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夜の図書館:忘れものの棚より「川辺に残る鍵 」

この短編は「忘れものの棚」に収められた物語です。


ここには、言葉ではなく“モノ”が眠っています。

物語の中で置き去りにされた鍵や、渡せなかった手紙、失くした片方のイヤリング。

持ち主が現れるのを待ちながら、静かに棚の上で息をひそめています。


けれど、ときには──

読者がその“持ち主”になることもあるのです。


夜の図書館の片隅、ランプの光が届きにくい低い棚。

あなたが手に取ったそれは、本ではなく、何かの記憶の欠片かもしれません。

挿絵(By みてみん)



──静かな夜ほど、置き去りはよく目につく。


港町の灯りがひとつ、またひとつと消えていく頃。

古い倉庫の壁が淡く波打ち、扉が音もなく開いた。


夜の図書館。


足を踏み入れると、紙と木の匂いが迎えてくれる。

棚は迷路のように入り組み、どこかで小さなランプが瞬いていた。


ふと、低い棚の一角で足が止まった。


──「忘れものの棚」。


札にはそう書かれている。

他の棚と違い、背表紙のない本が並び、その間に物が置かれていた。


真鍮の鍵。

色褪せたリボン。

片方だけのイヤリング。

そして、ひときわ古びた写真。


無意識に、その写真を手に取った。

指先に、ざらついた紙の感触が伝わる。


写真には、知らないはずの風景が写っていた。

夕暮れの川辺、揺れる木陰。

その隅に、小さな影が立っている。


……胸の奥が、不意に疼いた。


次の瞬間、本のページがひとりでに開く。

そこには、誰かが置き去りにした時間が眠っているようだった。


指先から、川の匂いと風の音が流れ込む。


──そして、物語は始まった。



写真の中に、足音が落ちた。


気づけば、夕暮れの川辺に立っていた。

水面は赤く染まり、ゆるやかに流れている。

岸辺には風に揺れる柳の葉。

その向こうに、小さな影が背を向けて立っていた。


近づくと、それはまだ十歳にも満たない少女だった。

髪に結ばれたリボンがほどけかけている。

両手を川に向け、何かを投げ入れようとしていた。


「……それ、なに?」


思わず声をかけると、少女は振り返らないまま答えた。


「鍵。いらないから」


「捨てるの?」


「うん。でも、本当は……」


言葉がそこで途切れ、風に溶けた。


次の瞬間、空が暗くなる。

川面に、見覚えのない灯りが浮かんでいた。

それはランプのようでもあり、図書館の光にも似ている。

灯りは流れに乗ってゆっくり遠ざかっていく。


少女は、ふっと息を吸い、投げようとしていた鍵を手の中で握りしめた。


「……やっぱり、捨てられない」


そう言った顔を見たとき、胸の奥で何かが解けるような感覚があった。

知らないはずのその表情を、どこかで見た気がした。


その瞬間、視界が水面に吸い込まれた。



目を開けると、図書館の「忘れものの棚」の前に立っていた。

手の中には、さっき写真の中で見た真鍮の鍵がある。

冷たく、重い。

けれど、不思議と手放したくなかった。


本は閉じられ、背表紙のないまま静かに棚に戻っていく。

だが、鍵だけは残った。


棚の奥で、誰かの声が囁いた。


> 「……見つけてくれて、ありがとう」


振り向いたときには、声の主も、夕暮れの川辺も、もうどこにもなかった。


ただ、掌の鍵だけが確かに残っていた。

その重みが、忘れられていた時間の続きを知っているように感じられた。


「忘れものの棚」には、物語と共に置き去りにされたモノが眠っています。

それは持ち主が現れるまで、静かに棚の上で息をひそめています。

時には、読者がその持ち主になることもあります。


──あなたの手にも、いつか何かが残るかもしれません。


また次の棚、次の一冊で、お会いできますように。


廻野 久彩 (Kuiro Megurino)

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