イアソン殿は大変そう
結局、イアソンが、謹慎、療養中の期間の間、シエナが毎日、彼のもとにお見舞いに通ったと聞いて、オクタヴィアは「そんなに容態が悪かったのかしら?」と思った。
「軽い怪我だって言ってなかった?」
「ある意味、重症で拗らせていたようです」
「そう。じゃぁ、最初にシエナについた嘘もあながち嘘じゃなかったのね。良かったわ」
機嫌の良い主人に、ハーゲンはお茶と菓子をサーブした。
「今日のこれは何?」
「薄く小ぶりに焼いた紅茶味のパンケーキに、柑橘のピール入りの練乳クリームを挟んでみました」
一つ一つはなんとなくわかるけれども、それを全部、合わせたらどうなるのか、味の想像がつかない。
「入れ過ぎじゃない?」
「そんな気もします」
「あ、でもこれはこれで美味しいわ」
「ありがとうございます」
「お茶の香りと、ミルクや柑橘の味って意外に合うのね」
「ミルクティーやレモンティーがありますから」
「お茶にミルクやレモンを入れるの?変じゃない?」
「え……変ですか……」
「あなたの味覚のセンス変わっているわ」
「……そうなのか」
「だって同時に入れたら固まらない?」
「流石に同時には入れません」
「じゃあ、なんでお菓子には両方入れたの」
「うーむ、それが変だったのか」
「念の為、一応指摘しておくと、お茶係がバタ付きパン以外を自分で作って持ってくること自体が変よ。知ってた?」
「……」
「でも、あなたが変なのも、色々となんでもやりすぎなのも、いまさらね」
「申し訳ありません」
ほどほどにね、と釘を刺されて、ハーゲンは深々と謝罪の礼をとった。
オクタヴィアはクリームを挟んだ一口サイズの焼き菓子をもう一つつまんだ。
「小細工はしすぎるとバランスを壊して破綻するけれど、今回は運良くまぁまぁいい具合に収まったって感じね。あとは、シエナの意見を聞いておきたいところだけれど……今度、彼女をお茶に呼ぶわ」
「承知しました」
「ミルクティーとやらまで試すのは、シエナには冒険がすぎるから、お茶はいつものもので」
「はい……しかし、お嬢様。ベイトルード様のお気分はいつも通りではないかもしれません」
日ごろ黙って言うことを聞くハーゲンが、珍しくした口答えに、オクタヴィアは微笑んだ。
「では、当日のあの子の気分に合わせて選んであげてちょうだい」
お茶係は恭しくお辞儀をした。
「ありがとう。あなたが知らせてくれたおかげよ。私、今、とっても幸せ」
季節の花が飾られたサンルームで、シエナは頬をバラ色に染めて、周囲の満開の花が霞むような笑顔で微笑んだ。
「お……おう。それはなにより」
友人から放射される幸せオーラにあてられてオクタヴィアは怯んだ。
「イアソン様がお怪我をなさったとき、あなたがいち早く知らせてくれたでしょう。すぐに向かえる馬車も手配してくれて。それで私、急いでイアソン様のところにお伺いしたのよ」
正直、知らせを聞いた瞬間には、気が動転していて、どうしていいかわからなくなったので、“お見舞いに伺う”という道筋を提案してもらえていなかったら、動けなかったと思うと、シエナは語った。
「でも、逆に何も考えずに動けたから、私、自分からイアソン様にお会いしに行けたし、立ち止まって考えずに、イアソン様にまっすぐ向かうことができたのだと思うわ」
シエナはオクタヴィアの手を取って両手でしっかり握りしめた。
「そしたらね!イアソン様が私を受け止めてくださったの!」
サンルームのレース織の日除けから差し込む午後の日差しがキラキラとシエナの大きな瞳で煌めいた。
それからシエナは、いかにイアソンが素晴らしく、男らしく魅力的で、可愛らしいか滔々と語った。
「……かわいらしい?」
「そうなの!こう、ふとした瞬間にね、ちょっと照れたりはにかんだりした様子をお見せになってね。それがもう、たまらなくお可愛らしいのよ!!」
オクタヴィアには、あの無骨な大男のイアソンが照れてクネクネ、モジモジしているところの想像がつかなかったが、シエナの圧の前では、頷くより他なかった。
「知らなかったのですけれど、あの方も私とうまくお話できないことがおつらかったのですって。我慢が限界だったと仰っていましたわ」
「ああ、男の方はそうやって我慢していると、溜まるものがおありだそうだから」
オクタヴィアは自分の従者が何やら聞き慣れない語を使っていた話を思い出した。 シエナは「まあ」と言って目を丸くした後、ちょっと目を泳がせた。
「よく知らないけれど、鬱憤のようなものらしいわ」
「そうなんですの」
「それで暴力沙汰なんてらしくないことに関わってしまわれたのかもしれないわね」
「それでしたらもう大丈夫です」
今のイアソンは晴れ晴れとした表情で絶好調だと、シエナは保証した。
「良かったわ。お見舞いに行ったシエナが介抱して、ボガード様が溜め込んでいたものを、みんな解消してくれたのね」
「……そう…なのでしょうね」
シエナはそこはよくわからなかったのか、ハニーレモンティーを飲みながら、曖昧な相槌を打ったが、「とにかく」と力強く続けた。
「わかったのは、お会いして直接しっかりと自分の気持ちを確かめることは、とても大事だということですわ」
シエナはこれまでの彼女からは考えられないほどはっきりとした強い眼差しで、オクタヴィアを見つめた。
「私、今ならはっきりと、自分はあの方を愛している! って言えます。ちゃんと確かめなくてずっと一歩引いて悩んでいただけだったら、こんなにもあの方のことを愛していたなんて気付けなかった。ありがとう。タヴィアが背中を押してくれたおかげよ」
初めて味わう風変わりなお茶やお茶菓子も戸惑わずに愉しんだ彼女は、心の底から幸せそうだった。
あなたも幸せになってねと言われて、オクタヴィアは、自分は本当はもう婚約を解消していて、ラウルとは他人なのだと言い出せず、ただ静かに微笑むしかなかった。
騎士団長の息子のイアソン・ボガードと、その婚約者のシエナ・ベイトルードは、大変仲睦まじくなり、学院の卒業を待たずに結婚の運びとなった。
シエナが幸せそうなので無罪




