表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/30

1 好きな子と一緒に帰りました

「ねえ、樫山君はどんなところが好き?」

 

 彼女、花丘莉香(はなおか りか)はサイドテールを揺らし、太陽のように輝く笑顔を僕に向けた。その笑顔を真正面から受けていると、あまりの眩しさに焼かれてしまいそうになる。もちろん比喩表現だ。僕は吸血鬼ではない。

 しかし、衝撃の具合からするとそう変わらない。なにしろ好きな子が笑顔で僕に話しかけてくるのだ。男子としてこんなに心躍ることがあろうか。いや、あるわけがない。

 

「どうしたの?」

 

 花丘さんは心配そうな表情で僕の顔を覗き込んでいた。どうやら僕が彼女の問いに黙ったままでいるのが気になるらしい。

 

「ごめん、ちょっと考えててさ」

「そうだよね。いきなり聞かれても迷っちゃうよね。それなら私から言うよ」

 

 彼女はどこか納得したような顔をしていた。そして、楽しげな表情を浮かべた。

 

「私が好きなところはね」


 彼女の話を聞きながら僕は必死に頭を回転させていた。先程の花丘さんの問いかけにどう答えようか。

 今は放課後、学校から家に帰る途中だ。ふとしたことがきっかけで花丘さんと一緒に通学路を歩いている。

 好きな子と一緒に帰る。とても幸せな気分に違いないが、それとは別に僕の中に焦燥感も存在している。

 

「そのシーンを読んで、私もドキドキしてきてね。あっ、ごめん。私ばかり話しちゃった」

 

 少し恥ずかしそうにした花丘さん(とても可愛い)は僕に目を向けた。その様子を見れば彼女が次にどんな行動を取るのか明らかだった。まずい、僕の中でまだ答えを出せていない。

 

「樫山君は『キミに振り回される私の気持ち』のどんなところが好き?」

 

 花丘さんが口にしたのは少女漫画のタイトルだ。今、僕たちはその漫画について話していた。花丘さんはこの漫画が大好きで、先程から楽しそうに話している。

 彼女のそんな姿に僕もまた幸せな気持ちになった。けれど、一つだけ問題がある。それは僕が『キミに振り回される私の気持ち』について全然知らないということだ。

 

 

 僕の名前は樫山遥真(かしやま はるま)。高校一年生だ。花丘さんはクラスメイトで、僕が片思いをしている相手だ。高校を入学してから一ヶ月近く経ったが、彼女とはあまり話をしたことがない。

 では、何故、僕と花丘さんが一緒の帰り道を歩いているかというと理由がある。あれは今日の授業終わりのことである。

 


「遥真ー、借りてた漫画を返すわ」

 

 そう言って、男子生徒は僕に漫画の単行本を手渡した。彼の名前は鳴滝直己(なるたき なおき)。中学からの僕の友達だ。

 直己はサッカー部所属の爽やかなスポーツマンで、インドアな僕とは対照的だ。

 そんな僕と彼には共通点がある。それはどちらも漫画好きだということだ。お互い好きな漫画をおすすめし合い、貸し借りするという仲である。

 

「ありがとう、直己。どうだった?」

「面白かった。一晩かけて一気に読んじゃったな。流石遥真のおすすめだな」

「それは良かった。おすすめした甲斐があったよ」

 

 直己は僕に漫画を返した後、腕を組んだ。

 

「それにしても、遥真は色々な漫画を持っているな。よくそんなに集められるよ」

「まあ、漫画を買うのにお小遣いを使っているからね」

 

 僕は休みの日には家にいるのが当たり前というほどのインドアなのである。だから、お小遣いのほとんどを漫画に費やしているといっても過言ではない。

 

「なるほど。流石だな」

「いや、褒めているの、それ?」

 

 僕が困惑していると、直己は取り繕うかのように爽やかな笑みを浮かべた。僕がチョロい女子だったら誤魔化されそうなほどイケメンだった。

 

「じゃあ、次は直己の番だね」

 

 僕たちが漫画を貸し借りするのは交互で行う。それが僕と直己で交わした約束だ。

 

「そうだなー、何がいいかな……」

 

 しばらく考えていた直己だったが、やがて名案を思いついたというような表情を浮かべた。

 

「それなら少女漫画はどうだ?」

「少女漫画?」

 

 僕は彼の言葉を聞き返す。少女漫画自体はもちろん知っている。それが直己の口から出てきたのが意外に思った。

 彼が好きなのは少年漫画誌に掲載されるようなバトル系の漫画だ。だから、そんな直己から少女漫画をおすすめされるとは思わなかった。ちなみに、僕はジャンルの好き嫌いはない。

 

「妹から少女漫画を強くおすすめされていてな。俺が読む前にお前が読んでみてくれ」

 

 直己は面白がるように言った。僕にどういう漫画なのか確かめてほしいというところだろう。

 

「いいよ。僕も少女漫画を読んだことがあるから」

 

 以前、姉さんが持っている漫画を借りて、読んだことがある。それ以来少女漫画は読んでいない。せっかくの機会だから読んでみようと思った。

 

「じゃあ、明日に持ってくるわ」

「分かった。楽しみにしてる」

 

 そうやって、僕と直己の会話が終わりそうだった時だ。一人の女子が僕たちに近づいてきた。

 

「え? どうしたの? 漫画の話?」

 

 そう話に入ってきたのが花丘さんだった。彼女はサイドテールを揺らし、いつも太陽のように輝く笑顔を浮かべている。その明るい性格からクラスのみんなから慕われている。

 

「少女漫画がどうとか聞こえたけど?」

 

 花丘さんは興味津々という感じだった。まさか彼女と話せるとは思わず、僕は心臓が高鳴った。

 

