Page.8 雪神島のサンタクロース(前編)
2049年12月24日(金曜日)。クリスマス・イヴ。
真琴の姿が全国に放送されてから3か月が過ぎた。
その間、例の放送は国内で大反響を呼び、都議会で議題に取り上げられるまでに至った。
放棄された限界集落といえども、真琴の窮状をこのまま見過ごすことが出来ないという声が方々から上がり始め、都はそれらの声に応じる形で、手初めに例の「酷道」を整備する計画が急遽決まったのである。
こうして雪神島には本土から土木建築業者が出入りするようになり、廃墟のような島の港には、作業員が寝泊まりするプレハブ小屋が幾つか建ち並ぶ等、以前よりも賑やかになった。
しかし、真琴自身は雪神島がそのような状況になっているとは一切知らない……。
何故なら、「そっとしておいて欲しい」という母の文子の要望により、作業員達が御堂家の近くまで訪れる事は無かったからである。
そんな慌ただしくなったクリスマス・イヴの雪神島に、また1隻の船がやってくるのであった……。
………
……
…
「わー! 暴風雨がきた! みんな、後ろに下がって!!」
ピシャピシャ! どがーーん!
「キャーーッ!」
雷の落雷音を模したファミコムのチープなSEが鳴ると、真琴は画面から目を背け悲鳴を上げた。
思わず反射的にファミコムの電源スイッチを切ろうとした真琴だったが、その衝動をぐっと我慢してコントローラーをギュギュッと握りしめる。
レトロテレビに映っている2人の『りゅうきし』のドット絵のキャラクターが雷にビリビリと撃たれると、ダメージを表す4桁の数字がぴょこんと跳ねる。
そして、前列にポジションを取っていた『りゅうきし』2人はパタリ、パタリと一人ずつ順番に倒れていった……。
「うー、こわいよぉ」
目を瞑りながら必死にボタンをポチポチポチポチ! と連打してコマンド入力を終えると、真琴はそっと目を開ける。
だが、目を開けた真琴の視界に入ったのは、力尽きて倒れた『りゅうきし』の姿だった……。
「あぁ……! ごめんなさい、ごめんなさい……」
小さな声で呟く真琴だったが、ドット絵で画面に大きく描かれた『偉大なる創造主の僕、雷の巨人<ペルクナス>』が、ターン開始直後、間髪入れずさらに追い打ちをかけた。
ピシャピシャ! どがーーん!
「キャーーーッ!」
再び雷がパーティに襲い掛かる。
悲鳴を上げつつも、今度はしっかりとレトロテレビの画面を薄目をあけながら見る真琴。
だが、さっきのターンで後列に逃げて1度は雷攻撃を避けた『ゆうしゃ』と『そうりょ』は、ペルクナスの追撃の雷にバリバリ撃たれて、パタリ、パタリと倒れてしまった……。
そして、真っ赤になった画面には「パーティはぜんめつした……」というおどろおどろしい文字が情け容赦なく表示された。
「ごめんね、みんな……。ボクが下手っぴだったから……」
落胆する真琴。これで3回目の敗北。
しかしさすがに3度目ともなると、真っ赤な画面に恐怖して涙を流すようなことは無かった。
「うー。これで勝てないんだったら、どうしたらいいのかなぁ?」
これまでペルクナスに2回敗退したので、ずっとレベル上げをしてきた真琴だったが、レベルを上げても雷を直撃したら即死してしまうペルクナスに手詰まり感を覚え始めていた。
勉強では一度も躓くことがなかった真琴は、生まれて初めて挫折というものを経験したのである。
ペルクナスの攻略には、おそらく何かが欠けているのだろう。
そう思った真琴は無意識に流れ出た涙を手で拭くと、全力で考え始めた。
「マコ、入るわよ?」
(雷って言っても電気だから、例えば、電気伝導率の低いチタンだったら……あ、でもダメかも。チタン製の装備なんて見たことないし、材質以前に、落雷の原理から考えると最初のプラズマの発生とストリーマを防がなきゃ駄目だから、そもそもの原因である雷雲の発生をどうにかしないといけないよね……。だけど暴風雨は防げないし、あ、そうだ、ミスリルって物質はなんだろう? お家の本には載ってなかったんだよねー。ミスリルの伝導率はどれぐらいなのかなぁ……)
