【一】
レイラと呼ばれる少女がいた。
いつもボロを身に纏い、人々からは忌避の視線を向けられる。街中などを歩けば陰口ばかりではなく、石を投げられることさえあった。
暗い表情に青白い顔。
色も分からぬぐちゃぐちゃの髪。
その容姿のため、《《ちょっかい》》をかけようとする男すらいない。
また、誰もが、彼女がどこから来たのか知らなかった。
いつの間にか湧いて出ていたと、人々は彼女のことを魔女だと噂した。
レイラの一日はいつも規則正しく――代わり映えのないものだった。
ボロ小屋で水を浴び、井戸水を汲みに行き石を投げられ、小屋に戻れば、後の一日はそこで引き籠って過ごす。
街の誰もが、そんな彼女の生活を馬鹿にして、嘲笑した。
なぜ彼女は街を離れず、未だこの地に根をおろしているのか。
人々はその理由に明確な見当を付けながらも、難癖を付けるようにそうからかった。
インスラムの街は陸の孤島だ。
辺りには村一つもない地ではあったが、周囲には魔物もおらず、開拓され敷かれた交通路のおかげで貧困することはない。そんな街だった。
人々はその路を、我らが造り上げた歴史の偉大であると、のぼせ上がっていた。
高度な技術で造り上げられた路であったが、人の足で歩けば相当の距離を苦難することになる。だからレイラはどこにも行けないし――行けたとしても、辿り着いた新たな地でも、どうせ置かれる境遇は一緒であろうと、人々は冷笑するのだ。
レイラは今日も、いつも通りの日常を過ごそうとしていた。
暗い表情で、陰口を言われようと石を投げつけられようと、表情一つ変えず昂ることもない。
いつでもそうだった。今まで彼女が感情を高ぶらせるところを見た者など一人としておらず――そしてそんな様子がまた、人々の驕った調子をますます釣り上げた。
だが、その日は様子が違った。
原因は、レイラの住むボロ小屋が撤去されるという話だった。
役人は無慈悲に、冷笑さえ浮かべながらレイラにそれを告げた。開発のためコレを撤去するので、立ち退くようにと。
それに対しレイラは――目の端に涙を浮かべた激しい剣幕で、懸命の訴えを役人に向けた。
誰一人として感情を昂らせるところなど見たこともなかったはずのレイラの、その激しい情緒に役人は驚きを見せたが――しかしいつも静かだったはずのレイラが、自身に対し感情を荒げたことに理不尽な怒りを見せ、レイラの頬を叩き、さっさと立ち去れと、暴力と変わらぬ荒い怒鳴り声を上げた。
――追い出されたレイラは悲しみに暮れ、街中をとぼとぼと歩いた。
けれど、レイラに同情する者はおらず、人々はただ冷笑と陰口を向けた。
あんなボロ小屋であれば、移り住むことにも困らぬだろうに。
きっと、すぐに別の場所で、また街の場所を取り続けるのだろう。
人々は口々に、そう囁いた。
だが、そうはならなかった。
ボロ小屋が取り壊される日程、その当日のことである。
レイラは、その街から姿を消した。――永遠に。
人々はしばらくそのことに気付かなかったが――ぽつりぽつりと、そうだと気付くものが現れ始めても、皆、あいつはやっといなくなったのか、と冷笑するばかりだった。
レイラを慮る者はおらず、レイラの消失は普段通りの日常の中に溶けて消えていき、誰も思い出さなくなった。
――そして。