婚約解消はスタート地点!〜真実の愛はどうした、バカ者。根性出せ
「さあ、ではここからが正念場ですよ」
「なんでまだ解放されないんだ!?」
とても開放感のある我が家の自慢のテラスルームで、我が元婚約者殿は白いクロスのかかった丸テーブルに突っ伏した。
「これまで何を聞いていたんですか。貴方がエリス・ドートルード男爵令嬢と無事に添い遂げられるよう協力すると、さんざん申し上げたでしょう?」
「いい。もういいから放っておいてくれ」
「本当によろしいのですか?現状、挨拶する知り合い程度の扱いで、ハナにも引っ掛けられていないんでしょう?」
「そんなことはない!いつだって彼女は目が合うと幸せそうに微笑んでくれる」
「それくらい女は社交辞令で皆します」
「お前はしないじゃないか!」
「してもらいたかったんですか?婚約当初、やったら顔をしかめてそっぽを向いたからお嫌なのだと思っていました」
「いや、それは……そんなことをした覚えはないっ」
「そうですか」
「それに、学院の他の女生徒もやらないぞ」
「それは貴方が婚約者持ちだと皆さんご存知だからです。ちなみに私も他の男性にむやみに愛想を振りまいたりはしていません」
「それはそうだろう。お前は私の婚約者……」
「だった」
「……だった、のだから」
「そういうことです」
我が元婚約者殿は大きなため息をついてうなだれた。
「しかし、貴方は晴れて自由の身です。まだ婚約なさっていないドートルード嬢に微笑みかけても、彼女にしょうもない小物を贈っても、なんならその際のどさくさで手をとることすら可能な身です」
「婚約解消前にやったことを糾弾するのはよせ」
「本来はギルティですが、効果が上がっていなかったようですし、以後、私の忠告を文句を言わずに大人しく聞くならノーカウントにして差し上げます」
「ううう……泣きたい」
「真実の愛はどうした、バカ者。根性出せ」
そもそもアプローチの仕方が、自分本位で、相手の事情や好みを考慮していないから、効果が上がらないのだと指摘すると、彼は不満そうにむくれた。
「でも贈ったのは、それなりに高価な品で、しょうもない小物ではないぞ」
「バカですか。一点物のオーダーメイドの派手なアクセサリーなんて、男爵令嬢は普段遣いできないし、換金すれば足がつくし、盗難されれば代わりが用意できないし、管理に困るだけでしょう」
「贈ったのは派手なアクセサリーだけではないし……」
「肖像入りのペンダントなんて、最悪です」
「君は喜んだじゃないか!」
「ただの顔見知りからもらったら気持ち悪いって気づきましょう!あと、他の女に贈ったのと同じ品を贈るな」
「ダメ出しだけではなく、どうしたらいいかの方針を具体的に示せよ。お前がいつも言っていることだろう」
「綺麗、可愛い、かさばらない、消え物、または返しやすい貸し」
「ええっと?消え物?」
「名店の小綺麗な菓子。その場で消費できる適量か、持ち帰らせる気なら目立たず軽く小さいパッケージで」
「なんで?けちくさくない?」
「相手と会う場所は?渡されたあと、相手がどうやってそれを持ち帰るか考えたことは?」
「荷物なんて従者が……いないか」
「学院で従者が付き添うのは、侯爵以上。男爵令嬢はむしろ他の貴族令嬢の従者代わりに取り巻きとして働く立場で自分用の従者も下女もいない。ご存知ですよね」
「なるほど。そのとおりだ」
彼女はいつも殿下や学友の高位貴族と一緒にいたから、そのような身分であるということが、あまり実感として意識できていなかったなどど、戯言を語る元婚約者殿に私は冷ややかな視線を送った。
「よいですか?真の問題はそこです」
「え?どこ?」
「彼女の視線の先には、貴方が勝たなければならない相手が、大量にいて、しかも、どなたもあなたよりいい男なんです」
「なっ!?」
私は指折り数えてやった。
「まず、アーベル殿下。文句なしの玉の輿です。次に騎士団長の御子息のイアソン殿。武勇に優れ、たくましい非常に男性的な方です。聖堂のウリューエル殿は表向きはただの下級貴族の養子ですが、最高位の枢機卿の隠し子で、憂いのある絶世の美男子。エイダス殿は容姿はそこそこですが、お忍びで留学中の大国の公子だけあって金遣いが非常識。オルソー殿はスマートな色男で、未亡人、人妻、デビュタント前の令嬢と、年齢も倫理も問わず遊び慣れている」
「おい、最後の方、褒めてないぞ。あと、非公開情報が山盛り過ぎる」
「とにかく。学業の成績だけが取り柄の貴方では、本来なら太刀打ちできません」
「成績だけって言うな!」
「だって、一緒に詰め込んだ学院のテスト範囲の予習済み問題以外は弱いではありませんか」
「身も蓋もない……」
頭を抱えた相手に、私は優しく声をかけた。
「大丈夫。貴方は詰め込みはできる人です。対策と演習を数こなせば、正解を丸暗記はできます」
「褒められた気がしない……っていうか、いつもそれで丸め込まれていたけど、よく考えたら褒めてないからな、それ」
「気づきは成長ですよ。貴方にはまだ伸びしろがあります。一緒に頑張りましょう」
「泣ける……」
幸い、元婚約者殿はオールそこそこだ。殿下や大国の公子とは比ぶべくもないが、家格は国内で上位から五指……は微妙だが少なくとも十指には入る。
容姿は美麗とまでは言えないが整っている方だ。(肖像画は私のそっけない部屋の唯一の装飾としてまだ役に立っている)英雄体型ではないが、上背は、女にしては背が高めの私よりも高いし、物覚えが良いだけあって、馬術も武芸も嗜み程度にはこなす。女性の扱いに長けているとは言い難いが、そこは教えてやればなんとかなるだろう。
「いいですか。彼女に対して貴方が売り込める最大のポイントは、彼女のみを誠実かつ真摯に愛していて、確実に結婚できるところです」
愛情を優先する女なら十分に嬉しいだろうし、玉の輿を狙っているなら、一か八かで王妃の座を狙っていらぬトラブルで何もかも無くすより現実的な線で手を打つ可能性がある。上流貴族の資金力では飽き足らず、男を金袋だとしか思っていない浪費家なら、そんな奴は家を傾けるだけなので見切ってこちらからフレばよい。
「障害や禁断は恋愛のスパイスになりますが、結婚で重要なのは堅実と安心の日常です。……男は顔だと言われたら泣いて諦めて、筋肉だと言われたらその時は体を鍛えましょう」
「とほほ」
「大丈夫。場の雰囲気にふさわしくてパートナーの女性の良さを立てる服装と言動を心がければ、感じの悪い美形や無愛想な筋肉男にはきっと勝てます」
チョロくて、頼りないのは、"思いやりがあって優しい人"といえなくもない。ちょっと困難を前にすると逃避行動にはしる癖があるのは、まぁ、口説く間ぐらいはごまかし通してもらうしかない。なんだかんだで土壇場で切羽詰まると根性をみせる人なので、なんとかなるだろう。
とりあえず泣き言と愚痴は、私が聞いてやるから、安心しろと言ったら、泣かれた。