ガチャリとドアが開く音がすると、母の文子が部屋に入ってきたのだが、そのことに気づかない真琴は、脳内で様々な計算式を駆使して必死にペルクナスの雷に対抗できるような様々な物質の電気抵抗の検証を重ねていた。
ちなみに、ゲームを作った人はそんな難しいことは少しも考えておらず、感覚でパラメータを設定しただけなのだが、そんな事は一切知らない真琴であった……。
(う~、せめてダメージの値から雷の電力量を算出できたらいいんだけど……)
思わぬ難題に頭を抱えて考えこむ真琴だったが、ようやく母文子の存在に気付くと、食いつくように質問した。
「あ、お母さん! 人間って何アンペアで死んじゃうの!?」
「は?」
さすがの文子も、真琴からこのような物騒な質問をされるのは想定外で、口をぽかんと開けて唖然としてしまった。
「あっ、もちろん人体に電流が流れる前提で……。例えば自然界に発生する静電気だと大体……」
「マコ、その話は後にしてちょうだい。お客様が来てるから」
「お客様?」
文子が「お客様」という場合は、大抵島の老人達以外の外部の人間を指す。
その事を知っている真琴は「お客様」という単語にドキリとすると、2人組の男がそっと部屋に入ってきた。
「お、巨人ペルクナスだ。真琴ちゃん結構進んだねぇー」
男のうちの一人が、真琴の部屋に入るなりそう呟いた。
突然現れたこの男達は、前回、この部屋に取材にやってきたアナウンサーの相羽翔太とディレクターの山崎であった。
相羽は雪神島の気候に似つかわしくないスーツ姿にビジネスライクな背負い鞄。そして前回手に持っていた取材用のマイクは無く、代わりに手には大きな紙袋をひっさげている。
一方、山崎の方はポロシャツ姿に短パン姿で、手にはビデオカメラを持って、いつでも真琴の様子が撮れるようスタンバイしていた。
「久しぶりだね真琴ちゃん、僕の事、覚えてるかな?」
「あ……ぅ」
真琴に優しく声を掛けながら、背負い鞄を床におろす相羽。
しかし、急に大人の男が2人も入ってきたものだから、真琴はパニック状態になった。
ここ最近、島の老人達は多忙らしく真琴の家に訪れる頻度が減っていた。
そんな折、久々に誰かが家に来てくれたと思ったら、それが大人の男の人達だったので、真琴はアワアワと慌てふためくと立ち上がり、ヨロヨロとモタつきながら自分のベッドに戻って布団をガバッ! と被ると、例の餃子みたいになってしまうのであった……。
「あらあら」
文子が真琴の様子を見て「しょうがない子ね」といった口調で言った。
「真琴ちゃん元気だった? ゲームしてたの?」
「……」
「真琴ちゃん?」
「……また負けちゃいました。みんな死んじゃったから見ちゃダメです」
相羽が餃子状態の真琴に優しく問うと、負けたところを見られて恥ずかしかったのか、あるいは悔しかったのか、布団の中から聞こえてきた真琴の声は少し震えていた。
「そっか……。Ⅲのペルクナス、強いよね」
「はい、何度やっても勝てなくて……」
「そだね、ペルクナスは普通に戦ったらまず勝てないボスだからねー」
「そうなんですか?」
「うん。あ、そうだ! もしよかったら、僕が倒してあげようか?」
「ホントですかっ!?」
相羽の言葉に、真琴はガバッと布団から飛び出る。
「ちょっとこれ貸してくれる?」
「はい!」
相羽はレトロテレビの前に座ってコントローラーを握ると、タイトル画面の『つづきから』を選んでゲームを再開する。そしてなれた手つきで『ゆうしゃ』達を王城の屋根の上までテクテク進めた。
城の屋根の上には、『巨人ペルクナス』のドットキャラが一人、じっーと佇んでいた。
「じゃあいくよ、真琴ちゃん」
