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8 好きな子とテスト勉強しました

 六月に入り、定期テストが近づいてきた。高校に入学してから初めての定期テストである。

 中学生の時なら平均点以上を取れればいいと思っていたが、そうはいかない。

 以前花丘さんと昼ご飯を食べた時に神様たちに誓ったのだ。花丘さん考案のおにぎりを食べる代わりにテスト勉強を頑張りますと。

 その結果、無事に彼女特製のおにぎりを食べることができた。なので、僕はテスト勉強を頑張るつもりだ。

 別に信心深いわけではないが、やはり一度誓ったからにはきちんとやり遂げようと思う。

 そう考えていた時のことだ。

 


「はあ」

「樫山君、どうしたの?」

「ごめん、なんでもないよ」

「大丈夫? ため息をついていたよね?」


 花丘さんに言われて気づいたが、僕はため息を吐いていたらしい。よりによって好きな子と一緒に帰っている時にため息を吐くなんて僕は最低だ。

 けれど、僕が悩んでいることを彼女に説明するか迷う。

 

「相談に乗るよ。私たちは同士なんだし」

 

 花丘さんは太陽のような笑顔を浮かべた。彼女は隣にいるだけで僕に元気をくれる。

 

「ありがとう。実はテスト勉強が捗っていなくて」

 

 僕の悩みはテスト勉強のことだった。そのせいでため息を吐いてしまった。

 

「そうなんだ。どの科目なの?」

 

 僕は国語と歴史が得意科目で、理科や英語は得意でも苦手でもないという感じだ。つまり、残る科目が僕の苦手な科目である。

 

「数学だよ」

 

 僕は中学生の頃から数学が苦手だった。高校に入学してから、数学はより苦手になった。このままではテストの結果が散々なことになってしまう。

 

「なるほど。数学ね……」

 

 花丘さんは顎に手を当てていた。やがて何か思いついたという顔をした。

 

「じゃあさ、私と一緒にテスト勉強をしようよ。樫山君の分からないところがあったら私が教えるよ」

「え? いいの?」

 

 僕は思わず買って彼女の顔を見つめた。

 

「花丘さんって、勉強は一人じゃないとできないんじゃ……」

 

 以前花丘さんと明け方まで電話した時に聞いた話だ。彼女は誰かと一緒にいると話ばかりして勉強に集中できないという。僕と一緒だと花丘さんが勉強できないと思い心配になった。

 

「大丈夫だよ。樫山君となら勉強をちゃんとできるよ。それに困っている同士を放っとけないからね」


 花丘さんはいつもと変わらない笑顔でそう答えた。その笑顔を見て僕は幸福感で体を包まれた気分になった。  

 

「ありがとう、花丘さん」

「どういたしまして」

 

 花丘さんは輝くような笑顔を僕に向けた。

 

 

「でも、どこで勉強をしようか?」 

 

 テスト勉強をするにあたって決めておかないといけないことがある。勉強をする場所だ。

 

「樫山君は確か図書館で勉強しているんだよね?」

「うん、そうだよ」

 

 これも電話をした時に僕が話したことだ。花丘さんが覚えてくれて嬉しく思った。

 

「図書館か……」

 

 花丘さんは困ったような笑みを浮かべた。彼女がそういう反応をするわけを僕は察しがついていた。

 

「図書館だと一緒に勉強はできないね」

 

 図書館は無料で、それも長時間居ることもできるため勉強するにはぴったりな環境だ。

 けれど、今回、僕一人ではなく、花丘さんと一緒に勉強する。その場合、どうしても話をする必要がある。

 しかし、そんなことをすれば他の人に迷惑がかかるだろう。

 だから、図書館で勉強するのは難しい。花丘さんもそこのところはわかっているのだろう。

 

「学校の自習室も話はできないね」

 

 僕たちが通っている学校には誰でも使える自習室がある。けれど、花丘さんの言うとおり、私語厳禁の規則があるため、話をすることはできない。

 

「うーん、どこが勉強できるかな?」

 

