「──はぁ。だったら何だよ?」


「ふんっ。仕方ねぇからよ? 俺も一緒についていってやるよ!! お前が何をしでかすか、分かったもんじゃねえからなっ!」


「いらねえ。じゃあな。」


 そう言って、その場を立ち去ろうとすると──


「おう! そうか、じゃあな! ──っじゃねぇよっ!! てめぇ何かって立ち去ろうとしてんだ!!」


と、回り込まれてしまった。──だぁっ!! ほんっとに何なんだよこいつ!? 


「何なんだよ、お前!! 俺の何がそんなに気に入らねえってんだよ!?」


「ああ? 何って、全部に決まってんだろが、ヒョロガリ野郎!!」


「ヒョロガリ、ヒョロガリってそれしか言えねえのか!! このクソゴリラッ!!!」


「ゴリラって何だよっ!! この、ぽっとで野郎!!」


「でけえ猿だよ、この野郎!!」


「誰が猿だよっ!! ヒョロガリチビがっ!!」


「てめえに決まってんだろうが!! 脳筋クソゴリラッ!!」


「──2人ともそこまでッ!!」


 今にも殴りかかりそうになっていた俺と竹助の間に紅音が入り込んで止めにかかった。


「「だけどよっ!! 紅音!! こいつがッ!! ──あ゛ぁ゛?」」


「もうっ! だけどもへちまもないよっ! 道の真ん中で喧嘩しないっ!」


「──はぁ。分かった、もうやめる」


 俺はそう言うと両手をあげて降参を示した。


「……チッ。……紅音がそう言うなら」


 紅音にじっと目を見つめられた竹助も嫌そうながら、同意を示した。──ん? なんか竹助(あいつ)、顔赤くない? そんなに興奮してたか? ……っと、まぁいいや。無駄に時間をくっちまった。さっさと先に進もう。


 そうして、俺と紅音に竹助を加えた3人は挨拶回りを再開した。三竹村には本当にいろいろなものがあった。作物を育てる田畑はともかく、刀や農具を作るための鍛冶場に、家を建てるための大工や木こりに細工師、果ては、酒蔵なんてものまであった。本当にこの村だけで、生活が回るように作ってあるんだな? 


 小さい村だろうからすぐに終わると思っていたんだけど、思ったよりこの三竹村は広いらしく、結構な時間がかかってしまった。途中、鍛冶場の息子のごんたと細工師の家の娘のつきが、俺たちについてきて5人になった俺たちは、村中をまわった。その間も俺と竹助は一言も口を聞くことはなく、お互いの方へ目を合わすこともなかった。


 そうして、俺たち5人は最後に村の外れにある高台、そこの広場に来ていた。──絶景だった。そこから見えたのはまさしく絶景だった。空に傾き、山にかかろうとしている夕陽が村中を照らし、木霞山脈と三竹村が紅く染まって、どこか懐かしさを感じさせるようなそんな美しい光景が俺の目の前に広がっていた。


「すごいでしょ? ここ、私のお気に入りなんだよ?」


 この景色に見惚れている俺に、紅音がそう声をかけてきた。


「ああ……すごいな。──俺、こんなの初めて見た……」


「でしょー? 珠生なら気に入ってくれるとおもったんだよねっ!」


 すると、後ろから不満そうに声をかけられる。


「ふんっ! そんな景色(もん)見て何が楽しいんだよっ! ──それよりも。おいヒョロガリ! 俺と勝負しろ!!」


「ちょっと、竹助!! いい加減にしなって! なんか、今日変だよ……?」


「──ッ! 紅音は下がってろッ!! これは、こいつと俺の問題だ! 、で!? お前はどうすんだよ! ヒョロガリッ!!」


「どーするったってなぁ? 何で勝負すんだよ? ゴリラ?」


 なんかまた面倒なことになってきやがったなおい?


「──そうだな? じゃああの木まで競争にしようぜ! どうだ? ヒョロガリ!」


「あー、うん。身体能力の勝負(そういうの)ならやめておいた方がいいと思うぞ?」


 なんか、村の挨拶回りで忘れそうになっているけど今、俺第二段階の常態化の修行中だから第二段階を解除するわけにはいかねぇんだよ。って言うかそもそも、俺霊力使わなくても獣と倒せるぐらいには身体能力が人外じみてんだよなぁ。


 こんな馬鹿げた力で普通の人間──少なくとも、霊力は感じない──と勝負なんてできねよな。と、思っていたのだが、


「はぁ? 何だよお前、俺にビビってんのか? そう言って、勝負から逃げるつもりなんだろ? え?」


はぁ? 逃げる(・・・)? 俺が? …………ふざけんじゃねぇぞ?


