女三人よればなんとやら……秘すれば花なので関係者外秘で願います
「そりゃあ、些細なことでも、感謝できることがあればね」
今週が提出期限の課題の刺繍を手に、辛辣な口調でそう吐き捨てたのは、母方の従姉妹のベアトリスだ。彼女は黄金の薔薇と讃えられる超優秀な公爵令嬢で、同世代の貴族令嬢のトップに燦然と君臨していた。そしてその身分、容姿、能力、根性と四方まんべんなくパーフェクトなお嬢様である彼女の唯一の悩みで泣き所が、婚約者のアーベル殿下だった。
「トリシア、殿下はあいかわらずなの?」
「そうなのよ、タヴィア! 聞いてちょうだい。あのバカタレときたらホントにもう……」
日頃は、貴族令嬢の鑑よ、お手本よ、と讃えられている彼女が、ごく親しい友人……私とシエナしかいない場では、些か以上の毒舌家であることはこの三人と内々の使用人だけの秘密である。
今日も“刺繍の会”というたいそう淑女らしい名目で公爵家に集まったわけだが、実態は恒例のベアトリスの愚痴大会。ここで彼女が吐き出している罵詈雑言をメモったら、不敬罪で首が飛びそうなので、私とシエナは親友の好でひたすら傾聴するのみだ。……わぁ、“ノータリンのウスラトンカチ”なんて語句、どこから仕入れてきたんだろう?罵詈雑言のバリエーションと用法用量が毎度、斬新で勉強になるなぁ。
学院で「ごきげんよう」などと挨拶して、オホホ笑いをしている彼女しか知らない下級生が、この“お姉様”の実態を見たら目を回しそうである。
華やかな金色の装飾的な縁飾りが壁にも椅子にもテーブルにもある公爵家のサロンで、それに負けないぐらいゴージャスな金色の巻き毛を揺らしながら、ベアトリスは自分がフォローすべき婚約者の欠点の数々を熱く訴えた。
「それはひどい。殿下は本当にそんなことを?」
「信じられないでしょう? でも、本当に全然気づいていないのよ! だから全部私がフォローしなくちゃいけないの。またか! って思うとうんざりしちゃう」
「あなたは偉いわ、トリシア。私だったらとてもではないけどそこまで頑張れないもの」
「何言ってるの。あなたの方がそういう政治的フォローは得意でしょう。知ってるわよ。政経の講座、受講できてたらあのラウル・ピウスではなくてあなたがトップ成績なのは確実なんですって?」
「どこで聞いた与太話よ」
「うちのボンクラが言ってたわ。ラウルの成績が自分よりいいのは、婚約者のあなたのサポートがあるからだって」
「たしかに勉強会はやっているけれど、あれは私が学院の講義内容を教えてもらっているだけよ」
「ふうーん」
「国内の地域経済と税制は彼のが詳しいわよ」
「男子って、そんなこと授業でやっているの?」
「やらないわ」
あれが試験範囲だったら暗記量で人死が出ている。彼は、国の予算案を試算するにはこの程度は必須だと教えられたと言っていたが、あれはピウス家の基準がおかしい。いや、行政府のトップ層はそうなのかもしれない。うちのお兄様も普通に詳しい。お父様と食卓の会話でその日の前菜に出た輸入食材の関税の概算を暗算で出していた。とてもではないが、ついていけない。本職は学生とレベルが違うのだ。
そもそも学院のあの辺りの必修科目の内容なんて、家督を継いだり、王宮の行政府に入る気なら、どこの貴族家の子弟だって小さい頃から家庭教師に教わっている程度の中身だ。そういう層については、定期テストの成績なんて真面目さのバロメーターにしかならない。
そう説明したら、ベアトリスとシエナに盛大なため息をつかれた。
「その程度の中身の試験に悪戦苦闘している奴に聞かせたらなんて言うことやら」
「タヴィアは行政府に入るの?」
「いいえ。シエナ、私は女よ」
「もったいないわ。あなたが男だったら良かったのに」
「やめてよ、トリシア。うちは男ばっかりの家系で女の子は希少なんだから」
直系女子となると私が八人目っていうぐらい少ない。代々で数えてそれって呪われてんのか。お陰で我が家の家訓には女子向けの配慮がない。私が淑女らしさに欠けるのは仕方がないことなのだ。
「タヴィアはハンサムだわ」
「ありがとう。でも、それ褒めてない」
「あなたが男だったら、私、喜んで婚約していたわ」
「王家と揉めたくないからお断りします」
殿下の恋敵なんて絶対にイヤだ。
「ふふふ。タヴィアとトリシアはお似合いだって下級生の子達が噂しているの知っている? 黄金の薔薇と白銀の百合の君ですって」
「なにそれ!? どこが百合なの。百歩譲っても、うちの家紋は白銀の翼獅子よ」
「百合じゃなくて翼獅子と呼ばれたいのか、タヴィアは」
「あああ、そうじゃない〜」
哀れな子を見る目で見られて、私は頭を抱えた。
「私、“凛として気高き白銀の君”……なんてポエミーなことを言いながら物陰でタヴィアのこと見てた娘達、知ってるわ」
ひいぃぃぃ。やーめーてー。
「モテる男はつらいね」
「勘弁してよ。だいたいモテる男っていうのはお兄様みたいなのを言うんだから」
「ああ……まぁ……アレは伝説ね……」
身内の贔屓目を差し引いても、お兄様はちょっと引くくらいモテた。家柄と顔が良くて優秀でクールだが適度に人付き合いが良くて社交ができるが恋愛面では難攻不落という、年頃の貴族令嬢の夢を具現化したような存在だったからだ。
勘違いしては押し掛ける夢見がちな乙女たちを毎回バッサリとふって、結局、お兄様はさっさと政略結婚をしてしまった。シチュエーション的には、どう考えてもあからさまに政略結婚だったが、お兄様的にはなんの不満もなかったようで、家庭はすこぶる円満だ。あれはとても羨ましいと思う。お義姉様、とても優しい良い奥様だし。
「タヴィアはお兄様が理想なの?」
「そうね……ああやって、かわいい奥さんと幸せになるのはいいかも」
「その顔と背でそういう発言をするから、下級生の女の子にキャアキャア言われるんだぞ」
やかましい!誰が男顔か。私だよ。くうう。身長が……この無駄な身長が憎い。お母様は小柄なのに、ライゴール家の血が濃すぎるんだよ!
「タヴィアはお兄様にそっくりですものね」
「嬉しいけど嬉しくない。私もシエナみたいに女らしい淑女に生まれたかった」
ついでに胸もそれくらい欲しい。
「そこで私をあげないのは何故か」
「トリシアは美人だけど、まぁいいや」
「暴言に対する謝罪を要求する!」
口頭による謝罪をする隙もなく掴みかかるな。ええい、その本性バラすぞ。
「二人とも……そんな風に子供みたいにじゃれ合っていると、刺繍が台無しになりますわよ」
「ああっ」
「しまった」
私達は慌てて休戦し、引き攣れた糸と歪んだ木枠を直した。ちょっとしたことで枠がずれてしまったり糸を強く引きすぎてしまうと、刺繍はきれいな仕上がりにならないのだ。
結局、おしゃべりが過ぎて、私の刺繍はその日のうちにはできあがらなかった。くそう……喋りながら刺繍が綺麗にできる女子力ってどうやって習得するんだろう。トリシアもシエナも「タヴィアはそういうところがいい」と笑って教えてくれなかった。