 花丘さんは腕を組んで考えていた。こうして考えてみると、勉強に集中し、かつ話ができるところは限られている。

 僕も頭を回転させて考える。勉強する場所が見つからなければ花丘さんと勉強する話はこれでおしまいだ。

 せっかくの好きな子と一緒に勉強ができるチャンスだ。なんとしてでも場所を見つけないといけない。

 その時僕の頭にある考えが浮かんだ。

 

「僕の家はどうかな?」

「樫山君の家?」 

「家族も出掛けているし、勉強にも話をするにも問題ないよ」 

 

 僕の両親は仕事で、姉さんも大学や遊びに行っていて、家にいないことが多い。それに加えて話をしても問題はない。花丘さんと一緒に勉強できる場所の条件にぴったりだ。

 けれど、それは、好きな子を僕の家に招待するということだ。

 

「もちろん、花丘さんが良ければだけど」

 

 だから、花丘さんがどう思うのかに懸かっている。恋人でもない男子の、それも二人きりの家に行きたいかと言われて嫌ではないだろうか。その点が心配だった。

 

「分かった。行くね」

「あ、ありがとう」

 

 僕としてはあっさり返事をもらえたので、動揺してしまった。と同時に好きな子と一緒に勉強することが確定したため僕の胸の中は喜びでいっぱいだった。

 

「ふふっ」

 

 僕が心の中でガッツポーズを決めていると、不意に花丘さんの楽しそうな笑い声が耳に入った。もしかして僕の心のガッツポーズが見えたのだろうか。

 

「どうしたの?」

「『キミ振』でも同じことがあったのを思い出してね。ほら、翔君が美春ちゃんの家でテスト勉強をした話だよ」

 

 以前、花丘さんと電話した時、同じような話題が出てきた。翔がテスト勉強するため美春の家にお邪魔する話だ。

 花丘さんが僕の家に訪れるため、漫画と似たようなシュチュエーションといえる。

 そんなことを考えていると、花丘さんが面白がるような笑みを浮かべた。

 

「樫山君、くれぐれも翔君みたいに勝手なことをしちゃダメだよ」

「しないよ。カレーを作ったり部屋の掃除をしないってば。って、それを言うなら花丘さんが翔のポジションじゃないかな」

 

 『キミ振』の中では美春の家で奇行を繰り広げる翔が描かれていた。今回、花丘さんが僕の家に来るのだから、立ち位置的には花丘さんと翔が同じだ。勉強を教えるのは花丘さんだけど。

 

「そっか。じゃあ、私が翔君みたいにしなきゃね」

 

 花丘さんは気合いを入れるように胸を張った。

 

「何でそんなにやる気満々なのさ」

 

 口で言いつつも、花丘さんが翔のような行動をする姿を僕は想像していた。

 僕の部屋を掃除する花丘さん、カレーを作ってくれる花丘さん。……、なんだそれ、最高じゃないか。

 漫画を読んだ時は翔をとんでもないやつだと思っていたが、花丘さんで想像するととてつもなく嬉しいことに感じる。

 どうして同じ行動をしているはずなのに、与える印象は全く違うのだろうか。不思議なことである。

 

「冗談だよ。ちゃんと勉強するから安心して。頑張ろうね」

 

 花丘さんは笑顔で僕の肩を軽く叩いた。僕の中で残念と喜びとやる気の感情がせめぎ合った。

 

 

 そして、次の日の放課後、僕と花丘さんは僕の部屋にいた。今、家に母僕たち以外誰もいない。花丘さんと二人きりである。

 

「じゃあ始めよう」

「そうだね」

 

 花丘さんは部屋の真ん中にある四角いテーブルに教科書やノートを広げた。僕と彼女はテーブルを挟んで対面

で座っている。

 僕は内心緊張している。二回目とはいえ、他に誰もいない家に花丘さんを誘ったのだ。

 対して花丘さんは前回と違い全く緊張している様子がない。学校の時の彼女と何も変わらなかった。

 どうやら花丘さんはすでに僕の家に慣れたようだ。流石友達が大勢いる彼女である。

 

「それで数学のどこが分からないの?」

「それがね、全部なんだ」

 