「なんだと、この野郎! 言ってくれるじゃねえか。あそこの木までだな? いいぜ、やってやるよ……!」


「──もうっ! 珠生も、やすい挑発に乗らないっ! ほんとに、もう、お父さんに言っておくからねっ!!」


「おう。悪いな、後でちゃんと叱られっから今は見逃してくれよ」


「知らないっ!」


と、言い残し紅音は帰っていってしまった。……やっべえ絶対怒らせた。後でちゃんと謝っとかねえと


「おう、話は済んだかよ?」


 俺と紅音の会話が終わると竹助が話に入ってくる。俺の話が終わるまで待っていてくれたのだろうか? 案外、律儀なやつだ。


「あー、まぁ、うん。そうだな。さっさと終わらせようか」


「それじゃあ、始めんぞ? つき! ごんた! 審判を頼むっ!」


「「はぁい/わかった!」」


 そう返事が聞こえると、俺と竹助は位置に着く。──一応、霊力の放出は切っておく。とは言っても──


「よーい、どんっ!」


というつきの掛け声で、俺と竹助は同時に走り出す。しかし、その差は一瞬で開き、数秒もたたずに俺はゴールに決められていた木に辿り着いた。


「──は?」


「っうっそだろ?」


「すごーい! はやーい!」


との声が聞こえる──が。俺は、後ろをチラッと振り向き、


「っと! 悪い! 俺帰んなきゃだからっ! ごめん、またなっ!」


「おい、待てっ!」


俺は、後ろの聞こえる声を無視して、第二段階を発動し直すと全速力で紅音を追いかけるのだった。


「すっげえ。さっきよりも早えぞ?」


「竹ちゃん、あれは無理だよぉ。」


「…………くそっ!」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 俺が紅音に追いついた時、やはりと言うべきか紅音はかなり俺に怒っているようでしばらくの間無視していたが、家につき、食事をし始めた頃ようやく、


「──はぁ。もうしょうがないなぁ」


と、お許しをいただくのだった。


「ごめんな? 勝手にあんなこと始めちまって。でも、流石に俺でも霊力を使って勝負はしなかったぜ?」


「──! そうだったの!? それだったら何の問題もないね。私こそ、勝手に勘違いしてごめんなさい」


「いや、元はと言えば俺が安い挑発に乗っちまったのが始まりだったから、気にしないでくれよ」


「それは本当にそうだよっ! すぐに挑発に乗っちゃうんだからっ! 危ないことになっちゃうかもしれないんだから、もうちょっと注意しなさい! ──でも、これで仲直りだねっ」


「そうだな。俺も、もうちょっと色々と気をつけるよ」


 そんなことを話しながら、俺と紅音は夕飯を終え寝支度を整える。華垣家は、土間と居間、それから物置に分かれていて、俺は普段物置で寝泊まりをしているのだが、今日は紅音のお願いで居間で寝ることになった。多分、父親(おっさん)がいなくて寂しかったんだろう。ということで、俺は今に布団を敷きそこで目を閉じる。そうして、どのくらいたった頃だろうか。


「──珠生。起きてる?」


 紅音に声をかけられた。俺は目を閉じたまま、答える。


「──起きてるよ。どうした? なにかあったか?」


「……珠生に、ね……聞きたいことがあって……」


 そう言った紅音の声はどこか不安げ声色をしていた。


「──あのね? 珠生って目が覚めた時、山の中にいたんだよね?」


「そうだな」


「それでその時、熊や刀狼と戦った」


「そうだな?」


「──その時、珠生はどうだった?」


「……どうだった、っていうと?」


 俺は目を開き、紅音の寝ている布団の方を見る。しかし、紅音はこちらから見えないよう体勢を変えているようだった。


「えーっと、だから。熊とか刀狼──穢獣(ケガレ)と戦っていた時、どんなふうなことを考えてたのかなって。怖かったとか、必死だったとか」


「……どうして、そんなことを?」


 そう聞くと、紅音は一瞬ビクッと反応したように見えた。


「……えーっと、それはね。……私、まだお父さんに狩りに連れていってもらったことなくって。……それで、ちょっと気になっちゃったんだよね。……普段お父さんは山の中で何を思っているんだろうって。……珠生は山の中で何を思っていたんだろうって」


