表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋下手な翼獅子は婚約破棄なんて起こさせない  作者: 雲丹屋


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/18

「君を愛することはできない」と婚約者に可及的速やかに報告したら感謝された

 オクタヴィア・ライゴールはラウル・ピウスの婚約者だった。ライゴール家とピウス家は、良く言えば共に王家を支えて政治の要職を務める家系で、ぶっちゃけ政敵でライバル関係だった。

 現在のライゴール当主が家を継いだときに、家同士の特に具体的原因のない確執で、国内が割れるのは非効率だと言って、諸々の条件を提示し、ラウルの父親がその中のいくつかを飲んで筆頭宰相になった。オクタヴィアとラウルの関係はそうした政治的事情で成立した代物だったのだ。


 当のラウルにとっては、オクタヴィアはごく小さいときから家族ぐるみで付き合いのある一番親しい幼馴染だった。

 彼女には歳の離れた良くできた兄がいて、そのためか彼女自身も年齢や性別の割に大人びていて聡明だった。そうでなくても、女の子の方が“おませ”な年頃である。ラウルはオクタヴィアの弟分として、散々にやり込められ続けた。もちろん彼女にラウルを子分にする意図はなかったろう。しかし、彼女は家紋である銀の翼獅子そのものの典型的なライゴール()()気質の女の子で、厳格な理性と柔軟なさじ加減による怒涛の論理展開と圧倒的な行動力の使い手だった。

 ラウルは、乗馬も剣術も勉学も彼女に引きずり回されるようにして幼少期から習得する羽目になった。子供にとっては遥かすぎる高みにある彼女の優秀な兄には勝てないまでも、せめて彼女と同じカリキュラムを習える進度では習得したいと必死に頑張った結果、彼は同年代の中では頭一つ優秀な子供になったが、本人の自己評価は及第点以下でしかなかった。


 十代も半ばに差し掛かると、良家の優秀な子供は王立の学院に入って、同年代の子らと学びはじめる。勉学だけならば家庭教師に教わることができるが、同年代の子供同士で人間関係を築き、共に刺激を与えながら勉学に励むことは有用だと、百年ほど前のとある偉人が当時の王に進言したからである。当初は純粋な学術教育機関として設立された王立学院は、偉人の理念に従って平民枠有りの男女共学にしたために、現在では、コネ製造機関だの王立お見合い所だのと揶揄される状態にはなったが、それでもなお権威ある最高学府の地位を保っていた。


 ラウルとオクタヴィアも学院に入学した。ラウルは優秀な成績を修め、成績上位者の常連となったが、内心では忸怩たるものがあった。


「座学トップおめでとうございます。今回も勉強会が役に立ったようでなによりです」

「……なんで君は、成績算出のための必修科目を受けていないんだ」

「何度も言ったでしょう。男子クラスしかないからです」


 学院は理念としては男女に平等に学習機会が開かれていたが、事実上、政経や高等算術などの授業は、女子は受講できない慣習になっていた。


「勉強会で講義内容を教えていただけるのはありがたいと思っておりますわ」

「講義内容は教えているけれど……そのうちそっちが勝手に発展問題を調べて出題してきて、どっちが教えてるんだかわからなくなるじゃないか」

「とっても面白いんですもの」


 それは学習内容が面白いのか、自分をやり込めるのが面白いのかと言いかけて、ラウルは口をつぐんだ。受けられない講義の内容が知りたいという彼女の申し出で始まった自主勉強会は、ラウルにとっては授業内容の復習と発展学習になって、たしかに成績向上の役に立っていたし、テスト対策としてオクタヴィアが作成する予想問題は精度が高かった。筆頭宰相の息子として、成績上位者にランキングするのは、面目を保つのに役立ったし、お陰で同年代の上層の地位も確保できてはいたが、ラウルの中では、コンプレックスや焦りが日に日に大きくなっていた。実のところ、最近では、彼にとってオクタヴィアの存在は、ある種のプレッシャーになりつつあった。


 そんなときに、学院に途中入学してきたのがエリス・ドートルド男爵令嬢だった。

 愛らしい彼女は、すぐにラウルの男友達の間で可愛いと評判になった。ラウルは当初、一歩引いた立場でいたが、男友達が彼女を誘って遊びに行くのに付き合ううちに、オクタヴィアとは違う彼女の女の子らしい仕草に惹かれるようになった。

