夜の図書館:管理人の記録より「棚の間で見ていた」
この短編は、夜の図書館の管理人が残した記録です。
管理人は名を名乗らず、ただ静かに棚を見守ります。
訪れる者や持ち込まれるモノの行く先を変えることはありません。
けれど、その行方を知らぬふりをすることも──ほとんどありません。
──夜の図書館は、時に訪れる者を選ぶ。
港町の夜気が満ち、倉庫の壁が揺れるとき、私は扉を開く。
その夜に誰が訪れるのかは、私にも分からない。
けれど、モノの方は、よく覚えている。
真鍮の鍵が初めて棚に置かれた夜。
それは「忘れものの棚」に、ひっそりと眠っていた。
鍵は呼吸をしている。
それは生き物ではなく、物語として。
やがて、持ち主を探すようにして、棚から棚へと渡っていった。
川辺の夕暮れを越え、影の岸を越え、懐かしい扉の前まで──
その旅路のほとんどを、私は遠くから見ていた。
時折、モノたちは迷う。
進むべき道を、開くべきか否かを。
私はその選択を奪わない。
ただ、訪れる者の手が、正しい順に欠片を並べるまで待つ。
欠片が揃った夜、私は扉の前に立った。
あの人物の横に、私が立つことは滅多にない。
けれど、その夜はそうするべきだと思った。
「開けたら戻れないかもしれません。」
そう告げるとき、私の心に迷いはなかった。
なぜなら、戻れなくても進むべき夜があることを、私は知っているから。
扉の向こうで、何を見たのか──
それを言葉にするつもりはない。
物語は語られることで形を持ちますが、すべてを語れば影は消える。
ただ、一つだけ記しておく。
あの夜の光は、どの棚の灯りよりも、温かかった。
管理人は、夜の図書館のすべてを知っているわけではありません。
けれど、棚と棚をつなぐ道がどこに通じているのか──
それだけは、ずっと見守り続けています。
また次の棚、次の一冊で、お会いできますように。
廻野 久彩 (Kuiro Megurino)