 僕は内心情けなくなりながらそう答えた。好きな子に情けないところを見せるのは恥ずかしかった。

 けれど、花丘さんは僕の勉強を見るために時間を費やしてもらっている。

 だから、僕も誤魔化さず正直に答えようと思った。見栄を張ってもしょうがない。

 

「なるほどね」

 

 花丘さんは僕の答えを聞いて考え込むような表情をした。全て分からない。これほど教えるのが面倒くさい生徒はいないだろう。

 

「樫山君」

 

 花丘さんは顔を上げて僕を見つめた。その顔はいつになく真剣だ。

 

「普段はどういう勉強をしているの?」

「どうって、問題集を解いてみて、分からないところがあったら答えを確認して、それを丸暗記して、っていう感じかな」

 

 僕は思い出しながら花丘さんの質問に答える。彼女は僕答えているのを黙って聞いていた。

 

「その勉強法はあまり良くないね」

「え?」

 

 思わず花丘さんを見る。彼女は人差し指を上に向けた。

 

「数学はね、ただ問題の答えを暗記するだけじゃだめだよ。どの公式を使うのか、その公式を使って何が分かるのか理解することが大切なんだよ」

「おお」

 

 まるで塾の先生の授業を受けている気分だ。花丘さんは確か苦手科目はないと聞いていた。確かにその通りのようだ。

 

「だから、まずは公式を理解して、その後に基礎問題を解く。そして、応用問題に挑戦するんだよ」

「なるほど。段階を踏むのが大切なんだね」

「そうそう。基礎を身につけないと数学は難しいよ」

 

 花丘さんに言われて僕は自分の状態を把握できた。今の僕は基礎も理解していないままに問題を解いている。 

 漫画で例えるなら序盤を読まずに途中から読み始めるようなものだ。これではストーリーを上手く理解できないだろう。 

 今までは何も分からず、手探りで勉強していた。花丘さんが教えてくれたお陰で、今は道が開けたような気がする。

 

「勉強法を教えてくれてありがとう、花丘さん。なんだか塾の先生みたいだよ」

 

 花丘さんはもしかしたら先生に向いているかもしれない。先生になった彼女に教わりたい。

 そんな妄想をしていると花丘さんは「ふふっ」と小さく笑い声を上げた。

 

「偉そうに言ってたけど、今のは塾の先生からの受け売りなんだ。私も中学生の時は数学が苦手で、そんな時に先生にさっき言ったことを教えてもらったの」

「花丘さんも数学が苦手だったんだ」

 

 そんな彼女が今では先程みたいに僕に勉強法を教えられるように成長している。その陰では努力していたに違いない。

 

「うん、だからね、樫山君」

 

 花丘さんは僕に向かって笑いかけた。いつもとどこか違って、見ていると安心するような笑顔だった。

 

「今は数学が苦手でもきっとできるようになるよ。頑張ろうね」

「頑張ります!」

 

 好きな子からエールを送られて僕は今日一番のテンションが上がった。今回のテストへのやる気が満ち溢れた。

 

「でも、本当にありがとう。今日、花丘さんに教えてもらったから数学もなんとかなるよ」

「そんな、大げさだよ。私は勉強法を教えてただけだから」

 

 それでも有り難いことに変わりはない。その時僕の頭にある考えが閃いた。

 

「勉強を教えてもらったお礼に僕にして欲しいことはある?」 

 

 花丘さんは自分の時間を割いて僕に勉強を教えてくれた。だから、僕も彼女のために何かをしたいと思った。

 

「して欲しいこと?」

「そう。僕ができることなら何でもやるよ」

 

 僕はなんでもどうぞと言うように胸を張った。花丘さんのためならたとえ火の中や水の中にだって飛び込める。

 花丘さんは僕を見て楽しそうな笑みを浮かべた。

 

「なんでも……、うーん、どうしようかな」

 

 花丘さんは腕を組んで考えていた。いきなりそんなことを言われても困るかもしれない。

 

「今じゃなくても、テストが終わった後でもいいよ」

「分かったよ。考えておくね」

 

