02
話は冒頭に遡る。
こんな経緯で──僕は黒髪の美少女に、ラーシャに、蹴り飛ばされてしまったというわけ。
室内旅路が全面的に悪く、そんな悪い少年が招いた結果だった。
ともかく。
「っ……!」
来たる彼女からのかかと落としに備えるしかない。目を瞑り、両腕をクロスして顔正面に置き──来るッ!
「…………」
あれ。
「………………?」
来ると思われていたその攻撃はない。僕が目を開くと、そこには脚を下ろした状態で、しかし怒りは治っていない様子の──ラーシャが立っていた。
腕を組みの仁王立ち。
だが、可愛らしかった。
「あ、あれ。生きてる……」
「殺したら犯罪でしょ──だから、殺すのは勘弁してあげるわ」
「さっきの蹴りは犯罪カウントには?」
入らない、と即答される。
「貴方は──室内旅路。このドキハランドで働く最古参アルバイター」
「よくご存知で」
「勿論知っているわよ──」
ふふ、と薄く笑う彼女。
着ぐるみを脱いでいるからこそ分かる、新しいラーシャの姿。元のラーシャの姿。
なんか新鮮だ。
にしても、どうして僕なんか知ってるんだろう?
最古のアルバイトだから、一応分かってるのか……頑張ってきた甲斐がある。
「大学生で正社員になった私なんかよりも早く──ここに居る。アルバイトとして働く以前に、ボランティアとしてこのドキハランドの創園に携わった天才中学生だって、知ってるわ」
「それを知ってるのは、当然、初期メンバーだけなんだが……どこでそれを?」
「社長と癒着するのが私だからね。癒着こそが二つなの私が、直々に教えてもらったのよ。あの古参アルバイターは凄いんだぞって、信頼できるぞって」
……あの社長、何話してくれてやがるんだ。面倒なこと起こしやがって!
つーか、癒着こそが二つ名?
着ぐるみの時とは違い、夢がねえ。夢なさすぎるだろ。
それに、信頼できるぞってなに?
僕のことをカモか何かに利用しようてしてるのか!?
「ごほん。ともかく、私はね……普段ならば着ぐるみを脱がないでしょ? ラージャとしてのキャラ造りを完璧にしたいから」
「うん、それは知ってるよ。君の努力は知ってる」
でも、それが今どうしたってんだろ。
「でも他にも理由が存在するの」
「他の理由?」
なんだろ。
考えたけど、思いつかない。
「命を狙われてるの──可愛すぎて」
「……可愛すぎて」
「昔は着ぐるみを脱いで他の女の子スタッフとかと話してたりしたんだけど。あいつだけ努力なしで可愛くてウザい、って陰口を言われ始めたりしていたらしくて……」
確かに、女なら嫉妬で殺したくなるほど──可愛い。着ぐるみのガワもとてもキュートで、アニマルなライオンだが。
中身は完璧なまでの凛とした美人さと、女の子としての可愛さを兼ね備える──文句のつけどころのない程の美少女だ。
「ごほんっ、でも命を狙われてるってのは冗談だろ?」
「冗談じゃないわよ──本気、本気。だから着ぐるみを着て正体を隠しつつ、体を鍛えている」
真面目な顔でそんな事を呟く少女だが、なんつーか、現実離れし過ぎてて……信じられない。可愛過ぎて命を狙われているって、何さ。
僕には理解し難い次元の話だよ!
まじで!
「まあ」
……まあ、こんな状況だし。
そんな文句言ってられねえか。
「それなら確かに、命を狙われているなら確かに、──着ぐるみのままでいるってのも、分からなくもないな」
「でしょ?」
「じゃあ聞きたいことが一つできた」
「答えられるとは限られないけど」
「その時はその時さ」
僕が聞きたいこと。
彼女に対する質問は単純である。
なにせ、これはラーシャの今までの話を聞いていれば、小学生でも思いつく疑問点だろうから。
「……あのさ、じゃあなんで、今日はこんな日中から着ぐるみを脱いだんだ?」
簡単だろう?
だから、即答だった。
「───今日が今までの全てだから、修行で身につけていた重しは全て捨てるってわけよ」
「ピッコロみたいなのはともかく……今日が今までの全て? なんだそりゃ」
すると。
ジロリと、鋭い視線で睨まれた。
……いや、観察されたのか。
全身くまなく。
「信頼して良いのよね?」
「え? まぁ、ご自由に」
「ごほん、じゃあ。これ」
「……え?」
茶髪少女は、一つの手紙らしき物を手渡してくる。なんだろう。ラブレターには見えない。
取り敢えず、その手紙に書かれている文章を朗読した。
「『今夜、ドキハランドで貴方を殺す』って、なんだこりゃ。ただの殺害予告じゃ……」
「そう、殺害予告。その通りよ」
まじかよ。
こんなの小説でしか見たことないぜ。いや、小説でもわざわざ殺害予告を送るとかは──実は案外、レアケースだったりするかもしれないが。
「いや、えっ、まじか……」
こんな物を手渡されて、あたふたする自分。そんな中で、気がつくと彼女は僕に対し頭を下げていて───え?
「ラーシャさん?」
「今はラーシャじゃない。太宰美玲」
太宰──と聞くと、太宰治しか出てこない僕だ。それが本名なのだろうか……? それよりも重要なことがあるか。
「……えっと、太宰さん? 太宰ちゃん? どうして頭を下げてるのさ、まるで」
まるで懇願している様な雰囲気だ。
「お願いします」
「は、え?」
「───今日、私が生きていくのを手伝って」
突拍子もないことだった。
生きていくのを手伝って? 文の内容は理解できるけど、分からない。
まさかじゃないけどさ。
「もしかして、その殺害予告を送ってきた犯人から、君を守れと?」
「そうです」
なんで僕なんだ。
よりにもよって、自分なのか。
分からねえ。
最古参だからか? 社長に信用出来る奴だからって聞いたからか?
にしても、理解できねえ。
僕は運動神経なんて、これっぽっちだし───それにめんどくさがりである。
「いや」
つーか、僕側にコレを受ける義理はないし、理由もない。更に言ってしまえば、先ほど太宰ちゃんは僕に暴力を振るってきたし。
どれだけ容姿が可愛いくとも、性格は可愛くねえ。
直接殺す勇気はないけれど、見殺しにならできるし───そっちの方がせいせいする。
そっちの方が柄に合っている。
だから、無理だ。
そう口を開いた。
「悪いけど、他を当たって……」
「達成できた暁には100万円を報酬として出します、お願いします」
僕の言葉を遮り、太宰ちゃんは更に頭を深く下げた──なるほど。
金欠大学生の室内に残された選択肢は、もはや一つで、
「分かった。その仕事、受けてみよう」
僕は彼女を守るというボディーガードのアルバイトを──今日に限り受け持つのであった。