夜の図書館:完結編「灯りの還る場所」
この短編は、夜の図書館の扉の向こうを描いた物語です。
川辺から始まった真鍮の鍵の旅は、影の岸を越え、懐かしい扉の前を通り、寄せ集めの机を経て、ついに扉を開きました。
その先にあるのは──棚のない空間と、一冊の巨大な本。
──夜の図書館は、物語を外へ還す。
白い光に包まれた瞬間、足元の感覚が消えた。
重力も温度もなく、ただ静けさだけが満ちている。
目を開けると、そこには棚もランプもなく、一冊の巨大な本が宙に浮かんでいた。
表紙は真っ白で、背表紙もない。
それなのに、確かに私の名を呼んでいる気がした。
後ろから、あの声が響く。
「ここは、灯りの還る場所です。」
管理人が立っていた。
足元のない空間に、いつもと変わらぬ姿勢で。
淡い瞳は光を映し、掴み所のない笑みを浮かべている。
「棚を渡り歩いたモノは、最後にここへ戻ってきます。
そして、自分がいた物語を選び直すのです。」
真鍮の鍵が掌の中で脈打つ。
それはもう冷たくなかった。
同時に、色褪せたリボンと片方のイヤリングも、光の粒となって私の周りに浮かび上がる。
管理人が本に手をかざすと、ページが一枚、音もなく開かれた。
そこには、川辺の夕暮れ、影の岸、懐かしい屋敷──これまでの景色がすべて繋がって描かれていた。
「この先は、あなたが開ける番です。」
言われなくても分かっていた。
鍵をページの中央に置くと、文字が光に変わり、本全体がゆっくりと溶けていく。
光の中で、誰かの声が重なった。
> 「見つけてくれて、ありがとう。」
> 「もう、待たなくていい。」
> 「行こう。」
足元に道が現れた。
それは図書館への帰り道ではなかった。
でも、なぜか怖くはなかった。
振り返ると、管理人が軽く会釈をしていた。
「また、別の物語で。」
光がすべてを包み込む。
真鍮の鍵は、川辺で拾われ、影を渡り、懐かしさを越えて、扉の向こうへ辿り着きました。
その旅は終わりであり、同時に新しい物語の始まりでもあります。
夜の図書館は、灯りを求める者がいる限り、また扉を開くでしょう。
また次の棚、次の一冊で、お会いできますように。
廻野 久彩 (Kuiro Megurino)