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第1話 神の愛子

 泥の海の沈んでいくようだった。意識がはっきりとしない。自分が何者かなのかすら分からず、何も見えず、何も聞こえない。ただ身体中に泥が絡みつき存在を、魂を底へ底へと引き摺り込まれていくようだった。魂を泥に飲まれ、かき消されていくような不快感に思わず声を上げようとするが、声も上げられずただ苦しみながらかき消えていく。このまま、自分は消えるのかと諦めようとした時だった。


 突如、身体に、存在に稲妻が走ったような感覚があった。稲妻を感じた次の瞬間には身体中に巻き付いていた泥が消えたのを感じた。相変わらず何も見えず聞こえないが、あたたかい光の中にいるような安心感があった。


「落とし子とは珍しいのう。ここまで迷い込んでくるとは、おぬしどこから来たんじゃ?」


 何も聞こえないはずの身体に声が響いていた。少女の声だった。その少女は神であった。見えた訳ではない、聞こえた訳ではなかったが、存在が、魂が神の存在をはっきりと感じた。女神は、こちらを覗き込んで観察しているようだった。


「──とは言っても魂だけの(その)状態では話すこともできんか。──む? おぬし……ッフフ……ハハッ……アハハハハハハッ! そうか! そういうことか! なるほどのう、そういうことなら神域(ここ)まで迷い込んでくるのも納得じゃわい。──さて、ようやく会えたのう? 妾のかわいいかわいい子よ」


 そう言うと女神は魂を掬い上げる。とても慈しみ、大事な割れ物を触るかのような丁寧な手つきであった。魂にはそして女神は息吹を吹き込み。魂に力を注ぎ始めた。すると魂を光を放ち始める。まるで、欠けていた一部が埋まり魂が喜びに叫んでいるようだった。


「これでよし、本当に待たせたものよのう。神には一瞬であったが、人には長い時間であったであろうよ。まさか、他所におったとは思わなかったがのう。しかし、これでようやく全員(・・)が揃う。これであやつらも喜ぶじゃろうて。おぬしもそう思うであろう?」


 女神は魂を抱えたままそばに流れている川へと向かう。そうして指を一振りするとそこに、草を編んだ作った船が現れる。そうして現れた船に魂を乗せた。


「──さて、おぬしよ。そろそろ現世に向かうがよかろう。妾が送ってやるでな、安心するが良い。現世に着いたら巫女を探すと良い。必ずおぬしの力になるであろうさ」


 女神は、魂を乗せた草の船を川に浮かべながらそう言った。そして、船から手を離す。船はその川を流れていく。まるで、自らの行き先がわかっているかのように。いつの間にか景色は変わりそこは川の上ではなかった、そこは山の上の空だった。すると、船は自らの役目は終わったと言わんがばかりに船は解け、草へと戻って風に消えていった。


 残された魂はしばらく宙を漂っていたが、やがて何かに引き寄せられるかのように、地上へと落ちていく。それは山に流れる小川、その近くに生えた巨木の側にあった。それは少年の遺体だった。山に捨てられたのか、親から逸れたのかは分からないがそこには1人の少年の遺体のみが巨木にもたれかかるかのように倒れていた。


 魂は、その身体へ目掛け飛び込むように入り込んだ。瞬間、少年の体が跳ね上がり、体が痙攣し始めた。その体のうちでは入り込んだ魂が体の魂と混ざり合おうとしていた。それはまるで、かけた半身をようやく見つけ1つになろうとしているようだった。やがて魂が完全に混ざり合い1つになると、次に肉体に反応が現れた。肉体は新たな魂に見合うようその器を作り替えていく。姿形はあまり変わっていないだろう。しかし、その内側では魂の強さ、大きさに見合うよう器は強く大きくなっていった。やがてその変化が落ち着くと、少年はその身を起き上がらせる。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 Q.目が覚めたら山の中のうえ、記憶がなかった時の心情を答えよ。──A.勘弁してくれよ、マジで。

周りを見渡してみても樹齢何百年もありそうな高い木々と、イワナとか住んでそうな清流しかない。いやー、大自然。…………なんでだよっ! 何があったらこんなとこに倒れてんだよ、何してたんだよ俺。しかも、なんか手足が小さい気がするし、着物着てるし。ほんと、もう勘弁してくれよ。


 とりあえず今の状態を確認するために川を覗き込んで、顔を確認する。そこには黒髪に青い瞳をした、10歳くらいの子供がいた。俺、大人だったような気がするんだけどなぁ。これはあれか? よくあるやつ(転生ってやつ)か? いやーでも、なんか元々子供(こう)だったような気もするんだよなぁ? ──考えても分かんねぇな。記憶喪失だし。


 とりあえずここにいても危ないだけだよな、移動するか。とりあえず川を下っていけば山を下りられるか? まぁそのうち町の方にもいけるだろ。




 こうして山を下りるために川を下り始めた俺だったが、とある事に気がついた。異様に落ち着いているのである。普通、こんな状況に置かれたら、死ぬほど慌てると思うんだけどな? なんでだろうな? と歩きながら考えていると、はたとその理由に気がついた。木の匂いだ。植物の匂いを嗅いでいると落ち着くのである。なんだ?ここの木にはリラックス効果でもあるのか? それとも、俺は植物が好きだったのだろうか。


 そんな些細なこと(しょーもないこと)を考えていた時だった。──何かの気配を感じ、あたりの草むらに転がり込む。そのまま息を殺し、気配をできるだけ消してあたりの様子を伺う。耳を澄ましていると、ある方向からかすかに獣の唸り声が聞こえた。音のした方を静かに覗き込んでみると、そこには、俺を食える獣()がいた。