 そう言って、花丘さんは僕に笑顔を向けた。

 この日から僕は花丘さんに教えてもらった勉強法を実践していった。もちろん数学以外の科目もいつも以上に取り組んだ。

 テスト期間の平日は僕の部屋で花丘さんと勉強するのが恒例になった。

 土日は彼女も予定があるため勉強会はない。けれど、平日だけでも好きな子と一緒に勉強できることは嬉しい。僕は世界一の幸せ者だと実感した。

 

 

 そして、あっという間にテスト当日になった。

 

「遥真、今日は数学だぞ。大丈夫なのか?」 

 

 揶揄い気味の笑顔を浮かべた直己が僕に問いかけた。こんなことを言っている彼だが、僕に負けず劣らず数学が苦手である。中学の時は二人して必死に問題集の答えを丸暗記したものだ。

 しかし、それはもう遠い昔の話だ。今の僕は違う。

 

「うん、大丈夫だよ」

「おっ、やけに自信満々だな。何かあったのか?」

「まあちょっとね」

 

 花丘さんとテスト勉強をしたことは、直己にも内緒だ。仮に言ったところで、彼は他の人に言いふらすことはしない。単純に僕と花丘さんの二人だけの秘密したい僕のわがままである。

 

「それなら、テストの結果で勝負しようぜ」

「うん、分かったよ」

「テスト始めるぞー」

 

 直己と勝負の約束をしていると、先生が教師に入ってきた。

 

「テスト用紙を配るから後ろに回せよ」

 

 その後、テスト用紙が僕の机まで回ってきた。いよいよテストが始まる。花丘さんに教えてもらった成果を出す時だ。

 チャイムが鳴り響くと同時に、僕はテスト用紙を表に返した。

 

 

 テスト期間が終わり、数日が経った。今日の数学の授業で先生からテストの結果が返ってきた。

 

「樫山君、テストの結果はどうだった?」  

 

 放課後の帰り道、花丘さんが僕に問いかけた。

 

「授業中に聞けばよかったけど、鳴滝君と何か言い合っていたみたいだから」

「ああ、あれはなんでもないよ」

 

 テストの結果が返ってきた時、直己から「裏切り者!」と詰められた。

 彼の反応から分かるように勝負は僕の圧勝だ。直己は自分と同じで僕も全く勉強していないと思っていたらしい。

 僕はテスト用紙を鞄から取り出して広げて見せた。そこには赤字で点数が書かれていた。

 

「八十六点だよ」

「おー! よかったね」

 

 花丘さんは嬉しそうな顔を僕に向けた。僕の点数を聞いてそんな反応をしてくれる彼女を見て僕も心が温かくなった。

 

「僕、数学でこんなに高い点数を取ったのは初めてだよ」

 

 テスト前はせめて平均点以上は取りたいと考えていたが、蓋を開ければご覧の通りである。未だに自分でも信じられない。

 

「本当に花丘さんのお陰だよ。ありがとう」

 

 僕は花丘さんに向かって頭を下げた。

 

「頭を上げてよ。私は大したことしてないって。樫山君が頑張ったんだよ」

 

 花丘さんから褒められて、僕はテスト勉強を頑張ってよかったと心の底から思った。

 その時僕はあることを思い出した。

 

「そういえば、僕にやって欲しいことは決まった?」

「うん、決めたよ」

 

 そう言うと、花丘さんは立ち止まった。僕もまた立ち止まる。

 

「あのね、その」

 

 心なしか花丘さんの顔は赤くなっているように見える。なんだかいつもと違う雰囲気の彼女に僕の心臓が高鳴った。

 

「こんなことを頼むのもあれなんだけど」

「なんでも言ってよ」

 

 ドキドキしている胸を張って僕は答えた。今なら苦手なバンジージャンプでもできる気がする。

 花丘さんは僕を見つめた。そして、口を開いた。

 

「今度の日曜日、聖地巡礼に行かない?」

 

 こうして、僕はテスト勉強を教えてもらった代わりに、好きな子と聖地巡礼に行くことになった。僕は宇宙一の幸せ者である。

 

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