 エリス嬢の方もラウルのことを好ましく思っていてくれるようで、他の男友達のアプローチは笑いながら軽口で受け流すことが多いのに、ラウルのたどたどしい申し出にはいつも少しはにかんだような態度で嬉しそうに応対してくれた。


 これが恋だと思った。


 そう思ったら、婚約者であるオクタヴィアに申し訳なくなった。このまま彼女とは結婚するだろうが、自分の恋心はエリスにある。人を愛するならはただ一人を一途に愛するべきで、だとすれば自分は妻になるオクタヴィアを愛せない。


「(早めに相談しよう)」


 オクタヴィアからは、いつも「何かあったら早めに連絡と相談をすること!」と言われている。二人の将来に関わるこんな重要な案件を黙っているわけにはいかないだろう。




「君を愛することはできない」


 月に一度の彼女とのお茶会の席で、そう告げたら、オクタヴィアは間髪入れずに「早期のご決断と迅速な通達ありがとうございました」と礼を言って、彼の恋に協力するといい出した。それはまるで男友達に恋愛相談を持ちかけたかのようなノリと勢いで……気がつけばラウルは、自分の恋愛に関する現状を彼女に報告し、最大の障害となる“彼女との婚約”をいかに円滑に解消するかという話し合いに参加させられていた。


 そこからは怒涛の展開だった。ラウルとオクタヴィアは密かに予備調査も行い、婚約解消に伴う影響と、その対応策を複数案、メリット、デメリット、コストの概要を含めて、二人で検討した。それらを提言書に纏め、両家の親に提出できるよう、各自手元に保管する写しも含めて複数部作成し、全てに二人の連名で署名を入れた。

 それは婚約の破談のいざこざというよりは、ほとんど学校の提出課題論文の共同執筆のような連携作業だった。


 それでも、できあがった提言書を持ち帰った夜、ラウルは流石にすぐには親に提出できず、眠れぬ夜を過ごした。しかし、あまりぐずぐずしていて、先方の親や人伝に噂が親の耳に入るのは絶対に避けなければならない。

 ラウルは朝食の席で、父親に話をした。


 タイミングとしてはギリギリだった。……ギリギリアウトだったかもしれない。


 ライゴール家の行動力は流石だった。他家へ訪問の打診をする使者を送る常識的な時間帯の一番早い時点で報せが来て、普通ならこちらの返信が先方につくかつかないかの時間で、黒塗りの馬車が我が家のアプローチにやってきた。

 馬車に付いた青地に銀の翼獅子の紋章を窓から見て、ラウルの父親は卒倒しそうになった。

「いいか。お前は顔を出すんじゃない!あの男に殴り殺されるぞ」

 と、あながち冗談でもなさそうな顔色でラウルにいいつけて、ピウス卿はライゴール家の当主の応対に出ていった。


 ラウルは心配になって、親達が籠もった主応接室の様子をそっと伺いに行った。茶器を用意するための使用人用の裏通路からこっそり控室に入って耳を澄ませると、ライゴール卿の不機嫌極まりない声が聞こえた。


「昨日、娘から貴殿の御子息と連名でのこの提言書を提出されたのだが、この件は貴殿もご承知のこと、という認識で問題ないかね」

「う、うむ……その……私も今朝、愚息から、おそらくそれと同じものを渡されてだな……」

「ほう。貴殿の入れ知恵ではないと?」

「誤解だ! 私も今朝、聞かされたばかりなのだ。それで、どういうことなのかとアヤツを問い詰めておったところに、貴公からの使者が来て……」

「なるほど。では、朝一で知らせてから今までに、午前いっぱいの時間の猶予はあったわけですな。ご意見承りましょう」

「……一応、名目上は昼食会なわけでもあるし、ひとまず食事にしてはどうだろうか」

「おや、喉を通りそうですか。それは良かった。あまりの失態で首がしまっておられるのではないかと心配しておりました」

「うぐぅ」


 ラウルは、心の中で父親に幾度も詫びながら、こっそり控室から退散した。


 幸いにして一人の死者も怪我人も出ることなく、婚約は無事に解消された。

だが、これでは終わらない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] シリーズ化どころか連載だなんてめっちゃ嬉しいです! [気になる点] ラウル父の頭髪がハラリと落ちる絵面が脳裏から離れず…(オチを知っているだけに後半笑いが止まらず)。ヒロインのモノローグ「…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