 体長2メートルほどだろうか? 熊の大きさなんてものはわからないが子供の体(いまのおれ)にとっては、あまり関係のない話だ。(ヤツ)に気づかれないように先ほどまでよりもより気配を消そうと意識すればするほど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 そのおかげもあってか、ヤツはこちらに気づかず俺から離れて行こうとしていた。それを見ていた俺は、少し安堵した。安堵してしまった。少し、ほんの少しだけ気を緩めてしまった。


パキリ。


 重心が少し動いてしまった結果、足元の小枝踏んでしまったようだった。小枝の折れるその小さな音はこの山の静寂の中では、とても大きく響き渡っているようなように聞こえた。その音はヤツの耳にも入ってしまったのだろう。(ヤツ)が動きを止め、こちらへ振り向いた。


 次の一瞬のことはよくわからなかった。ヤツが襲いかかってくるのが早かったのか、俺が逃げ出すのが早かったか。若しくはそれは同時だったのかも知れない。俺は走った。脇目も振らず、ただ必死に。腕と足を千切れるほどに降り続けた。草むらを掻き分け、木の根を飛び越え、ただ追い付かれないように走った。ヤツはものすごい速度で追ってきてるようだった。だが俺は逃げていた。逃げられていた。──待て、どういうことだ?


()()()()()()()()()()()()


 子供()が|体長2メートルの肉食獣ヤツに追い付かられずに逃げられる? そんなことがあり得るのか? いや違う、そんなことを考えている場合じゃない。ただひたすらに足を動かせ。血管がちぎれるほど心臓を動かして、体から酸素がなくなるほど必死に。


 しかし、いくら逃げれるといっても追い付かれていないだけだった。徐々に息は上がり、速度は落ち俺とヤツとの距離は徐々に、だが確実に無くなっていった。そしてとうとう俺は、背を山肌にして追い込まれてしまった。


「……ハァ……ハァ……これは……終わったか?」


 (ヤツ)は、怒っているようだった。腹をすかしていたのかも知れない。さんざっぱら逃げ回った獲物()に腹を立て、睨みつけてきていた。ヤツは腕を振り上げ俺に襲いかかってきた。それを見た俺は少しでも身を守ろうとしたのだろう。右腕を突き出し目を閉じてしまった。そして襲いかかってくるであろう痛みに覚悟した。──しかし、覚悟したはずの痛みが俺に訪れることは無かった。不思議に思った俺は目を開いた。そこには──


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 熊は突如現れた太刀に困惑しているようだったが、俺には驚いている暇なんてものはない。俺は太刀で熊の腕を弾き、正気戻った熊の反対の腕の薙ぎ払いを横に身を翻してよけ、鬼との距離をとった。なぜだろうか、今の俺にはヤツと闘えるだろうという確信だけがあった。──さっきまで逃げ回ってくせに情けない話ではあるが──俺はヤツに向き合い刀を構えると(ヤツ)に告げた。


「散々逃げ回った上に悪いが、俺もまだ死にたくねぇんだ。次で終わりにしようぜ」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 ──女神は己の神器が抜かれたことを察知していた。神器が早々に抜かれた事に少々慌てはしたが神器が抜かれた事によって感じ取れる愛しい我が子の霊力とその側の霊力を感じすぐに落ち着いた。妖ならばともかく、獣風情では我が子を傷つけることすら叶わぬであろうと。むしろ、少年の居場所が早々にわかったのは僥倖であろうであろうと微笑んでいた。


「まぁ、問題はなかろうがよろしく頼むぞ? 威鳴(いなり)よ」


 先ほどの魂は何も見えなかったため気が付かなかったが女神はとても美しい外見をしていた。その肌には一切の曇りもなく、国宝級の絹のような白い髪からは狐のような耳が生えており、その美しい碧い瞳は蒼玉(サファイア)といっても差し支えがなかった。10代後半ごろであろうその顔つきはどこか彼女の子である少年と似た雰囲気があった。


 女神は、少年と熊の戦いから興味を移し、彼のことを自らを奉じる神社の巫女へと伝える信託の準備へと戻っていた──



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 それは一瞬の出来事だった。ヤツは右腕を振り上げこちらに向かって突進してきた。ヤツの右腕が振り下ろされる刹那、俺はその攻撃を半身で交わし、ヤツと俺が交錯する瞬間、ヤツの首めがけて刀を振り下ろした。振り下ろされた刃は、ヤツの首へと吸い込まれるように下りていき、


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 (ヤツ)は、俺に突進してきた勢いのまま少し進んで倒れ込んだ。俺は、少しの間熊の様子に警戒した後、


「……ハァ……ハァ……終わったか……?」


と息を呑んだ。息を整えた後、ふと右手に握られてままの太刀が目に入った。白い柄に青い刀身をした美しい太刀だった。俺は太刀なんてものは見たことがないはずだが、それでも美しいと思えた。その太刀は初めて握った武器──しかも、何やら不思議な──だったが、不思議と使い方がわかるような気がした。


 俺が刀を持っていない左手へと意識を集中した瞬間、左手に鞘が現れる。白い鞘に青い稲妻が彫られたこれまた美しい鞘だ。俺が鞘に刀を納刀した後、もう一度集中すると、刀はいつのまにか姿を消していた。だが、何故だか疑問はない。()()()()()()()()()()()()()()、そんな確信があった。俺は周囲を確認し、獣の気配がないことを確認した後また川へ向かって歩き始めるのだった。

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