「待って待って! ちゃんと文字を読んでからね!」
相羽を静止すると、真琴はひらがなで書かれたペルクナスのセリフを読み始めた。
「『この くには おれさまが いただいた! おまえたちに ようは ない! ファファファ… しねい!』」
真琴が戦闘前のセリフを音読する。
「ね、相羽さん。なんでペルクナスはここでずっと待ってるのかなー」
「きっと、誰にも相手されなくて、誰かが来るのを待ってたんだよ」
「そっかー、お友達はいないのかな? かわいそう……」
答えに窮した相羽は、つい適当な事を言ってしまったのだが、真に受けた真琴の様子に、ほんの少し罪悪感のようなものを感じるのであった。
ともあれ、王城の屋根の上でずっと待ち構えていたペルクナスが、出番を待ちわびたようにお決まりのセリフを言うと、デロデロデロと不気味なBGMとともにボス戦へと切り替わる。
「あーもう勝てる気がしないよ~!」
「大丈夫大丈夫、見ててごらん?」
不安そうに胸の前で手をギュッと握る真琴。
相羽は真琴の様子を確認すると、「どうぐ」から「ぬいばり」を選んで使う対象をペルクナスに指定した。
ペルクナスに1のダメージ。
「全然ダメっぽいよ? 相羽さん!」
「大丈夫」
真琴はじっとテレビの画面を見ていると、『ぼうふうう が ふきあれた!』というメッセージが表示された。
「わー! 暴風雨もう来ちゃったよ! もうダメかもっ!」
真琴は咄嗟に両手で顔を隠した。
この暴風雨が来るとペルクナスは『いかづち』を連発して、前列か後列のどちらかに即死級のダメージを叩き込んでくるのだ。が、しかし……。
『ペルクナスのいかづち!』
『しかし なにも おこらなかった』
いつもと違い、画面には味気ないメッセージが出るだけで、いつもの『ピシャピシャ! どがーーん!』の音は鳴らなかった。
「あれっ……?」
「もう大丈夫。あとは普通に戦うと……」
相羽が操作する『ゆうしゃ』達が、何もしてこないペルクナスをボコボコすると、ペルクナスはゴゴゴゴゴ……とあっさりと崩れ落ちた。
「やったーーー! すごい! すごい! すごーい! 相羽さんって本当凄いんだね!」
あまりの嬉しさに相羽の横に座っていた真琴は、無意識に相羽に抱き着く。
「いや、まぁ……」
(真琴ちゃんの方が遥かに凄いんだけどな……)
心の内でそう思いつつも、相羽は喜ぶ真琴を落ち着かせると、コントローラーを真琴に返した。
「ペルクナス攻略は、「ぬいばり」以外にも吟遊詩人のギルフォードに弓と鉄の矢を持たせて撃つと、『いかづち』が使えなくなるんだよ」
「なにそれー! 金属が干渉してるのかな? 意味わかんないよー!」
「さすが真琴ちゃん、いいとこ突いてるね。ペルクナスは金属を嫌うんだよ。あと他にも倒し方があって『まどうし』や『モンク』に武器を持たせず素手と魔法で戦って、『ゆうしゃ』に『てつのやり』を持たせて、後列で避雷針になってもらう手もあるよ。このやり方だと『ゆうしゃ』は死んじゃうけど、雷が落ちる場所は『ゆうしゃ』が死んだ後も、ずっと後列に固定されるんだ」
(ゆうしゃなのに死んだ後も雷に丸焦げにされるって、よくよく考えたら酷い攻略法だなぁ……)
そんな事を考えながら相羽がいろんな倒し方を真琴に教えていると、真琴はキラキラした目を輝かせて尊敬の眼差しで相羽を見つめる。
ちなみに、エターナル・スフィアⅢが発売された当時も、多くのプレイヤーがペルクナス攻略に躓き、少年漫画雑誌のゲーム記事のコーナーにヒントが掲載されるまで(発売当時はインターネットがなかった為)、攻略法のデマがいくつも飛び交っていた。
「でも、そんな戦い方だと側撃雷でみんな死んじゃわないの?」
(そ、側撃雷って何?)
「ま、まぁ、そこはゲームだからね」
「そっかぁー。やっぱり、テレビの人は凄いなぁ……」
(な、なんとか誤魔化せたかな?)
