ローディリウスの騎士キーラ 2
ガルガウェインたちが押し寄せた城は、城門すらも見事な造りをしており、その威容はエルフの兵士を一人残らず畏怖させた。
城門だけでなく、城壁や門を閉ざす門扉ですらもが頑丈で、外敵を寄せ付けない計算された造りをしており、門扉の隙間から覗く城の内側に架けられた石橋すらも見事な造りであるのが見て取れ、この城が目の前に存在していると言うだけで、エルフの兵士たちは皆怖気付いていた。
本当に人と言えるものが作ったのかさえも疑わしいこの城を前にして、エルフの将兵の悉くが戦意を挫かれる中、ガルガウェインだけは不敵な笑みを浮かべてこの城の城門の前に進み出た。
「この城に住む者はいるか?いるのならば、今すぐにこの城の門を開けて俺にこの城を差し出せ!おらぬのならば、我が城となす!良いな!」
城門に向かってガルガウェインがそう叫ぶと、ゆっくりと閉ざされていた門扉が上がり、ガルガウェイン率いるエルフの軍は城の内部へと駒を進め、そして一人残らずその城の内側に広がる光景に息を呑んだ。
そこは、もはや城というよりも一つの国であった。
城壁の内側には澄んだ美しい湖が広がり、そこを人魚たちが泳いでいた。
湖に架かった橋は、それ自体が既に巧みな職人芸で造られた建造物だったが、細かい造り込みも凝った意匠が施された美しいものだった。
そして橋の先には、港が整備され、そこに幾つもの美しい船が接岸されていた。湖がどこかに繋がっているとは思えないので恐らくは漁船なのだろう。
そして、橋の向こう側に広がる街並みは、美しく切り出された石の計算された組み合わせによって、幻想的とも言える美しさを醸し出している。
ガルガウェインの様な強欲さがなくとも、ここまで美しい街であれば、誰もが一度は住みたいと思うであるろう文明の美が、そこには詰まっていた。
エルフの軍がそんな街を目指して、進軍を続けたその時だった。
橋の向こう側から、進軍を制止する声が聞こえ、一人の人影が馬を駆ってガルガウェインの前に進み出た。
「それ以上の進軍は許さぬ。我らが貴公らを通すのはここまでだ。これ以上進軍を続けるのであれば、代表者を出して残りの軍はここで待つか、一度日を改めて再訪されるか。そのどちらかをこの場で選んで欲しい」
そう言ってエルフたちの軍の前に進み出たのは、一人の女騎士だった。
蝶の羽を模った兜飾りをつけた黄金の兜に、深紅のマントを羽織ったその姿は、まさに戦乙女と言った風情があった。
兜の内から溢れ落ちる長髪の赤髪に、黄金の甲冑と深紅のマントがよく生えており、女にしては長身な体格と相まって、その姿には神々しい神聖なものが宿っていた。
長身のその女騎士は、馬から降りると堂々とした様子でエルフの大軍の前に進み出て、石造りの都に響く朗々と声を張り上げた。
「私の名はキーラ。この城の主であるエクスカリパー様より、貴公らとの話し合いに差し出された者だ!我らが主は貴公らと矛を交えるつもりは無い。少なくとも今はまだ。故に貴公らとの話し合いの場を設ける事を望む!返答や如何に!」
キーラと名乗る女騎士の声は、こちらを警戒する様子こそ垣間見えるものの、高圧的な様子は一切感じられず、誇り高く、あくまでも己の責任を果たそうとするその姿は、対峙するエルフの兵士たちにとっては緊張感を持たせつつも安心感を与える声音であった。
それは多くのエルフの将兵に取って、この城の人間と話し合っても良いと思わせるだけの力を秘めていた。
だが、ガルガウェインにとっては、キーラと名乗る女騎士は、気持ちの良い自分の道行を邪魔する鬱陶しい女でしかなかった。
キーラからの提案にざわつくエルフ兵たちをガルガウェインは一喝すると、自分の愛用の得物である戦斧を取り出して大きく振り回した。
「この城の主だと?生意気な事を言う。今日からこの城は俺のものだ!エルフの里の王たるこの俺のな。今すぐに俺の前にひざまづくか、この城から出て行け。もっとも、その甲冑を今すぐに脱いで俺に差し出せば、貴様くらいは我が閨に加えてやっても良いがな?」
そうして、ガルガウェインは戦斧の切っ先をキーラに突きつけると、キーラの体を上から下まで睨め回すように眺めて、せせら笑った。
そんなガルガウェインの一連の言動を受けて、キーラは深々と頷くやいなや、右手を振ってどこからともなく黄金の刀を取り出した。
「……なるほど、よく分かった。貴公らが我らに滅ぼされたいと言うのがな」
そう言うと、キーラは右手に握り締めた刀を構えてガルガウェインの前に立ちはだかった。