これが真実の愛なら、それに誠実であるべきではないだろうか?
オクタヴィア・ライゴールと私の婚約解消は、どちらの醜聞にもならないように、時期をみて穏当な理由をつけてから公表するという約束だったので、それまでの間、私はどうにも宙ぶらりんな立場にいた。エリス・ドートルド嬢には内密に打ち明けても良いとは言われていたが、彼女と二人きりで会って内密な話をする機会など作る隙がない。
彼女は学院に途中入学したばかりなので、個別の補習が多く、授業の受け方が変則的な上に、実習はほぼ女子向けカリキュラムしか受けていなかった。共通科目も学習進度が違いすぎて、必然的に私と彼女は講義が同じになる機会はなかった。休憩時間になると、彼女の周りには友人(多くは男子生徒)が集まっていて、そこに単身突撃するのには勇気がいった。そこから彼女だけを引っ張り出して二人で話を……なんて絶対できない。
私がエリスと落ち着いて話ができるのは、主に彼女が授業後にアーベル殿下の談話会に呼ばれるときだった。アーベル殿下主催の談話会は、学院内の優秀な生徒や、個性的で才能ある生徒を招待して開かれる茶会のようなもので、そこに呼ばれるのはステータスだと言えた。
私は親が筆頭宰相だという七光りと学業成績でかろうじてそのメンバーに引っかかっていた。あまり気の利いたことを言えるわけでもなかったので、大抵の場合はアーベル殿下の隣で、頷いている賑やかし役だ。斜め後ろで護衛代わりに立っている無骨なイアソンや、窓辺で一人物憂げにしているだけのウリューエルに比べれば会話に参加していると言えるが、二人のような存在感は皆無。たまに質問が来ると答えているが、それも一言か二言。留学生のエイダスのように破天荒なことも、遊び人のオルソーのように小粋なことも言えず、要点だけを簡潔に答えたら、それでおしまいだった。
それでもエリスはそんな私の言葉にキラキラと大きな目を輝かせて「わぁー、なんでそんなこと知ってるの?」とか「ええっ、それ今の一瞬で、計算したの?すごーい」などと言ってくれた。その上、わからないことがあると「全然わかんない!ラウル、教えて」と尋ねてきたり、「つまりどういうこと?ねぇ、ラウル、いつもみたいにわかりやすくまとめて」と話をふってくれたりするので、仲間うちでの私の立ち位置も少し良くなったほどだ。
エリスと一緒にいると、私は何だか自分が頭が良くて役に立つ優秀な男になったような気分になれた。
彼女はとても素直で、誰とでも仲良くなれる気だての良い子だった。サロンの常連は皆、彼女と話をするのが好きで、彼女を喜ばせるために、互いに競うように色々なプレゼントをあげていた。
彼女の誕生日には、全員がそれぞれ何かプレゼントを用意して、誰が一番彼女を喜ばせることができるかという話になった。一応、国を預かる上位貴族の家の体面もあるので、安っぽいものを用意するわけにもいかず、私は少し無理をして高価な品を用意した。……良く考えれば、アーベル殿下や異国の大富豪であるオルソーがいる時点で、私個人の小遣いでなんとかなる金額の品が太刀打ちできるわけがなかったのだが、その時はそれが私の精一杯だった。
その点、いつもの談話室を花で埋め尽くしたオルソーは流石に上手いとしか言いようがない。コストに対しての見栄えとサプライズ感が抜群だ。その色とりどりの満開の花の中で絶世の美男子のウリューエルが生誕の祝の詩を彼女に捧げる姿は圧巻で、劇場の芝居以上に感動的だった。
実際、半端に高価なアクセサリーを用意した自分はかなり野暮で、日頃、仏頂面で無愛想なイアソンがキッチリと騎士の礼を取ってから、微笑んでただ一言「誕生日おめでとう」と言ったのの方がむしろカッコ良かったと、今なら思える。
であるにも関わらず、エリスは私のプレゼントも喜んで受け取ってくれた。それは物ではなく私への好意のように思えて、なんだかくすぐったい気持ちになった。
「私からのプレゼントも、喜んでもらえて嬉しいよ」
「誰だって豪華なプレゼントをもらえたら喜ぶわ。あたりまえのことよ」
「うん……」
それがあたりまえではなかった苦い思い出が浮かんだ。
「でも、豪華なものを贈ってもあまり喜んでくれない人もいるんだ」
去年の祝祭夜に贈ろうと思ったプレゼントはすげなく断られてしまった。
「贈り物なら小さな絵を入れた銀のペンダントの方がいいって」
「へー、絵の入った銀のペンダントって素敵な贈り物ね。ロマンチックだわ」
「そう?」
この子なら、ペンダントを身に着けてくれるんだろうか? そんな思いがよぎった。
あのとき、彼女は銀のペンダントをとても喜んでくれたけれど、その後、首にかけているところを見たことはない。それを思うとなんだか無性にモヤモヤした。
「その……もしよかったら、あげようか。うちに銀のペンダントがあるんだ」
オーダーメイドの細工品は、よほど材料が高価な一点物でなければ、破損リスク対策で、職人にはスペアも込みで発注している。たしかあれもそういう予備を保管していたように思う。
「わあっ、ホント? 嬉しい」
「今度、持っていくよ」
「ありがとう!」
後日、ペンダントを渡すために、彼女の家を訪れた。学院の知り合いの女の子の家を訪ねたのは初めてで、男爵家の狭い玄関ホールで彼女に対面した途端、ものすごく胸がドキドキした。
包みを渡したとき、偶然、私の手が彼女の手にちょっとだけ触れて……私はこの胸の高鳴りこそが恋だと確信した。
だからこそ、婚約解消までしたんだけどなぁ。なんだろう。なにかどこかで間違ってしまった気がほんのりする。
少なくとも、婚約解消後に、恋を叶えるための地獄の猛特訓が、元婚約者の家で定期的に開催されるというのは、私の想定外だった。