ゲームだからという理由で妙に納得してしまう真琴の様子に、相羽は苦笑した。
ちなみに、相羽がペルクナスの倒し方を知ったのは、ネットの生放送で『ESⅢ』24時間実況プレイという番組に数時間ほど出演していた為である。
その生中継で相羽もまた、真琴と同じようにペルクナスに何度もボコボコにされた経験があったのだ。
相羽はこのペルクナス前後の辺りしかプレイしておらず、この先の攻略については全く知らないので、実のところ内心ヒヤヒヤしていた。
そんな事情も知らず、真琴は相羽に尊敬のような眼差しを送り続ける。
「真琴ちゃん、ドサールの町の民家の本棚は調べた?」
「えっ? 本棚ですか? ……調べてないです」
「実はね、そこにペルクナスの弱点のヒントが書いてあったんだよ」
「えっ!? 本当ですか? だってこのゲームの本棚って調べても何もないんですよ?」
「それがね、その民家の本だけは読めるんだよ」
「なにそれ……いじわるだよー!」
相羽も真琴の言う通り、意地の悪いゲームデザインだと思った。
同時に、このゲームの製作者が一体どんな顔して作ったのか見てみたいとも思ったが、相羽は先日、その製作者本人に会ったばかりだったのを思い出すと思わず苦笑した。
「ゲームってのはね、いろんなところにヒントがあるから、特に家の中なんかは隅々までちゃんと調べないといけないんだよ」
「そっかぁ……。本だってズボラして読み飛ばしちゃうと、すぐに分かんなくなっちゃうのと同じなんだね!」
「う、うん、そうだね……。あ、真琴ちゃん、セーブしたらゲームを中断してもらってもいいかな?」
山崎から遊んでないで進めろというジェスチャーを見た相羽は、真琴にゲームを止めるように促した。
「あ、はい、ファミコムも休ませないと壊れちゃいますし」
真琴は相羽の言うとおりにゲームをセーブし終えると、ファミコムのスイッチをそっと切って後片付けを始めた。
相羽は床に置いていた背負い鞄から黒くて四角い板のようなものを取り出すと、真琴の部屋にあった丸椅子の上にそっと置く。
その様子を真琴が不思議そうに眺めていると、相羽はその黒い板をパカッと開いて電源を入れた。
すると開いた黒い板にOSのロゴが浮かび上がり、それからデスクトップ画面が表示された。
「わわっ! これもテレビなんですか?」
真琴は、さっきまでゲームの画面が写っていたレトロテレビを指さしながら相羽に尋ねる。
「んー、似てるけどちょっと違うんだな。これはね、ノートPCって言って、これがあればゲーム以外にもいろんな事ができるんだ」
「これがパソコンなんですか? 教科書で見たのと違うです」
「この前発売されたばかりのだからねー」
「そっかぁー。それと、いろんな事って何が出来るんですか?」
「それは、これからのお楽しみ」
どうしてこんなに薄っぺらいのに、きれいな画面が映っているのだろう……。
真琴はそんな感想を抱きながら、相羽がノートPCで何かしている様子をワクワクしながら眺め続ける。
「ちょっと準備するから、真琴ちゃんはそっちで待っててね」
「はいっ!」
相羽はそう言って一旦真琴を遠ざけると、ノートPCの画面をタップして何かゴチャゴチャしたアプリの設定をし始めた。
…………
……
…
「よし、これで準備完了かな」
「?」
マイク付きのヘッドセットを頭に付けた相羽が、ノートPCに接続された小型カメラに向かって呟く。
しかし真琴には、相羽が何をしようとしているのかも分からなければ、何の準備が完了したのかもさっぱり分からないので、相羽の様子をじっと見つめるしかなかった。
「じゃあ始めようか」
「???」
首をかしげる真琴。
いったい何が始まるのか不思議でたまらない真琴。
「真琴ちゃんは横で見ててね」
相羽の言葉に、真琴がコクリと頷くと、相羽は液晶ディスプレイの「配信開始」ボタンをタッブする。そして頭につけているヘッドセットのマイクの位置を微調整すると、一人でぶつぶつと呟き始めた。
「どう? みんな見えてるかな?」
……。
「お、ちゃんと配信できているようですね。……はい、ではこれより『大江戸テレビ@Web増刊号 クリスマスプレゼント大作戦!』の特別生配信を始めたいと思います。さてさてこの度、私、相羽翔太が番組の司会進行を務めさせて頂きたく思います。なお本番組は今話題の『エターナル・スフィア・オンライン2』の株式会社エスカトンさんの提供でお送りいたします」
※側撃雷とは、例えば雷が背の高い木に落雷すると、その木が再放電してしまって少し離れた位置にいる人やモノへ被雷してしまう現象。
落雷による死亡例の中では一番多い死因であり、よく「高い木の下は危ない」というが、これは正確ではなく、被雷しそうなものから中途半端に距離を取るのが一番危険。




