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夜の図書館:懐かしさの棚より「扉の前で止まった鍵」

この短編は「懐かしさの棚」に収められた物語です。


懐かしさは、時に鍵のように心を開ける。

けれど、その扉の向こうが必ずしも甘やかではないことを、知っている人もいます。


夜の図書館の奥、やわらかなランプの光が届く一角。

そこには、もう戻れない日々をそっと包み込むように並んだ本たちが眠っています。

挿絵(By みてみん)


──懐かしさは、時に鍵のように心を開ける。


港町に夜の帳が降り、灯りが潮風に揺れる頃。

古い倉庫の壁が淡く波打ち、扉が静かに開いた。


夜の図書館。


暖色のランプが棚の並びを照らし、その奥からページをめくる音がかすかに届く。

足を進めると、「懐かしさの棚」と刻まれた木札が見えた。


手を伸ばした瞬間、一冊の本が自ら前に滑り出る。

背表紙には何も書かれていない。

本を抱き上げた拍子に、何かがコトリと落ちた。


真鍮の鍵だった。


少し歪んだ歯。読めない刻印。

──間違いない。あの川辺で手にし、「影の棚」で再び見た鍵だ。


鍵を拾い上げた途端、視界がやわらかな光に包まれる。



目を開けると、古い屋敷の玄関に立っていた。

木の床は磨かれて艶を帯び、天井のシャンデリアがかすかに揺れている。

この場所を、知っている。

子どものころ、何度も走り回った屋敷だ。


廊下の奥から、笑い声が聞こえる。

けれど顔は思い出せない。

鍵を握りしめたまま、声のする方へ歩く。


右手の壁に飾られた写真立てには、知らないはずの人々の姿。

だが胸の奥がじんと熱くなる。

──これは、私の記憶なのか?


やがて辿り着いたのは、重厚な両開きの扉。

金色の鍵穴が、静かにこちらを待っている。


鍵を差し込もうとした、その瞬間。


扉の向こうから風が吹き、耳元で囁きがした。


> 「まだ、開けないで」


次の瞬間、視界が揺れ、足元が消えた。



気づけば、また「懐かしさの棚」の前に立っていた。

本は閉じられ、棚に静かに戻っていく。

手の中の真鍮の鍵は、まだ冷たい。

けれど、刻印の一部がわずかに読めるようになっていた。


──「ア」。


それが名前の一部なのか、場所の名なのかは分からない。

ただ、扉の向こうに続く道が、確かに存在することだけは感じられた。

懐かしさの棚には、もう戻れない日々をそっと包み込むような物語が眠っています。

その中には、まだ開かれていない扉もあるのです。


真鍮の鍵は、また一歩、何かに近づいたようです。

──けれど開けるのは、まだ少し先のこと。


また次の棚、次の一冊で、お会いできますように。


廻野 久彩 (Kuiro Megurino)

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