清澄
「嘘には優しい嘘もあるの
人を傷つけないための嘘
心を守るための嘘」
あの人は子供に言い聞かせるように
わたしの耳元で囁きかけた
言葉が心にぽちゃんと落ちると
水面に波紋が広がるようにして
心の果てまで広がっていった
水面はしばらく揺れていたけど
それも僅かの間のことで
揺り動かされた私の心は
いつしか元の私に戻った
偽ることが正しいと思わない
けれど正しいだけが正しいわけじゃない
それは分かる
理解は出来る
けれどそんな理屈を身に付けて
嘘を振りかざしていいわけじゃない
だから私は惑わされない
あの人の言葉はあの人の言葉
私の信念は私だけのもの
そんな風に思ってた
もう一度あの人を前にするまでは
あの時私の心に落ちた
小さな雫が残したものは
心の水面の波紋じゃなくて
心を染める変える色紅
知ってしまえば戻れないんだ
知らなかった頃の純真に
あの人が私に微笑みかける
声に出しては語らなくても
何を言いたいかは理解が出来た
「分かってるでしょ」
真横で浮かべるその微笑みが
躊躇う私の背中を押した
踏み出してしまった一歩の先で
私の心の水面が揺れた
一滴の 朱を落とした その真水
変わらぬようで もう戻れない