「連れていってもらえないのは、俺たちがまだ子供だからじゃないのか?」


「それは……わかってるんだけど。──そう、だよね。うん。いきなりこんなこと聞かれても困っちゃうよね! 急にこんなこと聞いちゃってごめんね? 全部、忘れてっ! アハハ」


「あの時は、最初は怖かったんだと思う」


 俺は紅音に背を向け目を閉じながらそう言う。すると背後で紅音が動いた気配がした。


「あの時は、目が覚めたら突然山の中だし、なんか記憶もないし。で、とりあえず町を目指そうとしたら、熊に出会ってよ? それで身の危険を感じて怖くなってさ必死になって逃げたんだ。でも」


「でも?」


「……でもあの時、熊に殺されそうになった瞬間。気づいたら霊器が俺の手の中にあって。んで、その瞬間なんかわかったんだ。」


「わかった?」


「そう。この体のことが何となくわかったんだよ。それから、()()()()()()()()()()()()()()()()。体で、と言うよりはなんか心と心が混じり始めたようなそんな感覚だった。

 それからは何と言うか急に熊が怖くなくなったって言うか。脅威を感じなくなってさ。それで霊器を使って熊を倒すことができたってわけ」


 そう、あの時俺の心で何かが起こっていた。それからは、何と言うか心が不安定だったと思う。感情が抑えられないと言うよりも、俺の性格そのものが定まらない──そんな感じがずっとしていた。でもあの時──


「珠生? ……寝ちゃった?」


「いや、ちょっと考え事してただけ。──えっと、……それで。ああそうだ。熊を倒した後、イヅナと出会ってからしばらくして、あの穢獣(ケガレ)──刀狼に出会った。

 あの時、刀狼と戦って思ったことは一つだった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

ただそれだけの気持ちが俺の中にあった。ただ、イヅナに救われた後は俺の中には怒りしかなかった。怒りのまま刀を振るって、それで俺は限界を迎えて倒れた。それが俺の覚えている山での最後の記憶だ」


 俺はあの時のことを思い出して、あの時の気持ち──想いを全て語った。


「そう──だったんだ」


「……そう、山での気持ちはこれで全部だ。でもさ、俺、山から帰ってきて思ったことがあるんだ。」


「……え?」


 紅音が目を見開いた気配がした。


「──あの時、この家で目覚めて、あの後のことを聞いた時、思ったことがあるんだ」


「……思ったこと?」


「強くなろうって。俺はあの時、イヅナと重衛のおっさんに救われた。そして生き残った。……それで、さ。イヅナに救われた恩をどうにか返してえって。そう思った。でもさ、イヅナはもういねえから、返せないんだよな、恩」


「……それじゃあどうするの?」


「イヅナが俺にしてくれたみたいに、いろんな人たちを俺が助けることにした。俺がたくさんの人を助ければ、俺を助けてくれたイヅナが間接的にその人を助けたことになるだろ? そうすりゃあちっとは恩にも報いれんだろ。

 でも、俺は、命を粗末にはできない。イヅナにもらった命だからな。──だから、強くなる。強くなって、命なんかかけなくても人を守れるようになる。……って今はそうおもってるんだよ。

 ……だからさ? 紅音。いいんじゃねえかな? 今は、連れていってもらなくったってさ。俺たちはまだ弱い。人を守るにも、獣や穢獣を倒すにも、力がいる。──だからさ! 一緒に強くなろうぜ! 紅音!」


「命を粗末にできないって、じゃあやっぱり簡単に挑発にのってかっかしたらだめじゃん」


「うっ。それは……そうだな……」


「……でも、そうだよね。うん、強くなる……か。それしかないよねっ! 珠生、ありがとっ! なんかすっきりしたっ! おやすみ!」


 そう言うと、また少しもぞもぞと体勢を変えた音がした。


「おう、おやすみっ!」


 そして、俺も目を閉じて徐々に思考がまどろんでいく。こうして、今日も一日は過ぎ去っていくのだった。

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