エルフェロールの女王キーラ 3
尚も食い下がり、キーラの意見に異を唱える議員に、キーラは毅然とした様子で言い切った。
そのしっかりとした返答に、キーラを取り囲んだ議員たちも静まり返った。
「隣国からの挑発行為が過激化している現状、現状維持に徹するにしても、こちら側が弱気であると受け止められれば、それだけで我が国への越境の名分を与える事になる。事実、それが重なっての現状だ。これ以上手をこまねていることは、メールウィンと隣接する地域の住民に取っては耐え難い苦痛になる。だからこそ、私自身が偵察部隊を率いることで、メールウィンに対して軍を動かす備えがあると釘を刺すと同時に、周辺地域の住民を慰撫する。それが私が直接軍の指揮を執る理由だ」
「ですが、それでも危険すぎます!民への慰撫と隣国への示威行為を同時に行うのならば、キーラ様以外にも適任はおりましょう?」
きっぱりとしたキーラの言葉に、尚も言い募るエルフの議員たちに対して、キーラは断固として首を横に振った。
「私が出向くことにこそ意味がある。実際のところ、今動かせる軍の兵力はそこまで大きくない。本当に単なる偵察部隊程度しか送る事はできない。だが、偵察部隊を送るだけで納得するほど、民衆の不安は小さくないし、他国を挑発する国がその程度の脅しで止まる訳がない。それに、国境沿いで暴れ回るブラックライダーどもも抑える必要がある。その為には、私が出向く必要がある」
キーラからの指摘に、今度こそ、その場にいたエルフたちなは黙り込むしかなかった。
キーラの言うブラックライダーとは、国境沿いに拠点を持った土着の豪族であり、同時に、野盗と傭兵を兼ねた者達のことだ。
彼らがブラックライダーと呼ばれる所以は、衣服や防具を黒で統一し、主に騎馬兵で構成された集団で暴れ回ることだ。
ブラックライダーの活動は、平時においては周辺地域の住民や通行する商人を襲撃し、通行料の徴収や身代金の受け取ることであり、酷い場合には襲撃した人間の身包みを剥いだ上で奴隷として売り払うこともあった。
そして戦時においては、金でどちらにも転ぶことで戦局を引っ掻き回し、両国からは緊急時に利用できる戦力兼汚れ役として、その勢力が黙認されていた。
当然ながら、ブラックライダーの活動はそのどれもがエルフェロールであれ、メールウィンであれ、重度の犯罪として定義されており、本来であれば極刑に処されるべき集団である。
そんな彼らが野放しにされているのは、彼らの活動領域がエルフェロールという多種族国家と、メールウィン王国という人類国家の境界線という、非常に絶妙な立地条件に限定されているからである。
その絶妙な立地条件を背景に、犯罪活動と傭兵業を営むブラックライダーたちは、メールウィンに取ってもエルフェロールにとっても、鬱陶しい存在であった。
だが、両国からすれば、下手に掃討作戦を展開すれば、即刻戦争となりかねない為に手出しが出来ずにいた。
つまりは、ブラックライダーの問題は政治的に解決の難しい問題である。
そんなブラックライダーの問題を一時的にでも解決しようと思えば、確かにキーラが直接顔を出す必要があった。
キーラの狙いを知ったエルフの議員たちは暫く黙り込んでいたが、やがて一人の議員が深い溜め息と共にじ渋々賛同の意思を述べた。
「……確かに、キーラ様の仰られる通り、多くの問題を同時に片付けるのに、現状最も良い手段が御身が辺境に直接顔を出すということ以外にない様に思われます。この辺りで一度、エルフェロールの考えるレッドラインを国の内外に示す必要がありましょう……。こちら側でも万が一のことがない様に手配しましょう」
一斉に肩を落として項垂れるエルフの議員に対して、キーラは思わず苦笑しながら周囲を見渡した。
「まるでこの世の終わりの様な顔をするんじゃない。でも、そうだ……。私の意思を理解してくれたのは嬉しいよ。とりあえず、今すぐに出るわけでもないし、供回りの者たちなどはお前たちで決めてくれ」
「かしこまりました。それではもう一件、エルドウィンとメールウィンに送る書簡と使者についてはどうなさいましょうか?こちらも、決して無視できぬ用件であると思われますが?」
その質問にキーラは左手を顎に当てて考えこむと、顔を上げた。
「東部の諸王国への書簡は当たり障りのない理由で良い。そうだな……豊作祝いの祭りに参加したいとでも言っておけ。商人を何人かつけて送れば、それで格好はつくだろう」
「かしこまりました。それでは、両国に送る使いは一体誰にしましょう?」
「うむう……。ここは考えどころだな。使いの者の格だけは最上位のものを送ろう。余程のことがなければ殺されることもなかろうし、何よりも彼らへの対応で、両国の意図をある程度図ることは出きるはずだ」
「分かりました。では、さしあたって、交易商人のエステリオ殿とカスタス殿に使者にならないか打診してみましょう。キーラ様のご用商人であられるお二方ならば、この大任も果たされるでしょう」
「異論は無いが、一応メイリーン姉様に許可を取っておけ。その二人が抜けるとなると、外交にも大きく影響が出る。後で愚痴をこぼされるのは私だからな」
キーラからの返事に質問した議員が頭を下げた事で、概ね会議の方向性は決着した。
議論もまとまり、キーラは満足げな笑みを浮かべると、そこで思い出したように一言だけ付け加えた。
「そうだな、あとは、もし私に万が一のことがあれば、クラリス姉様を頼れ。彼女なら、どんな問題でも大抵のことであれば解決してくれるはずだ」
こうして会議は締め括られ、キーラは会議場を後にすると馬房に向かい、息抜きの為に一頭の馬に乗って遠駆けに出た
久しぶりの遠駆けは、ここ最近城での会議に詰めてばかりだったキーラにとって、肩の荷を振り落とした様な爽快な気分であった。
矢の様に後ろに流れていく景色に、風に渦巻く自分の髪の感覚、耳元で唸る音。
体の下で自分と息を合わせてくれる馬の手綱を取っていると、これまで感じていたストレスの殆どが掻き消える様な気がする。
そうしている内に、馬の息が上がっているのを感じたキーラは、徐々にスピードを落として馬の脚を止めると、休憩の為に馬から降りて、ふと西の空を見た。
そこには、夜の闇と夕日の赤が入り混じった禍々しい空の模様が広がっており、気のせいとは分かっていながらも、不吉な何かを感じずにはいられなかった。
「……そう言えば、メールウィンも西にあったな」
誰に言うでもなく呟いた言葉は、強く吹き始めた風の中に消えていった。