「ああ。実は遥真に少女漫画を貸そうと思ってな」

 

 花丘さんに動揺している僕を尻目に直己は爽やかに話していた。流石クラスでも随一のモテる男だ。

 直己の話を聞いた花丘さんは目を輝かせた。そして、その目を僕に向けた。

 

「へえ! 樫山君って少女漫画を読むの?」

「読みます!」

 

 花丘さんと目が合ってドキドキしていた僕の頭は上手く働いていなかった。だから、何も考えず彼女の疑問に勢いよく答えてしまった。

 

「そうなんだ。何の漫画を読むの?」

「え、えーと」

 

 僕は必死に頭を働かせて答えを導こうとした。姉さんの漫画を借りたのは大分前のことだから記憶を掘り返さないと出てきそうにない。

 

「遥真は漫画をたくさん持っているんだ。色々読んでいるみたいだぞ」

 

 何故か僕の代わりに直己が答えていた。僕は思わず彼に目を向けると、直己は花丘さんに見えないように僕に向かって親指をグッと上げた。ちなみに関係があるか分からないが、直己は僕の好きな人が誰か知っている。

 ……。どうやら気を回してくれたらしい。彼に対して余計なお世話だという気持ちと感謝する気持ちを抱いた。

 

「えー、そうなんだ」

 

 直己の嘘だと夢にも思わず花丘さんはますます僕のことを興味深そうに見た。もしかしたら、既に彼女の中で僕は少女漫画好きになっているかもしれない。

 

「樫山君は何を読んでいるの?」

「ほら、あれだよ。最近話題の……」

「どんなタイトルだった?」

 

 花丘さんが不思議そうに僕を覗き込んでくる。彼女に見つめられて僕の胸は高鳴った。

 僕の脳みそはフル回転していた。僕は幼少期から現在に至るまでの記憶を辿っていった。

 早く何かを言わないといけない。そうでなければ花丘さんに僕が嘘をついていると怪しまれてしまう。いや、実際嘘をついているのだが。

 突如ある光景が僕の頭の中に浮かんだ。それは姉さんの部屋だった。

 何かの用事で姉さんの部屋を訪ねた時だ。部屋の本棚には漫画が並べられてあった。その漫画の中で僕の印象に残ったものがある。あれは確か……。

 

「『キミに振り回される私の気持ち』だったかな?」

 

 僕は恐る恐る回答を繰り出した。正直漫画のタイトルが合っているかどうか分からない。たとえ合っていたとしても、花丘さんが知っているとは限らない。僕はただじっと彼女の反応を待った。

 

「ねえ、樫山君」

 

 突然花丘さんが僕の手を取った。僕の手を取った!?

 

「今日の放課後、一緒に帰らない? 『キミ振』について語りたいんだけど」

「帰ります!」

 

 頭で考えるよりも前に脊髄反射で僕の口は返事をしていた。直己がよくやったと爽やかな笑顔を僕に向けていた。

 こうして、僕は好きな子と下校することになったのである。どうしてこうなったと頭を抱える反面、心が弾んでいる自分もいた。

 


「樫山君は『キミに振り回される私の気持ち』のどんなところが好き?」

 

 そして、放課後の今、僕は花丘さんと一緒に帰っている。ここまでの道中は花丘さんがずっと話をしていて、それに僕はなんとか相槌を返し、ボロを出さないようにしてきた。

 そのため、幸いなことに彼女はまだ気づいていない。僕が全く少女漫画について詳しくないということに。

 

「え、えーと……、それはね」

 

 僕はどう答えていいか迷っていた。花丘さんの口から出てきた漫画についてよく知らない。記憶の奥底から引っ張り出してきたタイトルだからだ。

 不意に僕の手が柔らかい感触に包まれた。思わず手の方を見ると花丘さんは両手で僕の手を包み込むように握っていた。

 花丘さんは真夏の太陽ぐらい眩しい笑顔を向けてきた。あっ、焼かれる、浄化されてしまう。

 

「それにしても、まさか同じクラスに同士がいたなんて! 本当に嬉しいな」

 

 僕がどう答えていいか考えていると、突然花丘さんは「あっ!」と声を上げた。

 僕はその声を聞いて飛び上がりそうになった。もしかして、花丘さんは僕が知ったかぶりをしていることに気づいたかもしれない。

 彼女が僕の顔をじっと見つめている。花丘さんは僕から手を離した。柔らかな感触が消え去ってしまった。

 けれど、よく見ると花丘さんは別のところに視線を注いでいた。彼女の視線の先を追うと、そこには左右に分かれた道路があった。

 

「私はこっちの道だよ。樫山君は?」

 

 彼女が指し示したのは目の前にある左右に分かれた道のうち、右側の道だ。

 

「僕は左の道だよ」 

「じゃあ、ここでお別れだね。ごめんね、私ばかり話しちゃって」

「大丈夫だよ。気にしないで」

 

 努めて平静に僕はそう言った。心の中は名残惜しいのと安堵の気持ちがごちゃ混ぜになっていた。

 

「今日は楽しかった。また明日、学校でね」

 

 花丘さんは僕に向かって手を振った。そのまま、右側の道路を歩いていく。

 

「うん。また明日」

 

 僕も彼女に向かって手を振り返した。花丘さんが遠近法で小さくなるまで手を振り続けていた。

 僕は左側の道を進む。もう少し歩けば僕の家だ。今までは何とも思わなかったただの通学路が今は輝いて見えた。

 通学路を歩きながら僕の中にはある決意に満ちていた。

 

「よし。帰ったら姉さんから漫画を借りよう」

 

 今度、花丘さんとしっかり話ができるように彼女の好きな漫画を読んでみよう。僕はそう決意を固めて、家までの帰路を急いだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